イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

頑固おやじの「可愛い子には旅をさせろ」という知恵!(ひびきあう旅④ 9/10)

2013-08-26 | 第五章「和解と平和」

 青春時代、父親の存在はうっとうしかった。何か言うと「屁理屈は言うな」とか「掃除しろ」とか「逃げるな」とか・・・

 何か理不尽でわけがわからない頑固おやじと感じたことも正直あった。

 ところが、今、この年になり、生き甲斐の心理学を10年以上学んでくると、うむと唸ることがある。頑固おやじも一理あるのだ。

 人間の心の健康には大切なのだが、人間の成長に障害になる心の仕組みがある。心理学者フロイトが言い出して近年有名になった「防衛機制」だ。14の防衛機制(抑圧・抑制・昇華・合理化・感情転移・置き換え、知性化、退行、逃避、同一化、摂取、投影、反動形成、補償)として有名だが、これが実に問題なのだ。

 青春時代で知的にも育ってくると、例えば知性化、退行、逃避など、それゆえに人間の成長の壁となってしまうものもある。自分の青年時代を振り返ってみても、自分の五感や体感から離れ、観念にはまってしまい、根なしぐさのように彷徨ったことも。その危うさを父親は見抜き頑固おやじに徹する。理屈を理屈で対抗しても余り意味はないのだ。ダメはダメ。

 自分の頭で感じ、考え、行動するという成熟さにまで行き着かないとき(今の自分でも結構多いが)。どこかに自分が消えて本来の回答が見えないのにうごめいている時。きっと父は悩み頑固おやじを選択したのかもしれない。

 可愛い子には旅をさせろということわざは、人類の歴史ほど昔から語り継がれている大切な知恵だ。旅に出て、五感と体感を成長させること(生き抜く上では、単なる観念だけでなく五感や体感が実に重要)。そして旅を経験をする中で、自分の中の知性の無力さを知り、感情や身体の意外な側面(知性より優れている面)を知ったりする。

 ひびきあう旅④ 9/10

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五感と体感を研ぎ澄ます想像力を駆使する旅!(ひびきあう旅④ 8/10)

2013-08-25 | 第五章「和解と平和」

 今朝は随分涼しくなった。季節はどうだったかとあらためて二十四節気を調べると、れっきとした処暑。もう夏も終わりだなと納得する。

 写真の花は目立たないがベランダに咲いていたニラの花。ちょっと調べると万葉集にもニラが収録されている、古くから日本に渡来した植物だ。

 さて、昨日は久しぶりに勉強会をした。いつものメンバーで旅をテーマにいろいろ思索し盛り上がった。そして、今朝は昨日話さなかった内容について考えている。

 観光というと、具体的な何かを見ようとする人が多い。かつ、理解できるものに集中する人も多い。特にその傾向は日本人が強いかもしれない。先日行った宮島も、厳島神社はものすごい人であったが、大聖院に足を伸ばす人は少なく、さらに弥山を登山したり、巨石を妄想する?人も少ない。

 先日行ったNPOの企画での奈良旅行では、飛鳥の体験は凄かった(普通の観光と違っていた)。大和三山をほぼ登り、何と太極拳をしたりした。タクシーの運転手の方から聴いた話では、観光で大和三山を登る人は始めてとのことだった。さらに、本薬師寺などは、ひなびた昔のお寺の礎石を中心にした遺跡なのだが遺跡巡りでの参加者の反応は凄かった。この飛鳥の旅は、数年間飛鳥や天武・持統天皇の勉強をしてきた後の修学旅行的な参加者も多かったため、何気ない景色などに鋭く五感・体感で反応したのだろう。

 興味のあるかたは、次の動画8分くらいだがを、是非ご覧ください。大和三山を楽しむ!

 ただ見たり聞いたりするのではなく、見えないものまで観、聞こえないものまで聴く旅。それは、狭い自分から解き放つ絶好の機会だと私は思うのだが。そして、それは滅多にない健康感、幸福感や統御感を味わったりするチャンスになる。

ひびきあう旅④ 8/10

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親しくなるのを無意識に避ける人!(ひびきあう旅④ 7/10)

2013-08-24 | 第五章「和解と平和」

 先日行った宮島の厳島神社。信じられないほどの遠浅の海。古代から、その神秘を人は知っていたのだろう。かなり昔しから宮島は聖地であり、そして、平清盛により現代の厳島神社の原型が作られたようだ。

 潮の満ち引きにより、大鳥居などでわかるが、心理的な距離のドラマをいろいろ見るようなのだ。出会いと別れ。親密さと疎遠。それが、一回限りで終わるのではなく、繰り返す。それは、日本の四季の移り変わりのように、何か救いを感じる。

 さて、昨日は信頼関係の条件を述べさせていただいたが、今日は、信頼関係というか親密になることを無意識に拒否する不思議な心理について考えている。素晴らしい親密さの後で、想像だにしていなかった不幸を経験する。そういうことは、人生の中にあるようだ。そして、そうした経験から無意識に、自分を護るために、親密になりそうになると、無意識に避けようとする傾向がある人がいる。

 これは無意識の世界の話で、理屈からすると、ちょっと解せないが、そういう現象があることを知ることは重要だ。そして、本人が、自分でちょっと異常な傾向を自覚するだけで、現象は消えることも。周りに、感情を理解してくれる人がいると助かるようだ。

 ひびきあう旅④ 7/10

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信頼関係を築く条件!(ひびきあう旅④ 6/10)

2013-08-23 | 第五章「和解と平和」

 日常の中では利害得失等が絡むことが多いので、こころにも鎧甲の状態(防衛機制)になりがちだが、環境が変わる旅では、鎧甲を脱ぎリラックスしやすくなることが多いようだ。

 そして、そんな時に生涯の友達ができたり、仕事上のパートナーシップが深まったり、何というか信頼関係がグッとっ深まることがある。皆さんはいかがだろうか?

 さて、人間の信頼関係構築のノウハウは理論的にもあるようで、生き甲斐の心理学では「信頼関係を築く条件」として大切にしている。ちょっとU先生のテキスト94Pから抜き出してみよう。

 (1)本音で交際できる人物

 (2)秘密を護る人物

 (3)好き嫌いを明確に言える人物

 (4)誠実に自分の思考、感情、行動が出来る人物

 とても深い条件で、噛めば噛むほど味がでるような言葉だ。若い頃は、変な講釈をたれたり知性化の防衛機制で苦しんだこともあるが、これを知っていれば随分違ったのになあと思う(もちろん、こういう考えのありがたさに気付くのも自分だが)。

 ひびきあう旅④ 6/10

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素晴らしい旅にするための、ふたつの幸福の視点!(ひびきあう旅④ 5/10)

2013-08-22 | 第五章「和解と平和」

 生き甲斐の心理学では、幸福を二つに分けて学ぶ。一つは幸福の条件。もう一つは感情としての幸福感である。

  昨年、はじめて行ったヨーロッパは中欧だった。「フロイトのウィーン大学での胸像をみたい。」。「学生時代に憧れていたカフカの足跡を辿りたい」・・・後で考えると自分の中で決めていた幸福の条件をクリアするための旅行のようなところがあった。確かに、それを実現することで、平安感や充実感を感じるが、後から考えると長い道のりの一里塚のような感じだったり、自分中の軸がぶれていたのだろう虚しさが残ったりする。
 
 一方、ちょっとした小旅行でも、何とも言えない幸福感を味わうことができる。先日の宮島旅行で、弥山登山のあとで友達と食べた牡蠣と冷たいビール。6月の奈良旅行も嬉しかった。修学旅行の生徒で溢れていた薬師寺。風が心地よく、気の合う仲間と本尊の薬師三尊像を拝観できたことも幸福感だったのだろう。まだ十代のころに修学旅行で、東塔をはじめて観た感動と重なったようだ。

 幸福感は思いがけないときに湧き起る。幸福の条件と比べると天の恵としか言えないようなところがある。そこには狭い意識の世界だけでなく広大な無意識の世界からの何かがあるように思う。

 薬師寺で思い出したが、6月の旅では飛鳥の畝傍山の真西に位置する本薬師寺跡にも行った。持統天皇や天武天皇の病気平癒で、それこそ国家規模での祈祷があった場所である。当時は神のような存在の天武天皇、持統天皇。病気平癒という条件達成は、残念ながら達成できなかった(持統天皇は一度は平癒されたが)。ただ、そんな祈りの場に佇むことができたのは貴重な体験だった。

 本薬師寺は、藤原京から平城京に変わってから、畝傍山の真北に位置する現在の場所に移築される。あの素晴らしい、薬師三尊像も大切にされながら移設されたのだろう。そして、その現薬師寺で修学旅行生と共に味わった私の幸福感。

 二つの幸福(幸福の条件と幸福感)の視点を旅の時に思い出す。旅を豊かにするためにも大事なことではないだろうか? 

ひびきあう旅④ 5/10

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