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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

日本の原型、奈良の旅!

2007-04-03 | 第三章「無意識の世界」

旅は行きたい時に、行きたいところに行くというのが一番である。

4月2日は、NPO法人の仲間から紹介された、「誰も知らない東大寺」(小学館、筒井寛秀著)に触発されて、関西に行ったついでに奈良を訪れた。

近鉄奈良駅から、朝、奈良公園を通り、まずは東大寺南大門を通り大仏殿に向う。有名な奈良の野生の鹿がのんびりとしている。人より、鹿が多勢である公園はなんともいえない。

先月行った伊勢神宮のときに感じたが、観光客は韓国の方を中心に海外の方が圧倒的に多い。日本の方は少ない。東大寺が建立されたときは、国際的な都市であり、外国人が多かったことを推察すると、当時に近いかもしれないと思う。桜も綺麗であるが、新緑も本当に美しい。特に曇りの日は新緑が良い。

大仏殿の前の鏡池は本当に美しかった。大仏殿は、今まで5-6回行ったことがあったが、今回は勉強をしていったこともあり、もっとも感動した。

建立当時は、もっと巨大な大仏殿であり、100メートルを越す7重塔の東塔、西塔があったわけであり、当時の文化レベルの高さには圧倒される。樹齢500年を越す材木が豊富に日本にあり、世界的な高度の技術がなければできなかったのであろう。重源上人を初め、再建時の驚くべきロジスティックスを考えると胸が熱くなる。

東大寺整肢園という、施設があったが、聖武天皇の皇后であった、光明皇后の意思が脈々と流れているようである。当時のキリスト教の影響など興味があるところである。

大仏殿を出て、手向山八幡宮に向う。東大寺にとって、建立時からの神仏習合時代の重要な神社である。参道をゆっくり登ると、もう観光客は居ない。右手に東塔跡を見、そして綺麗な桜と新緑を見る。

手向山八幡宮は、今度是非とも行きたい大分の宇佐神社と縁のある八幡神社であり、八幡神社のシンボルである、鳩が印象深かった。神社で鳩笛を求めた。八幡神のお使いということらしいが、その起源は調べてもよく判らない。

手向山八幡宮からは、裏山の方を通って、二月堂に向う。お地蔵さんがあったりして、とても良いコースであるが、誰一人合わなかった。二月堂の側の木蓮も本当に見事であった。

二月堂から、奈良を一望し、三月堂、指図堂、勧進所、そして戒壇堂の四天王像を見た。戒壇堂はすばらしい仏像であった。また、鑑真が聖武天皇を初めとし戒を授けた当時を想った。四天王は中央アジアの様式の甲冑を着ており、考えさせられる。先日、松岡正剛の本の中で、仏像がそもそも存在したのは、ギリシャ彫刻の影響そのものという記述を見つけた。仏像を世界史的な観点から見る必要を感じた。

奈良は日本の原型という気がする。

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