イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

祖先(ルーツ)の五感・体感を想う!(五感・体感とストレス 10/10)

2015-09-24 | 第二章「五感と体感」

 3年前に行った台湾。そのとき私の母方の祖父の兄であり、芝山岩事件で遭難した桂金太郎を含む六士先生の記念碑に行った。当時は、いろいろ資料を集めたり調べ、やっと念願の墓参りができ感動したが、最近は父方のルーツ探しをしていたものの半分忘れかけていた。

  それが、知人より大河ドラマ「花燃ゆ」の楫取素彦の次男、楫取道明と接点があるのではと教えられた。大河ドラマは興味があるものの、仕事との兼ね合いから 最近はほとんど見なかった。特に今回の「花燃ゆ」は、なんとなく興味がもてなかった。しかし、知人によると楫取道明氏は私の大伯父さんにあたる桂金太郎と 一緒に芝山岩事件で遭難したという。同じ釜の飯を食ったということが想像されるが、どんな食事をし、どのような五感・体感の生活を送っていたのだろうか。

 そうすると、がぜん興味がわく。自分のDNAとの接点?最近読んだ幕末関係との本ともつながり、母方のルーツ探索に再度知的興味がさく裂する・・・

  さて、さて、自分のルーツへの興味は最近とどまることをしらない。3-4代前のかなり辿れる祖先にも興味あるが、200世代とか前の縄文時代の祖先などにも。そして、特に最近は五感・体感の世界に興味がある。結婚したりすると、自分の家庭の文化と違う世界(五感・体感)を配偶者を通して知る。似ているものも当然あるが、へーと唸るような違う世界もある。例えば、正月のお雑煮などはずいぶん違った。

今、5000年前の小説を書いているが、二至二分を知り活用していた祖先たちは、当然ながら冬至を祝い、縄文土器は 15000年以上の歴史があるので、きっとお正月のお雑煮も味わっていたのだと思う。当時は米中心でなかったので餅の代わりには、どんぐりとか栗とか何かのつみれをいれたのかもしれない、出汁はなんでとったのだろうか、・・・いろいろ考えてしまう。しかし、思うのだが、食文化・五感・体感文化は結構保守的 で今と結構似ているのではと思う。

 今日は正月の食べ物のことを妄想してしまったが、そろそろ満月の季節。今年の中秋の名月は9月27日、 そして28日は今年一番大きな月が見られるとも。月見酒やお団子・・・この文化もきっと2-3代前の祖先も200代前の祖先も楽しんだことだろう。そう思うと、自分の中の何かが活性化する!

五感・体感とストレス 10/10

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スティーブ・ジョブズの五感と体感!(五感・体感とストレス 9/10)

2015-09-23 | 第二章「五感と体感」

  今私はPCを2台もっているが、そのうちの一台の音声出力機能が壊れてしまったようだ。もう一台はDVDドライブがなかったので、しょうがないので外付けDVDを購入した。ついでにレンタル屋さんから「スティーブ・ジョブズ」を借り、本日再生しようとしたところ、なんとWindows10にはDVD再生の無料ソフトがついていないことが分かった。そんなことで、無料ソフトVLCメディアプレイヤーをダウンロードしたり悪銭苦闘して何とか「スティーブジョブズ」が観られることに・・・

 考えてみれば、パソコンも今では五感・体感の一部を持ち?ちょっと人間に近づいてきたが、やはり、生命体の五感・体感には及ばないようだ(笑)。スティーブジョブズは、パソコンやOS,あるいはipodなど素晴らしい製品(今でもipodを愛用している)を生み出した巨人であるが、私はどうしても彼の思想や哲学に興味をもってしまう。東洋思想に深い理解をしめし、仏教徒であったとも、禅を愛したともいわれている。

 私も、一度延暦寺の根本中道で座禅の真似事をさせていただいた経験があるが、その時の経験は一生忘れられない。五感・体感は生命体にとって極めて大事なものだが、それを統合的にコントロールすることで、何かを経験する。自分自身をより深めることは、問題解決とか創造性の源泉だと思う。スティーブ・ジョブズは才能に恵まれた方だったと思うが、多分それだけではないと思う。

 DVDはまだ最後までみていないので、そろそろDVDを見なくては!

五感・体感とストレス 9/10

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ヒスイを磨く!(五感・体感とストレス 8/10)

2015-09-22 | 第二章「五感と体感」

実は、先日の北陸旅行でヒスイ峡谷に行ったとき、ヒスイの原石を買ってしまった(驚くほど安価なので、まがい物かもしれないけど)。重量は約2Kg、見た目は石英のようであり、値札もXX円からYY円に値下げしていたので、ますます怪しかったが、その道の専門家らしい店員さんの朴訥さヒスイ峡に苦労して来た熱気で衝動買いしてしまった(因みに、ヒスイ原石はヒスイ峡では拾うことは禁止されている。

そして、帰宅してから、毎日のように磨いている。特にこれで儲けようとか思っていないが、なぜか落ち着く。そして、寺地遺跡の縄文時代の先祖になったような怪しげな満足感が。

ヒスイは、勾玉づくりなどに使う滑石と違う。何が違うかというと、硬度がダイヤモンドに近い6.5~7.0。私も磨いて分ったが、実に固く傷もつかない。ヒスイは確かに美しく魅力的であるが、これに穴を穿つという神業を6000年前以上に習得したのは、驚き以上である。この穿孔方法は研究によると、石英の粉末を研磨剤として使い、中空の比較的やわらかい管状錐で回転することであけたようだ。しかし、その努力はすさまじいものがあったに違いない。

今の世の中、実学が好まれ、効率とかがとても大事にされる世の中になってしまったが、縄文時代の祖先は、ヒスイ加工という実に特殊な技術を得、そしておそらく世界に類を見ない加工品を作った。

昨日は多様性の思想についていろいろ思索したが、このヒスイ加工も、どこかでつながっているようにも思う。当然ながらヒスイは祭儀に使われていたと思われるし、ある方は岩笛としてつかったのではないかという説も出されている。

今の世の中本当に大事なものということが見えにくくなっているが、縄文時代は、意外に皆見えていたのかもしれない。その証拠に、このヒスイ加工品(大珠等)は東日本全般で見つかっている。この多摩でも。

なお、小林達雄さんの「縄文の思考」(ちくま新書)を参考にしました。感謝します。

五感・体感とストレス 8/10

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多様を受け入れるか、受け入れないか!?(五感・体感とストレス 7/10)

2015-09-21 | 第二章「五感と体感」

 U先生から、縄文時代の食事を再現する勉強会を開いたら?というご意見をいただき、ちょっと真面目に考えてみようかと。堅果類のどんぐり等を使っての食事など調査を始めた。実に興味が湧く。

 しかし、縄文時代の食をいろいろ勉強していくと、今とずいぶん違った価値観というか思想で食物を摂取していたのではないかなと思うようになる。たとえば、台所に行って、食材を見回しても、肉は豚、牛、鳥(ニワトリ)くらいだが、縄文時代の遺跡からは、その十倍くらいの動物の種類の骨が見つかっているようだ。狸やムササビまで食べたという。

 植物も、現代では、ホウレンソウ、レンコン、キュウリ、ニンジン、玉ねぎ、サツマイモ、・・・とまあ、何十種類か一年を通して食べるが、縄文時代の人は一説だと数百種類食したといわれている。まあ、現代の人と比べると、その食の多様性は信じられないくらいあったようだ。それを、管理し食事を考えたとなると、その知識は実に深かったと思われる。

 それから、人に関しても、縄文遺跡から障がいを持った方の遺骨が検出されている(弥生時代には無いようだ)。日本神話にはたとえばイザナミとイザナギの産んだ子供の最初はヒルコなのだが、どうも障がいを負ってうまれたようだ。イザナミ、イザナギの神話は後の世の中で作られた神話(例えば、弥生時代とか)のようであるが、縄文時代の神様に障がいのある神様がいたと考える歴史学者もいるようだ。まあ、食だけでなく、思想面でも縄文時代は多様性を受け入れてきた文化だったと考えても間違いは少ないと思う。


ところで、五感・体感をもち、感情をもち、思考し行動する私たち生命体は本来的にどうなのだろう。多様性の中に息づくほうが幸せか、何か選別を繰り返し多様性の反対に生きるのが幸せか。理屈はここではのべないが、私は多様性を受け入れたほうがはるかに良いように考える。どうだろうか?

五感・体感とストレス 6/10

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富士山もいいが、八ヶ岳もいいもんだ!(五感・体感とストレス 6/10)

2015-09-20 | 第二章「五感と体感」

 昨日は府中での勉強会で、エリクソンの理論と真善美の関係をいろいろ考える機会があった。もちろん、哲学ではなく心理学としてである。

 真善美とは何だろう。真は思考と特に関係深いが決してそれだけでもない善とか美とも分かちがたい。善も行動と私は特に関係深いとも思うが真とも美とも分かちがたいところがある。美も感情と特に関係深いと思うが真と善とも複雑に結びついている、三位一体の神が想像しにくいのと同様に真善美の関係も想像しにくい。ただ、思考することで、不思議にも知覚が変わるところがある。

 ストレスとは何か、生き甲斐の心理学では理想と現実のギャップ・感情といったことを考える。それは、悲しみであったり、幻滅であったり、嫉妬であったり・・・まあ、いろいろなのであるが、その生命体のありようを芸術家は美として表現する。

 その美に関係しして、ちょっと思い出したが、この1-2年、ユーミンの「ひこうき雲」をよく聞くことが多い。映画を見てからであるが、それは私の幼友達の若すぎた自死の思い出と確実にリンクしている。そして、自分の中にある種の固執を招いているようにも感じる。突然、防衛機制的なスイッチが入るのである。昇華のようで・・・

 そして思うのだが、これから「ひこうき雲」を聴き続け、ちょっと病的・感傷的・ループ的になることも私の人生かもしれないが、幼友達の衝撃をもっと思考や行動の側面から再検討することもできるかもしれない。

 写真は北陸旅行の帰りに撮った、八ヶ岳である。中央高速で東京に向かう時、とかく富士山に固執しがちだが、八ヶ岳もいいもんだと気づいた旅であった。古代の人は山の稜線に特別な想いを持ったようだが、視点を変えて物事を見直すと新鮮な発見がある。

五感・体感とストレス 6/10

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