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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

突然おとずれる法悦感!(幸福曲線を辿る ① 3/10)

2014-08-10 | 第七章「光と復活体」

 縄文のビーナス(国宝)をまじかに観て、いろいろなことを思った。恐らく竪穴式建物の中で、ランプのともしびの中で崇められる縄文のビーナス。雲母が表面にちりばめられているので、炎の揺らめき(微風?)で微妙に表情を変えたかもしれない。そして、祈る人がいる。

 断片的にしか判らない、背後にある縄文の宗教。その中で、仏教用語かもしれないが法悦感を感じる人もいただろう。法悦という言葉は余り聞きなれないがネットで調べると。Weblibに次のような記述があった。

仏法を聞いたり信仰したりすることにより心に喜び感ずること。法喜。
うっとりするような深い喜び陶酔。 「 -にひたる」
 
 単なる身体的な現象ではなく、精神的なアイデンティティに関わることが含まれているというのが私の印象でもある。そして、この法悦という現象は、小説をはじめ様々な芸術の対象にもなっているようだ。キリスト教文化の中でも例えば聖テレジアの法悦がある。
 
 法悦という現象がある。そして、それが決定的に人生を変えることもある。そんなことを知識として識ることは大事だと思う。
 
 U先生の「生き甲斐の心理学」の幸福曲線の中では、法悦は統御感の一種なのかなと思う。そして、次のようなコメントがテキストの中に書かれている。「反対概念はストレス曲線の<錯乱>です。<統御感>だけは、人の真似をしていると生まれません。あくまで自分の生き方を自分で悟る人のみに与えられる恩寵です」。素晴らしい解説だと思う。
 
 台風接近の中で、今日はしっとりと法悦の意味。さらに自分の生き方を考えたい。
 
 

幸福曲線を辿る 3/10

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