新型コロナウイルス感染の第2波、第3波が懸念される中、感染対策をどう行うか、かじ取りに悩んでいる企業は少なくない。社員の感染を防ぐためにどのような方針で対策を行うべきか、ウイルス学が専門の米国の国立研究機関の博士研究員である峰宗太郎氏に話を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・セレクト編集部 林恭子)
● 新しい生活様式の中でどう備えるか 産業医を味方に
――現在の感染状況から、企業は何を指標にどのように感染症対策を行うのが望ましいか。
現在、新規感染者数が落ち着いて流行状況が一時的に収まっており、医療施設の占有率、特にICU病棟に余裕が生まれてきているのは事実だ。ところが、緊急事態宣言解除前と比べて、基本的な状況は何も変わっていない。
つまりウイルス(に感染した人)は社会に存在し続けており、もし感染が起きてしまっても広げないことが重要で、専門家会議も述べている「新しい生活様式」のような感染予防が常に必要になる。それぞれが距離を取る、手をしっかり洗う、マスクをしっかり着ける。一般生活に取り入れられる行動の変化によって、感染を抑えなければならない。
では、これが大前提にある上で、何を指標にし、どんな情報に企業や個人が注目すべきか。
まず、流行状況だ。新規感染者数、感染が起きている地域、クラスターが発生している場所、これらに注視して、リスクを低減する行動に結び付けていただきたい。例えば、東京で再び感染が増えている中で、夜の接待を伴う飲食店などで発生しているとの情報がある。
それ以外に注目すべきなのが、1人の感染者が平均何人に感染させるかを示す「実効再生産数」だ。その他、街の混雑度、医療機関の占有度(特にICU病床)、いろんな公的なチャネルから情報を拾い、東京アラートのような指標も基準にするといい。
さらに個別には、感染症コンサルタントなどとともに、具体的なガイドラインを策定するのが望ましい。例えば、会社として夜の接待は自粛するなどといった具体的な内容を決めるのも重要だ。職場における感染対策について、厚生労働省や産業医による日本産業衛生学会が指針を出し、オフィスや通勤時での注意点を示している。身近な軍師として、産業医を活用いただきたい。
● オフィスの感染対策 消毒剤噴霧・空間除菌は一考にも値しない
――オフィスの感染対策として、どのようなことを徹底すべきか。
新型コロナウイルスの場合、症状が全員に現れるわけではなく、無症状でうつす可能性があるために、潜在的に感染者がいることを想定した対策が必要になる。
具体的なリスク回避策は、2つの感染経路から考える。唾などが飛ぶ「飛沫感染の対策」と手などが汚染される「接触感染の対策」だ。
飛沫感染は、人が集まり、人との接触が近い状況が何よりも危ない。これを避けるために、対面会議を減らす、休憩時間に時差をつける、議論は衝立越しに行う。とにかく1対1の接触を減らし、オフィスの人員を増やさず、出勤時間をずらす、換気を良くするのも大切だろう。
接触感染は、汚染された手で顔を触ることがとにかく危ない。汚染される可能性のある共用部位の消毒、共通のものを使用しないように、例えば食事を一緒にする機会を減らす、それぞれが手を洗う習慣をつける。基本的なことを間断なく行うのが効果的だ。
――消毒剤の噴霧や空間除菌の実施については、どう考えるべきか。
これは飛沫感染と接触感染の2つの感染ルート、いずれも断てないため、一考にも値しないというのが答えになる。
飛沫は、人から人へ瞬間的に飛ぶ。もし私が目の前でくしゃみをすれば、0.1秒後にしぶきは目の前の相手の鼻の中だ。わずか0.1秒で飛ぶものを、「空間除菌」で「除菌」などできない。手が汚染された場合は、手全体に消毒液をつければ効果的だが、霧状ではウイルスが半分になったとしてもすべては死滅せず、顔を触ってしまったら感染する。
そもそも安全性も確認されていないため、先ほど述べた2つの感染ルートを断つ基本的な対策が望ましい。
――日本でも第2波の発生が懸念されている。どこまで警戒すべきか。
第2波に備えて、感染ルートを断つ行動をし続けなければならないが、だからといって、過剰に接触を避ける、いつまでも外出制限を続ける必要はない。感染の火種を早く見つけ、発症した時点で早く抑えることが重要で、全体を同じように規制すべきではない。
接触対策を行った上でのちょっとした外出は、リスクが低い場所に関しては問題なく、すべての人が閉じこもるアナグマ生活は行き過ぎだろう。
● 社員全員への抗体検査は 「無意味」である理由
――現在、全社員に抗体検査を受けさせる企業もある。感染予防などの観点から、検査の実施は望ましいか。
抗体検査を一般企業が行うことは、3文字でいえば、無意味だ。
抗体検査は用途が限定される。例えば、疫学調査には望ましいツールで、人口の何%が感染したか過去の状況を示すにはふさわしい。また、コロナ感染を疑われる状態の人がPCR検査で陰性だった際、コロナ感染だと判明させる補完の目的で使うこともできる。
だが、抗体検査では、どの時点での感染であるかが全くわからない。抗体検査で陽性の場合、改めてPCR検査が必要になる。陰性なら感染していない証明にはなりえるが、この瞬間からまた感染の可能性がある。つまり、結果を何にも生かせないことから、企業が実施する意味はない。
確かに、1度感染すると2度と感染しないことが確実なら、感染を証明できる「免疫パスポート」のために抗体検査を行いたい気持ちも分かる。ただ、新型コロナウイルスは、免疫が続く期間が短くなる可能性が高い。これも抗体検査を行う必要がない理由といえるだろう。
19世紀に米国で黄熱病がはやった際は、免疫が社会的特権になって差別が起き、免疫を求めてわざと感染しようとする人も現れるなど、大きな問題になったこともある。
さらに、あれだけ感染が爆発したニューヨーク、イタリア、イギリスでも、感染者は全体の15~20%で、日本では1%未満だ。免疫パスポートを与えられる人は、ごく一部に限られ、彼らに特権的な権利を与えても社会は回らないのだから、免疫パスポートは机上の空論にすぎない。
それよりは、多くの人が感染予防し、流行状況を確認ながら軌道修正し、社会をみんなで回す新しい生活様式を行う方がよほど現実的だ。
――スウェーデンの集団免疫作戦も失敗に終わった。
集団免疫は、全員が均質で、もともと免疫が全くない状況下において、「1-1/R(基本再生産数)」という理論式で求められる。今、基本再生産数が約2.5といわれていることから、1-1/2.5=0.6、つまり60%の人が免疫を持つと、集団免疫で流行が止まるという仮定になる。
感染が爆発したイタリアの一部でも20%の感染率で、これが3倍になれば死者も3倍以上になる。達成が非常に難しい点が、集団免疫の第一の問題だ。
もう1つ、先ほども述べた免疫が継続する期間も問題になる。新型コロナウイルスはおそらくインフルエンザと同じで、免疫が1年も持たないと思われる。これまでに確認されている他のコロナウイルスは1990年代の実験で免疫が続く期間は8カ月程度とわかっており、SARSとMERSも約1年で免疫がなくなるといわれている。
類推になるが、新型コロナウイルスもこの冬に感染した人は、次の冬も感染する可能性がある。集団免疫を積み上げても、次の冬までにリセットされる可能性があれば、集団免疫作戦に意味はない。
● 前途多難な抗ウイルス薬開発 世界的なワクチン争奪戦へ
――治療薬の完成には、どのくらい時間がかかりそうか。
今までに、治験している治療薬は、HIV治療薬のカレトラ、抗インフルエンザウイルス薬のアビガン、エボラ出血熱用のレムデシビルなど、既存薬の転用になるが、あまり効いていないのが実態だ。抗インフルエンザ薬と同じで、薬を投与した方が症状のある期間は短くなる効果はあるものの、死亡率、重症化率に変化はない。
そうすると、よりよい薬を目指すならばゼロから開発する新薬ということになる。開発中のベンチャー企業をファイザーなどが買収しているが、そんな簡単にできるものではない。数年を要すことになるだろう。
その代わりに朗報がある。重症時の治療薬の探索が進んでいる。新型コロナウイルスは当初、肺炎を起こすといわれていたが、それよりも深刻なのは血栓症という血が固まってしまう症状だ。これを避ける薬や、炎症が激しくなる症状を止める薬も検討されている。つまり、重症時の対症療法に効く薬は、効果が認められてきている状態だ。
――ワクチンはいつ頃までに実用化される可能性があるか。
現時点では、どのくらい効果があるものができるのか、全くわかっていない。風疹や麻疹のように、ほぼ一生免疫のつくワクチンか、インフルエンザのように毎年打たなければならないワクチンになるのか、予想がつかない。
現在、mRNAワクチンやDNAワクチンの開発が進んでいるが、安全性の問題やコストの問題で、なかなか現実的とは言い難い。また日本でも開発が進んでいるが、強力な開発体制とは言えない。
そんな中で今、一番期待できるのは、アデノウイルスに新型コロナウイルスの成分を組み込んだベクターワクチンや、オーソドックスな「成分ワクチン」になる。早ければ今年末か来年頭頃には、試験的に一般人への投与が始まり、来年には供給可能になる可能性があるとみている。
現在は、医療用の防護服や治療薬、PCR検査に重点が置かれているが、長期的な視野に立つと、効果的な方法はワクチンくらいしかない。これには供給の限界があり、最適分配の問題から政治的な意図が必ず入り込む。
世界中が欲するワクチンであり、各国がどれだけ開発団体に資金を拠出したかで取り合いになるのは必至だ。どこが一番に名乗りを上げるか、完全供給できるか見込みがついたら、早く日本もコミットしなければ、国民分のワクチンを確保できない。
日本政府はワクチン普及に取り組む国際団体などに多額の資金を拠出するなどしているようだが、これからワクチン争奪戦は激しくなるだろう。
峰 宗太郎