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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

愛の「間」!(旅と真善美② 1/10)

2013-09-08 | 第六章「螺旋状に上昇する意味」

 一人旅では無くても、味のある旅には、不思議な一人だけの素晴らしい時間があるものだ。

 最近の奈良旅行でも、早朝に一人で行った畝傍山登山。最終日に東大寺に行ったときに、一人で入った三月堂が良い思い出である。

 例えば、三月堂は、この数年何回か東大寺を訪れたものの修復関係で拝観できずにいた。蘇我氏の権力で実現できたとも言われる不空羂索観音像の宝冠を見たいということもあったが、伽藍の中の無造作に置かれた仏像(有名な日光・月光菩薩は移転されていたが)にも触れたかった。短い時間であったが、そのときの流れるような自分の感情は、とても神秘的ですらあった。

 こうした時というか時空は何だろうか?私はこれを「愛の「間」」とちょっとキザだが名づけた。

 カウンセリングや傾聴で、実はこの間が大切にされている。いろいろな説明があるが、自分の感情や内省を深めているときに、聴きてが変に質問して邪魔するのではなく、相手の深まりを見守り大切にするのである。これは、何も心理療法や傾聴だけでなく、過去の自分を思い出しても、愛の間で救われたことは結構あるようだ。

 最後に蛇足だが、芭蕉は有名な旅を愛した俳人だが、最後の俳句は「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」ではなく次の句だそうだ。

 「清滝や波にちり込む青松葉」

 人生の最後に、このような時を過ごしたいものだ。

 旅と真善美② 1/10

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