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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

マッサンのウィスキーを飲みつつ、5000年前の信仰を妄想する!(縄文からの風 ① 7/10)

2015-01-17 | 第二章「五感と体感」

 マッサンもいよいよ北海道に行くようだ!マッサンの竹鶴政孝さんは、広島県竹原の生まれ。私の父をはじめ祖父、曽祖父までお世話になった町である。親戚によると、街はマッサンで活気づいているようで嬉しい限りだ。私も、応援してマッサンのウイスキーを時々飲むようになったが、その味覚の中に自分の故郷のほんのりとした香りを感じるようでついに3本目となってしまった(笑)。

 竹原は、一昔前は塩田、酒、葡萄で栄えた町で、特に塩田は江戸時代も赤穂と並んで盛んだったそうだ。そして、竹鶴さんだけでなく、池田勇人、江戸時代の頼山陽の実家もある。私も物心が付く前から再三両親に連れられて訪れたが、隣りが酒造工場、実家の生業が葡萄畑、葡萄畑までは一面の塩田。祖父も冬は杜氏の仕事。どっぷりと竹原的な生活を楽しんだようだ。大人になってからも、親戚縁者での飲み会は酒豪の集まりで、いつも記憶が途切れてしまった。

 さて、心に深く残るのは、実家・竹原の信仰であった。昨年和田竜さんの「海賊の娘」を夢中で読んだが、広島の安芸門徒が大阪城に支援にいくのだが、その出が竹原周辺である。街には浄土宗、浄土真宗のお寺があり、その伝統は今でも生き続けているようだ。私は、母の信仰の縁でカトリック(キリスト教)なのであるが、信仰の何であるかを知ったのは教義は違うかもしれないが、竹原の影響が甚大だ。

 宗教は教義も大切だと思うが、どのような神仏のイメージを持つか・・・そんなことも忘れてはいけない側面だと思う。

 5000年前(アイスマンの時代、縄文中期)のことをこのところずっと考えているが、縄文の遺跡や遺物を考えたりするときに宗教や宗教的感情は絶対に重要だと思う。残念なことに、縄文時代は宗教があることは確実だが、その内容については文章が残っていない。7-8世紀に古事記や日本書紀が作られたときに口述筆記をしたと思われるので、縄文の宗教のある部分は今に伝わっているようにも思うが、古い時代の文章が残っていないのは致命的である。

 しかし、世界を探すと文章で最も古いのは、4600年前のころのものが西アジアで見つかっている*1。そして、そのころの人々の宗教的心情なども残されているのだ。昨日から、その関係の本を有難くも教えていただき味読しているのだが、眼がひらかれる思いである。

 世の中では、よく多神教、一神教という単純な議論、あるいは教義理論で宗教を論じる人が多いが、どうもそんな単純なものではなく、グラディエーションをもつ不思議な世界だと思う。縄文のビーナスは何だったのか・・・いろいろ考えられる。四位一体の神という意見も傾聴しなければならないのだろう。

 自分の生育史を探り明るく解釈する旅は、どんどん深まり、今は5000年くらいのむかしに遡ってしまったが、決して手がかりがないわけでもなく、妄想は楽しい世界をもたらしてくれる。皆さんも、生育史を大切にして、ご一緒に5000年前くらい前まで行きませんか!

*1 シュメール語で書かれた文章であるが、その後古ヨーロッパ文字がさらに1000年遡るとされているが、まだ、解読されたりしていないようだ。

縄文からの風① 7/10

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