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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

信じて見える世界!(旅と真善美① 5/10)

2013-09-01 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

 立花隆さんの本で「思索紀行」という本がある。立花隆さんの本は、昔から愛読していたが、その本で彼のキリスト教への並々ならぬ関心を知った。立花氏は信者ではないが、ご両親がクリスチャンなのだそうだ

 その本の中で、カンヌ映画祭でグランプリを勝ち取った「ミッション」について書かれていた。ブラジルのイグアスの滝を舞台にした、イエズス会宣教師の実話をベースにした話だ。私もビデオでかつて見たが、日本では全くはやらず、今もう一度見たいなと探してもなかなか見つからない(YouTubeはある(有名なnella fanntasia))。立花氏も言及されているが、日本人の殆どはキリスト教の本質をしらないでいる(私も幼児洗礼であったが、この映画を発売当時(1980年代)は、キリスト教から当時は離れていたこともあるが殆ど関心がもてなかった。ビデオを観てもわからなかった。)

 この本によると、ミッションに出てくる当時のブラジルは、ネイティブが人か獣かの議論が真剣にされていたようだ。つまり、簡単にいうとネイティブを魂を持つ存在。聖パウロの「人の身体は神の神殿」という人権思想が欧米では当たり前だが、それに当てはまるかである。もう一つは映画に出てくる御聖体(ミサで聖化される秘蹟)は実態があるかどうかということである。私はカトリックなので信じて見えているのだが、信じないので見えない現象も当然ある(昔の私)。この問題は実に深く重大だが、そのことを多くの人は知らないでいる。

 聖杯の前の聖母は先日横浜で観賞させていただいたが、あの時私は本当に感動し絵の前で十字架を切る寸前だった。しかし、周りの人達は普通に通りすぎていかれる(プーシキン博物館の館長さんも、ビデオで登場しアングルの絵を修復したと熱弁を振るうほどだったのに)。まあ、ミッションという映画をキリスト教を知るものは感動し、知らない人は全く反応しない。ミッションもそうだが横浜の展覧会もそうなのかなと思う。

 さて宗教、信仰の世界は置いといて、信じること、信頼すること。これは人と接したり、時に支援する上でとても重要になる。相手の一貫性をどこかで信じるか、わけのわからないものとして信じないか。非常に重要である。旅においても、人生においても・・・

 旅と真善美① 5/10

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