新型コロナウイルスの感染拡大を受けた政府の「緊急事態宣言」は5月25日に全国で解除されました。しかし、その後もクラスター(集団感染)の発生が各地で報告されるなど、流行は完全な収束には至っていません。東京都は6月2日、感染再拡大の兆候がみられるとして都民に警戒を呼びかける「東京アラート」を出しました。Yahoo!ニュースの「私たちはコロナとどう暮らす」特集にも「第2波がくるんじゃないか」「もう一度『緊急事態宣言』が出たらパニックになりそう」などの不安が寄せられています。これまでに政府の専門家会議が説明してきた内容から、今後どのようなケースが起こり得るのかを読み解きます。
●見えない感染連鎖が顕在化
「この感染症は非常に見えにくい。地域の中で検出できないような形の感染伝播が続いてしまうことがあり得る」
新型コロナウイルスの感染者が急増している北九州市の現状について、専門家会議メンバーの押谷仁・東北大学教授は5月29日の会見でこう語りました。
北九州市では、政府の「緊急事態宣言」が福岡県で解除されて以降、感染者が5月23日から相次いで報告され、6月2日までの11日間で計113人となっています。会見では、こうした感染の広がりが「新たな流行」なのか、専門家に見解が問われました。
押谷氏は「(北九州市の状況は)おそらく見えなかった感染伝播が続いていた可能性と、他から何かの形で新たにウイルスが入ってきた可能性がある」とした上で、新たな流行が始まったというよりは「おそらく続いていたものが突然、顕在化してきたんだと思う」との見方を示しました。
さらに「こういうことが起こるのは、むしろ想定内のこと」だといい、感染拡大の兆候をいかに早期に検知し、早期に抑え込んでいくか、そうした体制づくりが重要だと訴えました。
●現時点では「ゼロ」にできない
専門家会議で副座長を務める尾身茂氏(地域医療機能推進機構理事長)も「緊急事態宣言の解除=感染の終息」ではないと明言します。
「緊急事態宣言を出したときも、感染をまったくゼロにするということを目的にしてない。この病気は今のところ(感染者を)ゼロにはできない」
専門家会議のメンバーは、新型コロナウイルスをしばしば「したたかなウイルス」と表現します。
何がそんなに「したたかでやっかい」なのでしょうか。当初言われていたのは、感染しても8割が軽症であるため、感染者はそのまま出歩くことができてしまい、それによって感染を広げてしまうリスクでした。また、感染者の入院期間が平均2~3週間程度と長いため、医療機関の受け入れ能力を圧迫しました(4月までは陽性者は原則、入院措置が取られていた)。
このウイルスの感染性も、インフルエンザやSARS(重症急性呼吸器症候群)などとは異なる特徴を持っていることが、後に明らかになりました。国立感染症研究所は4月20日付で「濃厚接触者」の定義について、感染者と接触した時期を、それまでの「発症日以降」から「発症2日前」に変更しました。つまり、症状を発症する前からすでに感染させる力があるというわけで、これが感染防止対策を難しくさせました。
日本は3月後半の感染者急増以降、なんとかオーバーシュート(爆発的な感染拡大)は免れることができましたが、欧米諸国をはじめとする世界では、6月3日午前8時半現在、637万人以上が感染し、38万人近くが亡くなっています(ジョンズ・ホプキンス大学システム科学工学センター集計)。
●「次なる感染の波」は来るのか
懸念されている新型コロナウイルスの「新たな流行」の波は来るのでしょうか。専門家会議は、5月14日の「状況分析・提言」の中で「残念ながら、再度の感染拡大が予想される」と記したように、再三にわたって再流行の恐れを警告しています。また、このウイルスへの対応は「長丁場となることが見込まれる」とも注意を促しています。
米ハーバード大学の研究チームは、今後の医療崩壊を避けるためには、人と人との距離をとる「ソーシャル・ディスタンス」といった措置を「2022年まで断続的に維持する必要があるかもしれない」とする予測を発表し、日本でも報じられました。
専門家会議では、中国由来の感染拡大を「第1波」、次の欧米由来の感染拡大を「第2波」と定義していますが、次の「第3波」も見据えた対策が不可避だといえます。同会議が、コロナとともに生きることを前提とした「新しい生活様式」を提言したことは記憶に新しいでしょう。
29日の「状況分析・提言」でも「今後想定されうる流行シナリオとして、潜在化している感染連鎖が 突如としてクラスターとして顕在化するようなケースや、これまで報告されてこなかったようなタイプのクラスター感染(集団感染)、海外から人とともに病原体が持ち込まれることによるクラスター感染の発生などにも十分注意していく必要がある」としています。
●再指定は4月の状況より「早く」
日本で再び感染の流行が見られた場合、安倍晋三首相は「残念ながら2度目の『緊急事態宣言』発出の可能性もある」と5月25日の会見で言及しました。
ただ仮に、もう1度「緊急事態宣言」を出す場合には、最初に出した4月7日の感染状況より「早いタイミング」で再指定する必要があると専門家会議は指摘します。
専門家会議が5月14日に出した「状況分析・提言」では、想定される今後の流れを、以下のようなイメージで説明しています。
(1)「緊急事態宣言」発出(2)「宣言」解除(3)低いレベルでの感染の増減(4)再度の「緊急事態宣言」発出
これはあくまで「最悪の事態を想定」(尾身氏)した仮定のものであり、実際に今後「再宣言」があると決まっているわけではありません。
感染状況が下火になった後も「小さな山がまた何度か繰り返してくるということは、当分覚悟をしておいた方がいい」(尾身氏、4月17日の首相会見)と専門家は指摘します。そのため「緊急事態宣言」の解除以降も(3)のように「宣言」を出すほどではない程度の感染者の増減が予想されます。実際、海外の国々でも、行動制限を解除した後に感染の再拡大が起こった例が報告されており、日本でも「宣言」解除後に北九州市や東京都でクラスターの発生が確認されています。
感染再拡大の予兆が見られる場合には、まず都道府県知事が「自粛要請」などの対策をとります。「宣言」が出る前の3月後半に各知事が外出自粛を訴えたイメージです。しかし、そうした感染の小さな山の後、もしかしたら再び感染が急拡大する状況に陥るかもしれません。医療崩壊の危機が再燃したり、クラスター対策が維持できるレベルを超えたりしそうな場合には、(4)のように政府が再び「緊急事態宣言」を出すことになりますが、その際には、4月に出したタイミングよりも早く発出する必要があるといいます。
「緊急事態宣言」の再指定には、どのような指標が考えられるのでしょうか。専門家会議は、▽直近1週間の人口10万人あたりの累積報告数▽直近1週間の倍加時間▽直近1週間の感染経路不明の症例の割合のほか、実効再生産数などの数値を参考にすると明らかにしています。ただ具体的な数値は「あえて出さない」としています。
その理由について尾身氏は、その頃には抗原検査が普及している可能性があり、現在と前提条件が変わっているかもしれないこと、さらに数値基準を低く設定すると頻繁に「緊急事態宣言」を出すことになり、社会・経済に混乱をきたす恐れがあるためだと説明しています。14日の専門家会議の「状況分析・提言」でも「数値のみによる一律の判断は避ける必要がある」と記しています。
●「8割削減」目標また実施する?
それでは再び流行が起きた場合、4月に出された「宣言」と同様に人との接触を「8割削減」することを目指すような大規模な外出自粛や休業要請を行うことになるのでしょうか。
それについて尾身氏は、これまでの取り組みの経験として、▽クラスターが発生しやすい場所を避ける▽人との距離をとるフィジカルディスタンスや手洗い、マスク着用を徹底する、といった対策が感染防止に有効であることを私たちは学んだので、「同じ『8割(削減)』というようなことではなくて、もう少しメリハリの利いた対策で社会を維持しながら」対応することが可能ではないかとの見方を示しました。
そのためにも、国民には上記の「基本的な取り組み」の徹底を求め、政府や自治体には検査体制や医療体制の強化を求めています。