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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

座禅をしていた縄文人がいたか・・柔軟に変化をする(3/10 五感で縄文を探る)

2022-07-25 | 第十一章「五感で面白おかしく」

U先生の「生き甲斐の心理学」を学んで20年くらい経つが、U先生のご紹介もあって10年位前から太極拳・気功をA先生から学んでいる。私は身体を動かすことは幼い頃は好きだったが、時々思いついたように1年くらい、ジョギングにこったりすることはあっても、大人になってからは全く続かなかった。しかし、太極拳・気功はA先生のご指導のすばらしさもあり、ずっと続けることができている。

続けられたのは、体調がよくなったとか、楽しい時間とかいくつの理由があるが、もう一つ大事なことがあることに気づいた。それは自分の身体性の不思議な世界に触れられるということだ。昔、友達と有名なお寺で短時間であったが座禅を体験させていただいたことがあった。その時の自分の内部に沈潜する体験にも似ているように思う。呼吸を整える事もあるのだと思うが、朝から晩まで絶え間なく入ってくるいろいろな出来事と、それに対応する思考や感情、そして行動をし続けると、自分が身体を持つ人間であり、さらに宗教的に言えば例えば愛そのものの魂を持つ存在でもあることを忘れがちにさせる。そして、いつの間にか様々な思い込みにしばられ、今ここにある問題を柔軟に対処することができなくなっていく。

この身体性との一致などの領域は、日本では座禅の文化があり、キリスト教の宗教者も含め海外から興味を持たれ研究されている大事な領域である。また、つらつら考えると現代のように仕事を8時間以上したり、デジタル化で場合によれば24時間働くような時代は産業革命以降のようで、20万年とかの人類史から見るとごく最近の現象かもしれない。当然ながら縄文時代も狩猟採取(畑作はあったとしても)という厳しい時代ではあるものの、文字禍もなく自分の内なる声を聞こうとする力は現代以上だったのではと推察してしまう。集団的な戦争がなかったこともその所産かもしれない。

さて、写真は何年か前に、多摩動物公園の昆虫館で撮った写真。青虫が蛹になり蝶になる。完全変態のこの変化は学生のころに出合った等価変換創造理論(故市川亀久弥先生)の本で引用されていた。蝶の一生を考えると、まず青虫のころはむしゃむしゃと葉っぱを食べ成長していくが、ある段階になると蛹(さなぎ)となる。蛹の段階では青虫の身体はアミノ酸レベルまで分解し次に蝶として生殖活動をするための身体に再構成していく。内部では大きな変化があるのだが、外見は静寂そのもの。蛹は実に不思議な変化の時なのである。成長するための様々な青虫の属性は蛹の中で解体し、生殖し卵を産み付けることに特化し空を飛べるなどの機能を持った蝶に再生されるのだ。

このような変化は、蝶だけでなく似たような現象がいろいろな所に散見される。身近な人の成長のプロセスにもあるようだし、文化や歴史の中でも垣間見ることができるのではないだろうか。それは、外から見ると蛹のように静寂の装いをしているが、内部では基本的な方向性に基づき再構成の努力がされている。

今月7月の初めに新潟県の旅をしたが、自分なりに気がついたことがあった。縄文時代の時系列的変化や地域的な特性の違いのなかで、例えば土器が大きく変わる現象がある。越後の火焰型土器。これは長い縄文時代の伝統や地域性を踏襲して生まれたものだと思うが、次の時代の三十稲場型土器は火焰のイメージなど全くない蓋付きのシンプルな深鉢に変わる。考古学の世界では図像解析を研究されている方が少なく、先の青虫が蝶になるような変換の分析まで行われた例は見ない。しかし、私は学者ではないが火焰型土器(中期)と三十稲場型土器(後期)にはある種の共通点(文化のDNA?)があるように思う。沢山の土器を分析し学術的な説にするのが本道だと思うが、素人の恐ろしさ?であえて解釈させていただくと。何百年といった時間を経て、火焰的な装飾が消え、シンプルな把手と文様、蓋(土器)になっているのは驚きだが、後期の土器は火焰型土器とおなじように口縁部の猪の象徴が蓋などに残っているように見える。また、口縁部や胴部の装飾や文様は後期のシンプルな図像(把手など)の中で基本的に同じ神話(月に関わる神話?)を表しているように思う。縄文中期から環境が冷涼化し特に中期後半からそれが加速していくが、蛹の時代で取捨選択された中期の遺伝子は後期にきちっと残されているのではないだろうか。しかし、ここまでシンプルになったのは何故か興味深い問題は数多くあるように思う。

ただ、このような変化をもたらした人々は、私達と同じような人間。身体とこころ(生育史)、魂(宗教の分野)を持った人間であったことは確かであり、当然ながら身体性と一致している人間だったに違いない。ひょっとしたら、激動の時代。敷石住居の中で座禅をしていた縄文人がいたかもしれない。

3/10 縄文を五感で探る

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       森裕行

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