「火怨 北の英雄・アテルイ伝」の最終回を見た。4話で終わるには惜しい秀作でした。
学校で、蝦夷について最初に習うのが、征夷大将軍・坂上田村麻呂の蝦夷征伐。その名の通り、蝦夷を征討する人だから”征夷”。その後、鎌倉、足利、江戸と幕府を開くには征夷大将軍の官位を得ることが習わしとなっていくのだが、男の子的に、坂上田村麻呂って、歴史で出てくる最初のメジャーな英雄というイメージだった。なんで、蝦夷を討伐しなければならなかったのか?そんな疑問は、中学生だった僕の脳内に出てくるわけもなく、また、授業でも全く触れられない。討伐ではなく、侵略でしかなかったというのが真実でしょう。
蝦夷の阿弖流為にしろ、飛騨の両面宿儺にしろ、自ら大和に戦を吹っ掛けたわけでは無いだろう。唯、平和に暮らしていたのに、大和が侵略してきて、やむを得ず戦ったということ。別番組で苅谷俊介さんが語っておられたが、”縄文時代の日本は1万年、変わらない文明が続いた”と。西洋人には、それが信じられないらしい。彼らの歴史は”力が正義”というか、戦争と略奪と強制の歴史だから。
たぶん、アフリカあたりで興った人類の中で、弱い連中が東へ東へと逃げて来て、落ち着いた場所が日本なんじゃないかと思う。最初に来たのが縄文人、その次に来たのが弥生人。出雲の国譲り等から想像すると、縄文人と弥生人との交わりは、多少の争いはあったにしても、そこは弱い者同士、いい感じで自然調和していったんじゃないかな。和を持って尊しとなしたんでしょ。(だから、弱いモン、能力のない奴は振り落せ的な現代のやり方で、この国が上手くいくとは思えないのだが・・・。)
さて、「アテルイ伝」。アテルイは、「続日本紀」と「日本紀略」にちょっと載っているだけで、資料が少ないらしいが、話的には良くまとめてあったと思う。アテルイとモレが田村麻呂に、
「なーら(お前ら)が、山や野に火を付けるのを止めさせる為に、わーら(俺ら)は投降する。」
と言うと、田村麻呂は、負け惜しみにしか聞こえんと言う。それに対して、アテルイ、モレは、
「この人には、解るまい!」
というシーンが、溜飲が下がると同時に、悔しいというか泣けてくるというか。番組内での大和や田村麻呂に対する思いと同時に、このご時世でも、未だ”力が正義”だと思っている連中に対しても、いつまでたっても、なーらにはわかるまい!ですよ。
この種のドラマや映画を見ていて、いつも感じるのは”一番の罪人は大勢に流される庶民だ”ということ。アテルイ側に立ってみると、敵であり悪であるのは田村麻呂や桓武天皇なんだけど、それ以上に馬鹿で罪深いと思えて嫌悪感を覚えるのは、さらし者にされているアテルイやモレを物珍しそうに眺める京の庶民だよ。自分の意志では何も考えない、感じない奴ってホント・・・。
大沢たかおさんも、北村一輝さんも、流石に良い。北村さんって、昔は”濃い顔やな~”って感じであまり好きでは無かったのだが、「天地人」以降、好感をもって見ている。
それにしても、4話で終わるのは惜しい。
アテルイとモレのお墓が枚方市にあるそうで、うちの会社の大阪営業所の近くなんだよな。今度、関西方面に出張の際は、なんとかお墓参りが出来るように組み込んでやろうと狙っている。
そのように視点に立つと、鬼も可愛いではありませんか。
富山には、5年弱赴任してましたから、その間にずいぶんと彼方此方を観光というか生活しました。それをブログにも「富山(44)」として扱っています。はい、蜃気楼も見ました。
iinaさんのブログ、また、拝見させていただきます。