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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

修行時代を考える・・今も縄文時代も (6/10 自分の道が見えてくる)

2021-11-18 | 旅・雑記帳

若者と修業時代はイメージ的に重なるが、私のように年寄りでも修業時代のまっただ中という人間もいるようだ。

U先生から「生き甲斐の心理学」を学び始めたのが2000年ごろ、縄文時代の勉強を始めたのは2014年ごろであり、そんな中で縄文小説を書いたりする活動をしているが、若い頃と同じようにいい年なのに修業時代のまっただ中かなと思う。

修業時代とは何だろうか。これはまだ師匠のように確固とした何かを掴んで無い状態。つまり自分では目標とする状態が見えていない状態なのだろう。安易にこれを勉強するとXXが出来ますとか、それらしいことをいう人やケースがあるが、本来師が修行をしていないものに到達時点を表現することは至難のわざだと思う。

恩師への忠誠心は極めて大事で、そうした忠誠心とか信頼関係がなければ修行は成り立たない。そして、信頼関係の中で修行をすることで順次アイデンティティの統合がなされ新しい到達点が得られる。初めから確固たる恩師のようなアイデンティティを持つことはありえないだろう。

さて、このところ時間があれば江戸東京博物館の縄文2021の展示会に通っているが(笑)、展示の中に翡翠(ひすい)や琥珀(こはく)の紹介がある。特に翡翠は糸魚川水系の姫川あたりでしか産出しないこと、またダイヤモンドなみに硬い石材なので加工が難しいことが知られている。

私も何年か前に姫川に行き、少し怪しげな翡翠を安価に購入して磨いたり、いろいろしたが確かに硬い。そして、縄文時代の大珠のように穴を穿つのは相当の技術だと実感している。それが、実験考古学で研磨剤と竹のような柔らかい棒状のものを使えば一時間くらい必死で回転させつつ翡翠の表面の一カ所を押し込んで行けば、1時間に1ミリ程度穴が空いていくようだ。気の遠くなる作業だが、写真の八王子の大珠のように縦に穴を開けているのを観ると、縄文時代に翡翠の穴を穿つ集団があり、師がいて弟子がいるという関係があっただろうと想像できる。また、これは単なる穴を開ける作業集団でもなさそうで、次の万葉集の歌は姫川の翡翠の神秘性を歌っているようだ。どのような集団であったか・・・今では殆ど分からない謎の人たちだ。

沼名川の 底なる玉 求めて得し玉かも拾ひて 得し玉かも あたらしき 君が 老ゆらく惜しも  (巻13-3257)

以上は翡翠の話であるが、漆とかそのほかにも高度な技術が使われたことがあり、興味津々である。

私と同じように年をとってからも魅力に駆られ修行をしていた祖先もいたかもしれない。

6/10 自分の道が見えてくる

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