イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

あの人と何故、ギクシャクするのか?(新しい経験 8/10)

2016-06-20 | 第五章「和解と平和」

 新しい体験も良いものもあれば、嫌だなとおもうようなこともある。特に相性の悪い人と付き合わざるを得なかったり、そうした人間関係で悩む。あるいは、昔は成田離婚といった言葉があったが、良い関係が急転直下悪化してしまうこともある。

 最近全く聞かなかったがマスコミでよく使われた「性格の不一致」・・・(今日は死語を連発かな。)

 こうした時に「生き甲斐の心理学」を学んで、とても現実に役にたった概念がある。それは「愛の原型」である。私もそうだが、人それぞれ独自の愛し愛される深層のパターン(幸福感を得られる)があるが、それが生育史上に起因するというう概念だ。

 まずは、自分が愛されたという経験をいくつか思い抱く。普段こうしたことは考えたことはなかったが大事なことで、あれこれ思い出してみる。私の場合、2-3歳のとき暖かい縁側で母や父と積み木を楽しんだとか、海に落ちたときに叱らないで風呂にいれてもらったとか、そんな心地よい思い出などが大事だ(五感に関係しているとさらに良いとも)。それが始めの一歩だが、さらに自分の愛の原型について、あれこれ哲学したり意味付けたりする。そうすると、自分の愛の原型の名場面の順A,B,C,D・・・がC,A,B,D・・・と変わったりしてくる。このあたりが面白いところで、自分が変わるきっかけになったりする(他者を変える前に自分が変わることを考えた方が現実的なことが多い)。

 自己分析は心理学の時に何より重要とU先生から教えてもらったが、こうした思索の後で、自分にとって大事な人の愛の原型を推定してみると、他者分析は当たらないことが殆どだが、自分と他者の愛の原型が違うという認識に驚いたりする。お互いに大切な関係であれば、その愛の原型が同じであればどれほどよいかと妄想するのも良いかもしれないが、実際は違うのが当たり前。違うことを前提のはじめの小さな一歩に気づくと、少し大きくなった自分を感じることができる(自我統合性)。

 たぶん「性格の不一致」という言葉が死語になったのは、それが何を指しているか、あるいは対処方法があるのかないのか全く分からないからではないかと思う。個々人の愛の原型をお互いに意識し、それを認めてみる(肯定することではない)ことから和解が始まる。

新しい経験 8/10

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ 人気ブログランキングへ <・クリック応援いつも感謝しています!