LINEマンガインディーズにて更新していた
縦スクロール・ノベル・マンガ「今宵、奏でるのはキミのため」起承転結の起10/10までアップ終わりました!
最後の方、下描きやネームで申し訳ないです(汗)
これにてひとまず更新終了です。
以下、
起承転結の起の、文章オンリーバージョンです
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さあ、おいで柳愛鈴《リュウ アイリン》」
先程まで謁見の間の玉座に座っていた かの人に手を引かれ、愛鈴は二度とお目にかかれないであろう、やんごとなきお客人達の前に立たされた。
(こんなことって……)
愛鈴の手を握り、隣に立つこの国の次期皇帝は目を細め、と同時にその瞳には滾るような熱を宿し、愛鈴を愛おしそうに見つめ微笑む。
「私の妃――」
自分の頬が、たしかに赤くなっているのを感じながら愛鈴は、このフワフワした現実に意識が飛びそうだった。
(嗚呼わたし、夢を見ているのかしら……?)
◆
蒼蘭国《そうらんこく》王都・蒼玉《そうぎょく》。
大陸の中では、あまり大きな国ではないが、西方の外つ国と陸続きで面しており、交易が盛んで旅行者も多い観光立国だ。
また国の南に広がる広大な海は、漁業資源として外国との取引にも大いに役立っている。
「いらっしゃいませー!」
柳愛鈴《リュウ アイリン》は、そんな王都・蒼玉の繁華街にある酒楼で働いていた。
酒楼・鈴花《りんか》は、愛鈴の高祖母の祖母が始めたお店で、昼は小料理屋、夜は宴席の場として、市民や観光客で賑わっていた。
「愛鈴ちゃん、今夜は舞うの?演奏するの?それとも――」
客が食べ終わった食器を片付けながら愛鈴は、後ろから声をかけてきた常連のお客様に振り返り、にこやかに答える。
「本日は、歌わせて頂きます!」
その場にいた、お客達から歓声が上がる。
「半月ぶりじゃないかい!?」
別の卓にいた客が問いかける。
それに愛鈴は、すまなそうに答えた。
「楽しみにしてて下さったのに申し訳ないです。実は喉風邪を拗らせてしまい、なかなか調子が戻らなくって…ごめんなさい」
シュンとして、頭を下げて謝る愛鈴に、お客達が慌てて
「いやいや!そんな謝らないでっ愛鈴ちゃんの舞を観るのも僕好きだから!」
「そうそう、えっと、体調はもう大丈夫なのかい?」
「ご心配おかけしました、ありがとうございます。もうバッチリです!今宵は一生懸命歌いますね!」
ニコニコと、笑顔で返す愛鈴に客たちは、ことさら若い男性客は頬を染め呆けていた。
柳愛鈴は、この店の看板娘として、街中で賛美される評判の娘だった。
一族の良いところだけを集めたかのような、整った美しい造作の顔に、透き通るような白い肌。
先祖のルーツを辿ると西方の国の血が混じっていると思われる翠玉《エメラルド》の様な青緑の瞳に、色素の薄い黄色味がかった髪は、光にあたると金糸の様なきらびやかな色を放ち、腰のあたりまでくる長さで、昼の給仕では邪魔になるので、日中は高い位置で二つに結んでいるのだが、夜の宴席では、歌や舞を披露するのがメイン仕事なので、綺羅びやかな衣装をまといおろしている。
その容姿だけで、客を惹きつける愛鈴だが、それだけであれば、他の酒楼でも見目麗しい女性はいるし、街中で噂のあの娘だ!なんて、好意の視線を独占できる訳は無い。
愛鈴を目当てに来る客達は、舞や二胡の演奏ももちろんだが、最たる目的は、愛鈴の綺麗な歌だった。
"天女の歌声"と称される、愛鈴の歌は、一度聞いた外国人が、その歌声を聴くだけのために、もう一度この国に訪れるほど評判で、まさに歌姫といった具合で、店の売上に大きく影響していた。
「と、言うわけでお客様、今夜のオススメは、まるごと使った高級フカヒレスープですよ」
愛鈴とお客達の会話に割って入ったのは、現・経営責任者であり、愛鈴の祖母である、氾花鈴《ファン ファリン》だ。
氾ばあさんは、愛鈴にあえて連日歌わせるのではなく、舞を披露するだけの日、演奏するだけの日など小出しにして、歌の日だけ、高級な高い料理をオススメしたり、大きな売上になるよう画策していた。
(これで今日の売上も上々じゃ!)
祖母の営業スマイルの下に隠れた、商売根性を見抜いて、愛鈴は、あははとはにかんだ。
◆
昼夜営業している酒楼・鈴花は、昼下りになると、支度中の看板を店の入口にぶら下げ、休憩時間を設けていた。
この時間で、愛鈴は仮眠を取り、夜の宴席に備え体調を整えているのだ。
今日も、愛鈴は店の隣に建っている自宅の自室で仮眠を取り、夢を見ていた――
「……愛鈴」
(だれ?)
「君の歌声は、僕の心の棘をとってくれた」
(嗚呼、これは)
「いつか君を迎えに来るから」
(子供の時の夢……)
「僕のお嫁さんになってほしい」
(でも、この男の子の名前なんていうんだっけ?……?)
はっ!
がばっと勢いよく起き上がる。
明晰夢なんて、久々に見たなぁ、と今見た夢を思い返してみる。
(そういえば、昔は恥ずかしくて人前で歌えなかったのよね)
愛鈴は小さい頃、近所の年の近い女子たちにいじめられていた。
ほとんどが嫉妬などのやっかみなのだが、歌声が変だとか、髪の色が気持ち悪いとか、今だったら「だから何?」と反論できるのだが、純粋な子供の心では跳ね返すことが出来なかった。
悪意の力というのは、やっかいな物で、いくら大人たちが愛鈴を褒めてくれても、同じ目線の子どもたちの意見の方が真実に思えて、愛鈴はしばらくの間、自分の歌声は変で、髪の色も気持ち悪いんだと思い込んでしまっていた。
その転機は突然訪れた。
とある日、どこかの貴族と思われるお客様が来店して来た。
お客人は、訳ありの為半年ほど貴族の少年を預かって欲しいと氾ばあさんに懇願してきたのだ。
氾ばあさんは、思案した末、しぶしぶその貴族のご子息を預かることにした。
男の子は、愛鈴の部屋の隣部屋で過ごすことになり、半年間の同居生活がはじまった
みんなが集まる店の中央で、愛鈴はその男の子をじっと凝視する。
サラサラの肩で切り揃えた銀髪に、空の様に澄んだ青い瞳、彼が視線を落とすと影が出来るくらい長いまつ毛、かわいいというよりも、美しいと表現するのが適切な男の子だった。
愛鈴の視線に気付いた男の子は、プイと顔をそむけてしまった。
愛鈴もムスっとしてしまい、第一印象は最悪だった。
氾ばあさんに自宅の方を案内されていて、男の子と護衛の者が店から出て行った隙に、愛鈴は何故あの子を預かるのかを父に聞いてみた。
「わたし、あの子苦手」
先程のやり取りで、すっかりご機嫌斜めな娘に父・柳岳吉《リュウ ユエジー》は、困って眉を下げながら、子供にも分かりやすいように説明した。
「愛鈴、まず、おのお方はね、とてもお偉い家の子なんだ。そしてね、あの子のお母さんが、その……病気で亡くなってしまったんだ」
「!」
「だからね、強がってるだけで、きっと心の中では泣いてるかもしれないんだ。だから愛鈴、あの子に優しくして上げてくれないかい?」
父の説明を理解した愛鈴は、コクっと頷いた。
それから、愛鈴の仲良し作戦がスタートした。
愛鈴の大好きなお菓子を持っていったり、一緒に遊ぼうと誘ったり、いろいろ試してみたが、男の子はプイっと顔をそむけて、しまいには
「僕に構うな!あと半年もしたら、どうせ戻される身だ。そうしたら僕は籠の鳥だ」
と言われ、部屋のドアを閉められてしまった。
「籠の鳥って……」
(よく分からないけど、なんだか悲しそう)
自室に入ると、愛鈴は愛用している二胡を見つめる。
そして、よく母がいっていることを思い出す。
『愛鈴、歌はね、どんなに綺麗な声でも、上手い歌い方でも、"想い"がこもってない歌は、聴く人の心に届かないのよ』
「……」
その頃、男の子は独りごちていた。
「……僕も、普通の家に生まれてれば…きっと母さんが殺されることなんてなかったんだ」
〜〜♪
「!」
隣の部屋から、二胡の音がして来た。
「この曲は…」
愛鈴が弾いているんだと気付き、部屋を出てそっと愛鈴の部屋のドアを開ける。
「!?」
突然、男の子が入ってきたことと、今まで何にも興味を示さなかった彼が、自らこちらに出向いてきたことに驚く愛鈴
「どしたの?あ、うるさかった?コレ宴席で弾いてるの私」
いったん演奏を止めて説明する愛鈴に男の子が続けてと促す。
「その曲、死んだ母さんがよく歌ってくれたんだ」
「!」
(歌うのは、笑われるかもしれない…怖い、けど…)
「あの!」
「わたしの歌声、変だってよく友達に言われるんだ。だから変でも笑わないでね!?」
そう前置きをして、すうと息を吸うと、愛鈴は二胡に合わせ歌い始めた。
「……!?」
その瞬間、男の子の目が見開いた。
(へ、んだって……?どこが??むしろこの声は)
笑われていないことに安堵して、愛鈴は歌いきった。
「お母様みたいには素敵に歌えてないと思うけど……」
と言い訳をしながら、男の子を見ると
「!?」
泣いていた。
「え!?うそっ!?そんなにひどかった!?」
泣かれるほど、自分の歌声はひどかったのかと焦る愛鈴。
違うと、嗚咽をこぼしながら男の子は言うも、堰を切ったように泣き出してしまい涙が止まらない。
愛鈴は取り敢えず隣に座り、背中をさすってあげることしか出来なかった。
ようやく泣き止んだ男の子は涙を拭きながら話し出す。
「君の、歌声は、キレイ…だよ。変じゃない」
「うそ……」
「嘘じゃない、だって……母さんが亡くなって、僕の心には抜けない棘が沢山刺さっていた。それを君の歌声がとってくれた」
「へ?」
同い年くらいの子供に、ちゃんと褒められた愛鈴は、オロオロと戸惑っている。
「ありがとう……柳愛鈴」
「!!」
愛鈴に向かって、涙を流しながら微笑んでくれた。
更に、初めて名前を呼んでくれて、歌も褒めてくれて、愛鈴はとても嬉しくなった。
「こちらこそ」
と、もぞもぞとちょっと恥ずかしくなった愛鈴はうつむき、そして意を決して顔を上げ満面の笑みで、ありがとう!と御礼を言った。
花のような愛鈴の笑顔に、男の子は少し頬を染めた。
それからの2人は、食事をするのも遊ぶ時も、ずっと2人でいた。
誰が見てもわかる、男の子の表情が日に日に明るくなっていくのを、護衛の男性が目に涙を浮かべながら氾ばあさんに語った。
「こちらに預けて良かったです。お母様が殺され、あの方の心は壊れてしまいました。何を聞いても反応して下さらず、魂が抜けたかのようでした」
仲良くなってからの時間は、とても短かった。
あっという間に半年は過ぎ、男の子は家に帰ることになった。
「ねえ、また会えるよね?また来てね?」
男の子に愛鈴は確認する。
涙を浮かべ、見つめてくる愛鈴に、男の子は愛鈴の肩に手を置き、そっと頬に口付けをする。
「……っ!」
愛鈴は驚き、真っ赤になって、自身の頬に手を当てる。
「……愛鈴、僕は君のことが好きだ」
「いつか、必ず迎えに来るから……その時は」
「僕のお嫁さんになってほしい」
だから待っててと、手も握られ、突然のプロボーズに顔から湯気が出るほど赤面する愛鈴。
「えっと……うん。待ってる」
こうして、愛鈴には婚約者が出来たのであった。
周りの大人たちは、小さな恋の物語を微笑ましく見ていた。
「――あれから、何年経ったかな?」
物思いにふけていた愛鈴は、独り言ちる。
待てど暮らせど、男の子は迎えに来てくれないし、自身も彼の名前も忘れてしまい、面影もぼんやりとしてしまうくらい、時間は経っていた。
(わたしも、そろそろ結婚適齢期なんだけど……)
来月十月は、愛鈴の十八回目の誕生日が来る。
最近では、お見合いの話もチラホラ出始めて、子供の頃の淡い恋心は捨て、現実を見なければならない時期だった。
「さて!仕事仕事!」
頭を切り替えて、夜の仕事の準備に入る愛鈴。
今日この日が、運命のターニングポイントになるなんて、この時の愛鈴には知る由もなかった。
縦スクロール・ノベル・マンガ「今宵、奏でるのはキミのため」起承転結の起10/10までアップ終わりました!
最後の方、下描きやネームで申し訳ないです(汗)
これにてひとまず更新終了です。
以下、
起承転結の起の、文章オンリーバージョンです
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さあ、おいで柳愛鈴《リュウ アイリン》」
先程まで謁見の間の玉座に座っていた かの人に手を引かれ、愛鈴は二度とお目にかかれないであろう、やんごとなきお客人達の前に立たされた。
(こんなことって……)
愛鈴の手を握り、隣に立つこの国の次期皇帝は目を細め、と同時にその瞳には滾るような熱を宿し、愛鈴を愛おしそうに見つめ微笑む。
「私の妃――」
自分の頬が、たしかに赤くなっているのを感じながら愛鈴は、このフワフワした現実に意識が飛びそうだった。
(嗚呼わたし、夢を見ているのかしら……?)
◆
蒼蘭国《そうらんこく》王都・蒼玉《そうぎょく》。
大陸の中では、あまり大きな国ではないが、西方の外つ国と陸続きで面しており、交易が盛んで旅行者も多い観光立国だ。
また国の南に広がる広大な海は、漁業資源として外国との取引にも大いに役立っている。
「いらっしゃいませー!」
柳愛鈴《リュウ アイリン》は、そんな王都・蒼玉の繁華街にある酒楼で働いていた。
酒楼・鈴花《りんか》は、愛鈴の高祖母の祖母が始めたお店で、昼は小料理屋、夜は宴席の場として、市民や観光客で賑わっていた。
「愛鈴ちゃん、今夜は舞うの?演奏するの?それとも――」
客が食べ終わった食器を片付けながら愛鈴は、後ろから声をかけてきた常連のお客様に振り返り、にこやかに答える。
「本日は、歌わせて頂きます!」
その場にいた、お客達から歓声が上がる。
「半月ぶりじゃないかい!?」
別の卓にいた客が問いかける。
それに愛鈴は、すまなそうに答えた。
「楽しみにしてて下さったのに申し訳ないです。実は喉風邪を拗らせてしまい、なかなか調子が戻らなくって…ごめんなさい」
シュンとして、頭を下げて謝る愛鈴に、お客達が慌てて
「いやいや!そんな謝らないでっ愛鈴ちゃんの舞を観るのも僕好きだから!」
「そうそう、えっと、体調はもう大丈夫なのかい?」
「ご心配おかけしました、ありがとうございます。もうバッチリです!今宵は一生懸命歌いますね!」
ニコニコと、笑顔で返す愛鈴に客たちは、ことさら若い男性客は頬を染め呆けていた。
柳愛鈴は、この店の看板娘として、街中で賛美される評判の娘だった。
一族の良いところだけを集めたかのような、整った美しい造作の顔に、透き通るような白い肌。
先祖のルーツを辿ると西方の国の血が混じっていると思われる翠玉《エメラルド》の様な青緑の瞳に、色素の薄い黄色味がかった髪は、光にあたると金糸の様なきらびやかな色を放ち、腰のあたりまでくる長さで、昼の給仕では邪魔になるので、日中は高い位置で二つに結んでいるのだが、夜の宴席では、歌や舞を披露するのがメイン仕事なので、綺羅びやかな衣装をまといおろしている。
その容姿だけで、客を惹きつける愛鈴だが、それだけであれば、他の酒楼でも見目麗しい女性はいるし、街中で噂のあの娘だ!なんて、好意の視線を独占できる訳は無い。
愛鈴を目当てに来る客達は、舞や二胡の演奏ももちろんだが、最たる目的は、愛鈴の綺麗な歌だった。
"天女の歌声"と称される、愛鈴の歌は、一度聞いた外国人が、その歌声を聴くだけのために、もう一度この国に訪れるほど評判で、まさに歌姫といった具合で、店の売上に大きく影響していた。
「と、言うわけでお客様、今夜のオススメは、まるごと使った高級フカヒレスープですよ」
愛鈴とお客達の会話に割って入ったのは、現・経営責任者であり、愛鈴の祖母である、氾花鈴《ファン ファリン》だ。
氾ばあさんは、愛鈴にあえて連日歌わせるのではなく、舞を披露するだけの日、演奏するだけの日など小出しにして、歌の日だけ、高級な高い料理をオススメしたり、大きな売上になるよう画策していた。
(これで今日の売上も上々じゃ!)
祖母の営業スマイルの下に隠れた、商売根性を見抜いて、愛鈴は、あははとはにかんだ。
◆
昼夜営業している酒楼・鈴花は、昼下りになると、支度中の看板を店の入口にぶら下げ、休憩時間を設けていた。
この時間で、愛鈴は仮眠を取り、夜の宴席に備え体調を整えているのだ。
今日も、愛鈴は店の隣に建っている自宅の自室で仮眠を取り、夢を見ていた――
「……愛鈴」
(だれ?)
「君の歌声は、僕の心の棘をとってくれた」
(嗚呼、これは)
「いつか君を迎えに来るから」
(子供の時の夢……)
「僕のお嫁さんになってほしい」
(でも、この男の子の名前なんていうんだっけ?……?)
はっ!
がばっと勢いよく起き上がる。
明晰夢なんて、久々に見たなぁ、と今見た夢を思い返してみる。
(そういえば、昔は恥ずかしくて人前で歌えなかったのよね)
愛鈴は小さい頃、近所の年の近い女子たちにいじめられていた。
ほとんどが嫉妬などのやっかみなのだが、歌声が変だとか、髪の色が気持ち悪いとか、今だったら「だから何?」と反論できるのだが、純粋な子供の心では跳ね返すことが出来なかった。
悪意の力というのは、やっかいな物で、いくら大人たちが愛鈴を褒めてくれても、同じ目線の子どもたちの意見の方が真実に思えて、愛鈴はしばらくの間、自分の歌声は変で、髪の色も気持ち悪いんだと思い込んでしまっていた。
その転機は突然訪れた。
とある日、どこかの貴族と思われるお客様が来店して来た。
お客人は、訳ありの為半年ほど貴族の少年を預かって欲しいと氾ばあさんに懇願してきたのだ。
氾ばあさんは、思案した末、しぶしぶその貴族のご子息を預かることにした。
男の子は、愛鈴の部屋の隣部屋で過ごすことになり、半年間の同居生活がはじまった
みんなが集まる店の中央で、愛鈴はその男の子をじっと凝視する。
サラサラの肩で切り揃えた銀髪に、空の様に澄んだ青い瞳、彼が視線を落とすと影が出来るくらい長いまつ毛、かわいいというよりも、美しいと表現するのが適切な男の子だった。
愛鈴の視線に気付いた男の子は、プイと顔をそむけてしまった。
愛鈴もムスっとしてしまい、第一印象は最悪だった。
氾ばあさんに自宅の方を案内されていて、男の子と護衛の者が店から出て行った隙に、愛鈴は何故あの子を預かるのかを父に聞いてみた。
「わたし、あの子苦手」
先程のやり取りで、すっかりご機嫌斜めな娘に父・柳岳吉《リュウ ユエジー》は、困って眉を下げながら、子供にも分かりやすいように説明した。
「愛鈴、まず、おのお方はね、とてもお偉い家の子なんだ。そしてね、あの子のお母さんが、その……病気で亡くなってしまったんだ」
「!」
「だからね、強がってるだけで、きっと心の中では泣いてるかもしれないんだ。だから愛鈴、あの子に優しくして上げてくれないかい?」
父の説明を理解した愛鈴は、コクっと頷いた。
それから、愛鈴の仲良し作戦がスタートした。
愛鈴の大好きなお菓子を持っていったり、一緒に遊ぼうと誘ったり、いろいろ試してみたが、男の子はプイっと顔をそむけて、しまいには
「僕に構うな!あと半年もしたら、どうせ戻される身だ。そうしたら僕は籠の鳥だ」
と言われ、部屋のドアを閉められてしまった。
「籠の鳥って……」
(よく分からないけど、なんだか悲しそう)
自室に入ると、愛鈴は愛用している二胡を見つめる。
そして、よく母がいっていることを思い出す。
『愛鈴、歌はね、どんなに綺麗な声でも、上手い歌い方でも、"想い"がこもってない歌は、聴く人の心に届かないのよ』
「……」
その頃、男の子は独りごちていた。
「……僕も、普通の家に生まれてれば…きっと母さんが殺されることなんてなかったんだ」
〜〜♪
「!」
隣の部屋から、二胡の音がして来た。
「この曲は…」
愛鈴が弾いているんだと気付き、部屋を出てそっと愛鈴の部屋のドアを開ける。
「!?」
突然、男の子が入ってきたことと、今まで何にも興味を示さなかった彼が、自らこちらに出向いてきたことに驚く愛鈴
「どしたの?あ、うるさかった?コレ宴席で弾いてるの私」
いったん演奏を止めて説明する愛鈴に男の子が続けてと促す。
「その曲、死んだ母さんがよく歌ってくれたんだ」
「!」
(歌うのは、笑われるかもしれない…怖い、けど…)
「あの!」
「わたしの歌声、変だってよく友達に言われるんだ。だから変でも笑わないでね!?」
そう前置きをして、すうと息を吸うと、愛鈴は二胡に合わせ歌い始めた。
「……!?」
その瞬間、男の子の目が見開いた。
(へ、んだって……?どこが??むしろこの声は)
笑われていないことに安堵して、愛鈴は歌いきった。
「お母様みたいには素敵に歌えてないと思うけど……」
と言い訳をしながら、男の子を見ると
「!?」
泣いていた。
「え!?うそっ!?そんなにひどかった!?」
泣かれるほど、自分の歌声はひどかったのかと焦る愛鈴。
違うと、嗚咽をこぼしながら男の子は言うも、堰を切ったように泣き出してしまい涙が止まらない。
愛鈴は取り敢えず隣に座り、背中をさすってあげることしか出来なかった。
ようやく泣き止んだ男の子は涙を拭きながら話し出す。
「君の、歌声は、キレイ…だよ。変じゃない」
「うそ……」
「嘘じゃない、だって……母さんが亡くなって、僕の心には抜けない棘が沢山刺さっていた。それを君の歌声がとってくれた」
「へ?」
同い年くらいの子供に、ちゃんと褒められた愛鈴は、オロオロと戸惑っている。
「ありがとう……柳愛鈴」
「!!」
愛鈴に向かって、涙を流しながら微笑んでくれた。
更に、初めて名前を呼んでくれて、歌も褒めてくれて、愛鈴はとても嬉しくなった。
「こちらこそ」
と、もぞもぞとちょっと恥ずかしくなった愛鈴はうつむき、そして意を決して顔を上げ満面の笑みで、ありがとう!と御礼を言った。
花のような愛鈴の笑顔に、男の子は少し頬を染めた。
それからの2人は、食事をするのも遊ぶ時も、ずっと2人でいた。
誰が見てもわかる、男の子の表情が日に日に明るくなっていくのを、護衛の男性が目に涙を浮かべながら氾ばあさんに語った。
「こちらに預けて良かったです。お母様が殺され、あの方の心は壊れてしまいました。何を聞いても反応して下さらず、魂が抜けたかのようでした」
仲良くなってからの時間は、とても短かった。
あっという間に半年は過ぎ、男の子は家に帰ることになった。
「ねえ、また会えるよね?また来てね?」
男の子に愛鈴は確認する。
涙を浮かべ、見つめてくる愛鈴に、男の子は愛鈴の肩に手を置き、そっと頬に口付けをする。
「……っ!」
愛鈴は驚き、真っ赤になって、自身の頬に手を当てる。
「……愛鈴、僕は君のことが好きだ」
「いつか、必ず迎えに来るから……その時は」
「僕のお嫁さんになってほしい」
だから待っててと、手も握られ、突然のプロボーズに顔から湯気が出るほど赤面する愛鈴。
「えっと……うん。待ってる」
こうして、愛鈴には婚約者が出来たのであった。
周りの大人たちは、小さな恋の物語を微笑ましく見ていた。
「――あれから、何年経ったかな?」
物思いにふけていた愛鈴は、独り言ちる。
待てど暮らせど、男の子は迎えに来てくれないし、自身も彼の名前も忘れてしまい、面影もぼんやりとしてしまうくらい、時間は経っていた。
(わたしも、そろそろ結婚適齢期なんだけど……)
来月十月は、愛鈴の十八回目の誕生日が来る。
最近では、お見合いの話もチラホラ出始めて、子供の頃の淡い恋心は捨て、現実を見なければならない時期だった。
「さて!仕事仕事!」
頭を切り替えて、夜の仕事の準備に入る愛鈴。
今日この日が、運命のターニングポイントになるなんて、この時の愛鈴には知る由もなかった。
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