日月神示の研究と実践

日月神示を中心に、神道、密教などを研究、実践するブログです。農薬不使用栽培などについても述べたいと思います。

人工甘味料入り飲料で健康リスク増大も  CNN

2013-07-14 05:41:38 | 知られざる真実 & 真逆の世界

<CNNより>

---------------------------------

 

 

人工甘味料入り飲料で健康リスク増大も 米調査

 

<noscript></noscript><noscript></noscript><noscript></noscript>

(CNN) 人工甘味料を使ったダイエット飲料を日常的に消費すれば、普通の清涼飲料水以上に肥満や生活習慣病のリスクが高まる恐れがあるという調査結果が10日の医学誌に発表された。

米パデュー大学の研究チームは、ダイエットソーダの消費と健康状態との関係について調べた過去5年間の論文などを検証した。

その結果、ダイエットソーダに使われている人工甘味料には、体内や脳内の仕組みを混乱させる作用があることが分かった。ダイエットソーダばかり飲んでいる人が本物の糖分を摂取すると、血糖値や血圧を調整するホルモンが分泌されなくなるという。

人工甘味料はさらに、空腹感を感じさせ、甘いものが食べたくなる衝動も起こさせるといい、普通のソーダよりもダイエットソーダを飲んだ方が太りやすい傾向があることも判明した。

たとえ太らなかったとしても、糖尿病や心疾患、脳卒中を発症する危険は大幅に高まると研究チームは指摘。パデュー大学のスーザン・スウィザーズ教授は「ダイエットソーダは普通のソーダよりも健康にいいという考え方は誤っている」「完全にやめろとは言わないが、日常的に飲むべきものではない」と語った。

これに対して飲料メーカーの業界団体は、「各国の学術機関や規制当局による長年の調査によれば、低カロリーの甘味料は安全で、減量や体重管理などの効果もある」と反論している。

<転載終わり>

-------------------------------

 ダイエットソーダを飲むと却って太ることが分ったそうです。そんなバカな、と思うでしょうがダイエットソーダに使われている人工甘味料が体内や脳内のシステムを混乱させてしまうのだそうです。ウイルスに感染したパソコンみたいになってしまうようです。更に空腹感を感じさせ、甘いものが食べたくなるのだそうです。結果太るわけです。「ダイエットコ○ラ」などが販売されていますが、痩せるどころか却って太ってしまうわけですね。世の中は本当に逆さまです。

 骨を強くするということで、小学校から給食で牛乳を無理やりのまされて来ましたが、牛乳を飲むと却って骨がもろくなることと同じです。最近は牛乳を飲むと骨がもろくなることはかなり知れて来ましたがダイエットソーダが却って太ることは知りませんでした。尤も「ダイエットコ○ラ」などはいかにも身体に悪そうなので、飲んでる人も周りにはいませんが。

 薬は身体に毒ですし、抗ガン剤を打つとガンが発生しますし、焼肉を食べるとスタミナが無くなります。いくら商売とはいえ、真逆のことを平気で宣伝しているのは犯罪ともいえると思います。何も疑わず信じることも美徳なのでしょうが、世の中は逆さまのことを言っているケースが多いですので、ある程度は防衛しないと気が付いた時には手遅れです。共産党の戦術は「嘘も100回言えば本当になる」ですが、それと同じです。

 最近は少しづつ明らかになって来てはいますが、製薬と食肉、食品、医療などはイシヤが支配する巨大利権が絡んでいる産業ですので、そうカンタンには情報公開されないのが現実です。スノーデンさんのように内部告発でもあれば一気に明るみに出ることになりますが。全てが明かされる日もそう遠くはないようにも思えますし、遠いようにも思います。

 

 

・CNN


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「私の中国調査旅行」 副島隆彦氏

2013-07-11 06:02:25 | 政治・社会

 

<学問道場より転載>

--------------------------------

 

私の中国調査旅行
投稿者:副島隆彦
投稿日:2013-07-08 03:38:08

副島隆彦です。

私は、6月29日の定例会が終わって、翌日から1週間、中国への調査旅行に行っていました。今日帰りました。
今回は、日本人にとっては、旧満州(きゅうまんしゅう)である、東北三省(トンペイサンジョウ)である、黒竜江省(こくりゅうこうしょう)と、吉林省に行ってきました。

見渡す限りの どこまでも トウモロコシか、稲作(田んぼ)が、整然と、果てしなく続いていました。 哈爾浜(ハルビン)から、700キロ東まで車を飛ばして、 松花江(しょうかこう)沿いに、アムール河(黒竜江)のロシアとの国境近くまで行きました。 南に下れば ウスリー河ですが、 さすがに、中露戦争の 珍宝島(ダマンスキー島)までは行けなかった。 

 それこそ果てしなく穀倉地帯が続いていた。 おそらくアムール河の北辺まで、ずっと畑が続いている。品種改良された 稲(米)が、おそらく、日本のコシヒカリに近いものまでが、ものすごい勢いで生産されている。

土砂降りの雨が降った。ということは、5月に田植えをして9月に収穫するから、これだけの夏の暑さがあれば十分だ。 7、8月は、日本の夏と変わらない暑さだ。 ハエや蚊は、全くいなかった。100年前からの漢民族の入植者である、貧しい農民たちの 村が、10キロ置きぐらいに、数百戸(2千人ぐらい)ずつまとまって点在していた。

農民ひとり 1 ヘクタール(10000平方メートル)ずつ国からもらえる。
貧しい農民たちなのだが、農繁期が終わったのか、のんびりしていた。農業税(のうぎょうぜい)が、2003年に廃止になって( 胡錦濤=こきんとう=が政権を握って実施、断行した偉大な政策だ) 農民は豊かになったそうだ。 漢(かん)の時代からの過酷な農民税が、廃止されたのだ、という。

 若い子供たちは、いなかった。彼らは、おそらく都会の工場や料理屋とかに働きに行くのだろう。旧正月(2月)には帰ってくる。 最低労働の賃金で、月給1500元( 日本円で2万円)にはなる。 だから、コツコツ貯めたら、それなりのお金になる。

 冬は、零下30度( 記録的な寒さは、零下39度だそうだ)になるから、今の日本人は、冬の旧満州には、近づけない。だから、夏の今の時期にようやく私はこの極寒の地に行けた。 それなのに夏はこんなに暑い。 黒土(くろつち)の立派な土壌だ。 これなら東北三省で、中国全土の穀物を十分に供給できるだろう。

中国人は、食事にお金をかける。友人たちと毎夜のように外食して、300元(5千円)ぐらいを、誰かが出す。 日本人は、夕食の定食を、駅前のレストランで、ひとり800円の定食とか、食べる国民になった。私は、新潟空港から、2時間半で、ハルビンに飛んだのだが、新潟に帰り着いて、日本人の貧しさに、暗澹(あんたん)とした。

 中国でも最下層の人や、若者は、一食5元(80円)ぐらいで食べて、それで十分に生きている。中国の消費者物価は下がっている。 贅沢をいえば、すれば、きりがない。 今の日本の貧困層は、コンビニ弁当一日、200円を一個で済ませているという人たちが存在している。私は、今の日本の衰退国家、落ちぶれ続ける様子に、本当に、絶望的になる。

 中国の地方都市は、まだまだ穢(きたな)い。きたない建物が、そこらじゅうに建っている。だから、中国に行きたがらない人が多い。だが、上海では、日本の銀座通りよりも綺麗(きれい)な、そのうえ豪華に輝いている、ショッピング・ストリートが、20ぐらいある。高層ビルの建築のすごさは、今もちっとも衰えていない。

 地方都市でも、郊外の開発区には、数百本の、40階建てぐらいのタワー・レジデンスが、そこらじゅうで建設中だ。 地方では、そういう新築の高層アパートが、床面積100平方メートルで 丁度100万元(1600万円)ぐらいだ。中国の不動産バブルは、終わっている。もう3年前までのことだ。狂乱地価は中国にもう起きないだろう。 中国政府は、地方や農村で、一戸10万元(160万円)で買える、質素だがそれなりにきちんとした住宅を、数億戸、作ろうとしている。すべて 40階建てぐらいの高層アパートだ。

 中国の富裕層と共産党の幹部たちの、裏側での蓄財と腐敗(ふはい)の問題は、私の 次の6冊目の中国研究本で、徹底的に書く。 中国の 政府を、徹底敵に批判し続けている、知識層や 若者たちは、統一用語として、「権貴経済(けんきけいざい)」という言葉を、インターネット上で使う。この「権貴(けんき)」とは、権力者と貴族官僚たちで中国の支配者たちによる経済という意味だ。 

 今は、インターネットでの告発が、ものすごい勢いで起きているので、中国の、公務員(ものすごい数でいる。若者は公務員になりたがる。収入が安定しているから。日本と同じだ。このこと自体が、実は、人間の腐敗だ) たちや、警察や、役人たちの不正や、庶民いじめが、そんなには簡単に出来なくなっている。 記者(きしゃ、ジャーナリスト)が、記事として、新聞やテレビで、取り上げたら、即座に、腐敗して裏金を受け取っている公務員たち数百人が、一瞬で職を失う。どうかすると、投獄される。 中国の、この 官僚政治批判の、民衆の力のすごさと、不満の表明を、 日本の 反中国主義者(中国キライ人間たち)は、自分の目で、その「中国は崩壊する」を確認しに行けばいい。

 中国の成長は、まだまだ続く。それは、アメリカを鼻で嗤(わら)って、見下すほどのものになっている。それでも、中国社会の厳しさと、16億人もいて、彼らが、それぞれが必死に豊かになろうとしている様子に、外側からの目でしかない、私は、じっと考え込む。 すでに 個人資産で、日本円で、100億円ぐらい蓄財している富裕層の中国人が、500万人ぐらいいるだろう。 これが、まさしく 「権貴(けんき)経済」で、権力者化した共産党官僚たちとそれと深く結びついている私企業(民間企業)の一挙に成り上がった経営者たちの姿だ。

 だが、習近平(しゅうきんぺい、しー・ちんぴん)国家主席の号令一下で、公務員たちが、私企業に集(たか)って飲み食いすることは、出来なくなっている。 それでも、長い歴史を持つ(共産主義の、1921年からの90年の歴史など短いものだ)奥深い中国的な 社会の病巣と懊悩(おうのう)も続くのだろう。

日本もひどいものだ。日本の官僚たちは、小沢一郎革命を、自分たち、「法の番人たち」が自ら、法律を刃物に変えて、犯罪者となって、非合法で、勝利して、今も安倍晋三(あべしんぞう)のような、頭の軽い政治家( ボンボンの三代目)たちを、あやつって、自分たちの栄華を極めている。その罪の深さを、彼らは、そのうち思い知るべきだ。 私の 彼らへの憎しみは深い。

 中国は、どの国も持つ、腐敗の形を抱えたまま、今、「和讃(わかい)社会」なるコトバで、貧富の差の少ない平等社会を、目指している。それを、庶民たちが、笑いながら支持している。 貧富の差は、なくならない。どの国でもなくならない。なくそう、と安易に言う者は、知恵の足りない人間だ。貧富の差とは、その、真実は、就職差別の時に、現れるのだ。私たち、ひとりひとりの日本人も、学校を出て、就職しようとした時に、おそろしい就職の機会の無さと、裏口入学ならぬ、裏口入社(コネ入社) を味わった。 公務員試験に、堂々と受かったと言うようなものたちでも、本当は、コネ採用の公務員たちだ。

それは、どこの国にでもある、格差社会(貧富の差がある社会)の真実の姿だ。中国にも、これがあって当たり前だ。

 私は、今の日本で「格差社会を無くそう」というスローガンを、故意に、ばらまいているのは、財務省=国税庁=税務署であると、深く知っている。それは、格差の是正のことを言う振りをしながら、日本の資産家、金持ちたちから資産を税金で取り上げようとしている 悪どい 政治策略だと 分かっている。金持ち層を殺したら、その国に、文化と教養と芸術が育たない。余裕のある人間たちの穏やかな物腰、人間の優雅さ、というものが、死に絶える。だから、私は、「格差社会 は有って当たり前だ」という本も今、書いている。私の、日本の官僚(上級公務員)たちの実質支配のコンスピラシー(権力者共同謀議) への怒りは、深い。 

 中国の、旧満州が、ここまで豊かな穀倉地帯だったとは、行って見るまで分からなかった。 人間は、やはり現地に言って、現場を自分の目で見て、それから何かを言うべきだ。 毛沢東(あの残忍だった。しかし中国人の多くは複雑に彼の存在を国家の建設者として認めている) が、 「調査なければ判断なし。情報なければ判断なし」と言ったことを、日本人の知識層でも、軽く見ている。
中国人の深い知恵を、甘く見ている・

 ロシアとの西の国境の満州里(まんしゅうり、マンジューリ)が今、栄えているそうだ。そこから、ハルビンまで一直線に鉄道をロシアは引いて、それをさらに、ウラジオストクまで通した。 1898年から1902年ぐらいのことだ。
現在、この一週間、ロシアの極東艦隊と中国の海軍が、ウラジオストクあたりで、合同の軍事演習をやっている。この報道は日本ではわずかにしかしないだろう。 

 中国とロシアは、私が思っていたよりも、仲よくしている。ロシア人のビジネスマンたちが、ハルビンにも大連にもたくさん来ている。国境の町で、物々交換のような貿易を盛んにやっている。もう米ドルなしで、ルーブルと人民元での通貨決済が行われ始めたようだ。 
 
 中国の銀行員の女性事務員で、月給7000元(10万円)になっている。この金額は、熟練工の大工場の労働者たちと同じだ。公務員の幹部たちは、12000元(18万円)ぐらいになっている。公務員の方が、かならず民間企業(私企業)の従業員たちよりも月給が高くなるように、中国は、なぜか出来ている。
しかし、私企業では、ボーナス(特別収入)が、個人差もあるようだが、給料の一年分とか平気で出る。 本当だ。 だから、お金に関しては、中国人は、今の私たち日本人のようにしみったれていない。 おそらく、もう逆転したのではないか。 前述した、定食代の、食事代の逆転でも表れている。

今の日本は、中国よりもみじめだ。企業にしがみついて、働かないと、首になったらどうしょう、と若い人は、皆、悩んでいる。中国では、一番下の、お店の従業員たちで、おそらくこき使われている人たちがいるだろうが、しかし、彼らは、そんなお店は、すぐに辞めてしまう。 だから、経営者の方が、気を遣って、労働者を引き留めようとする。 二交代制で働くようだ。朝の8時から働いている者は、昼にそばの自分の部屋に戻って、昼寝をするようだ。それから、また出てくる。夜勤の12時までの従業員も同じく昼寝時間があるようだ。ということは、日本人の、昼寝なしの12時間勤務のような、きつさは中国にはない、ということだ。 

 中国の大都市は、どこでも、今は、レインジ・ローバーのようなSUV(スポーツカーのアウトドア用の車)が大量に走っている。日本円で400万円ぐらいする高級車だ。 交通事故の 接触事故も、すべて自動車保険で解決している。
中国ほど、高級車が走り回っている国はもうない。

この5月に私が行った、オランダやベルギーでも、庶民はほとんどが、日本の軽自動車を少し大きくした程度の1000CCぐらいの小型車だ。そうしないとあの中世以来の石畳(いしだたみ)の道をガタガタしながら走れない。黒塗りのレクサスような大型車は、いかにもお金持ち、経営者たちしか乗っていない。車で階級が分かるのが今の、貧乏垂れた、ヨーロッパだ。日本は、まだまだ大型車が走っている。しかし地方や田舎にゆけば、ほとんどが軽自動車だ。通勤用に使うと燃費の問題がすべてに優先する。

中国人はほとんどがスマホを持っている。私は、弟子たちが、「どうせ無理だから、先生は使わないほうがいいですよ」と言うので、今も携帯電話しか持っていない。実質的にスマートフォンは、すべて中国で作っている。高層ビルも自動車も中国がもう一番だ。 多少、粗悪そうに見えるが、そんなことは、あと10年すれば、もう解決しているだろう。

 私は、満州里(まんしゅうり)の南の、ハルハ 川のあたりで1939年に起きたノモンハン戦争の戦績にも行きたかった。 もう30年昔に、ノモンハンて、どんな遠方の僻地(へきち)だ、と思っていたのが、もう遠くない。新潟から、2時間半で、そこから電車で、5時間も行けば、ノモンハンの地だ。 

それから、長春(ちょうしゅん、旧「満州帝国」という世界の笑いものの旧新京) にも行って、731部隊(石井四郎中将の 細菌・化学兵器開発、実験、の舞台)にも行った。それなりに 証拠が集まっていた。戦争の時代の医師の軍人たちの狂気の状態での、国家作戦と命令であるとはいえ、本当に、人間が、国家と共に狂うと、ここまで残虐なことをするものだと、反省した。 生体実験で3千人ぐらいを殺している。 産経新聞右翼の、ザ・カルトオブ靖国(ヤスクニ)の、維新の会万歳の、「日本は中国で何も悪いことはしてない。すべては共産赤匪(せきひ)のやったことだ」の連中も、こういう戦蹟 めぐりをするべきだ。森村誠一の「悪魔の飽食」が出て騒がれたのが、1981年だから、もう32年になる。

  
 私は、高句麗(高句理)と渤海(ぼっかい)国の歴史、それから、契丹(きったん)・遼(りょう) のことと、金(女真=じょしん=族)のことも、知りたかった。朝鮮半島の歴史と、満州のあたりの歴史が、実感で分からなかった。それが、こんどの旅で分かった。ようやく東アジア史のすべてが、これで、私の頭の中で完成した。

副島隆彦拝
<転載終わり>
 
---------------------------
 
 副島氏の中国旅行の記事を読み、中国の実体を垣間見ることができました。実際副島氏が見たことは事実だと思いますが、全体を通して、日本は今後衰退して行くしかないが、中国は発展途上なのでこれから本格的に伸びて行くと聞こえます。将来どうなるかを100%予測することはできませんが、副島氏の見方は中国寄りであると思いました。以前から一貫して同様の見方ではありますが。

 副島氏は金持ち層を殺したらその国に文化と教養と芸術が育たないと言われていますが、それは事実だと思います。毛沢東が文化大革命で6,000万人の自国民を粛清しましたが、その多くは資本家と言われていた金持ちです。この金持ち層を殺してしまいましたので、中国の文化や教養のレベルが相当落ちたと言われています。三国志などを読みますと、忠義に厚い中国人がたくさん描かれていますが、今の中国人とは別の人種かと思ってしまいます。これも文化と教養が断絶してしまった証なのかも知れません。

 今後中国は発展はすると思いますが、共産党の一党独裁政治や日本以上の官僚主義と汚職を解決しない限りは限界があると思います。今の体制のままで発展しても、いびつな発展になると感じます。確かに民主主義は欠陥だらけですが、少なくとも日本の野党は言いたいことを言えます。中国では共産党しかないわけですから、反対する党すらありません。私の知り合いの中国人は皆共産党は嫌いだと言ってます。共産党に反対する市民たちは天安門事件のように武力で鎮圧されてしまいました。多くの市民が人民解放軍に殺されましたが、これが日本だったら大変なことになります。

 中国は大きな問題をたくさん抱えていますが、一つ一つ解決していけば、将来自由で豊かな国になると思います。日本も山積する問題を解決すれば、更に自由で豊かな国になると思います。豊かさについても、今の中国ではいい家を持って、大きな車に乗るという昔の日本の豊かさを追い求めているように思います。日本は一億総中流を経て、多くの人が家や車を持ちました。そして今の日本人が求めているのは、いい家や大きな車だけではなく、人と人とのつながりや思いやりを求めているように思えます。昔の日本はお金こそ最高の力だと思っていた人が多かったかも知れませんが、今はお金も大事だけれど家族や友人、近所の人とのつながりが大事だと感じているように思います。衣食足りて礼節を知るといいますが、物質的に豊かになった日本は、新しい価値観に向かっているように思えます。そのヒントが縄文や江戸にあるように思います。

 

 

・学問道場


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

英財務省、RBS分割でロスチャイルドをアドバイザーに指名 Yahooニュース

2013-07-07 04:25:05 | 政治・社会

<Yahooニュースより>

-----------------------------

 

英財務省、RBS分割でロスチャイルドをアドバイザーに指名

ロイター 7月4日(木)1時15分配信

[ロンドン 3日 ロイター] - 英財務省は3日、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)<RBS.L>の分割の可能性を模索するためロスチャイルドをアドバイザーに指名した。

同省によると、ロスチャイルドは、RBSの残りの不良債権の「不良資産買い取り機関(バッドバンク)」への移管について財務関連の助言を行う。

法律関連のアドバイザーにはスローター・アンド・メイを指名したと説明し、資産査定などその他分野のアドバイザーについては、今後数週間以内に指名するとした。

<転載終わり>
 
---------------------------------
 
 ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドといえば、イギリス最大の銀行ですが、そこが破綻したというのに大きくは報道されていません。香港上海銀行がバッドバンクへ移管されるとなれば、毎日どの局でも報道するでしょうが、RBSの場合は何故かひっそりしています。
 
 また、ロスチャイルドという言葉は陰謀論系の記事でしか見ないので、Yahooニュースに平気で載っているとちょっと違和感があります。あくまで裏で暗躍する組織と思っていましたが、いよいよ表舞台に出てきたのでしょうか?
 
 いずれにしてもイギリスも厳しいということです。千賀一生氏によれば、今の西洋文明をイギリスの文明と云ってます。アメリカはイギリス文明の中の一つだそうです。そして、次期文明は日本の135度線に来ると言われています。(実際は1995年に日本の時代になっているそうです)
 
 
 
 
 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

江戸時代は縄文の再生~1.家康が江戸を目指した本当の理由

2013-07-06 20:58:04 | 日月神示の実践

 

 

 

<縄文と古代文明を探求しようより転載>

-----------------------------------

 

 

江戸時代は縄文の再生~1.家康が江戸を目指した本当の理由

江戸は縄文の再来では?を検証すべく、新しく江戸シリーズが始まりました!
今日はその第一回「家康が江戸を目指した本当の理由」です。

n021_03kidai.jpg
画像はこちらよりお借りしました。

確かに。そう言われれば、なぜなんだろう Rolling Eyes?家康自身は三河の出身ですし、戦国時代は西の京都と大阪が中心でした。天下を取るならそこに幕府を置くのでも良かったような・・・。

江戸に幕府を開いた理由としては、一般的には以下のように言われています。

m121 京都の朝廷の影響から出来る限り逃れるため。
m122 幕府が開かれた当時、徳川家に反逆する可能性があった大大名は島津家・毛利家・前田家・伊達家くらいで、それらの大名の侵略を考えた場合、大阪・名古屋よりも江戸が防衛上適していた。
m123 戦国時代の技術革新で土木技術がすすみ、単なる湿地帯だった武蔵野が有力な穀倉地帯になる見通しがついた。
m124 領地が変わると、家臣も引越しで負担がかさみ、現地で徴収される兵士の忠誠度も低い&これまで忠誠を尽くしてくれた支配民と別れなければならない。ほぼ敵なしだったとは言え、既に基盤のできている江戸から他の地域に拠点を移すことは徳川家にとってやはり大きなリスクだった。

また最近では、水運(経済・流通)の要所としての重要性が取り上げられてもいます。

江戸は中世かあるいはそれ以前から水運の重要なポイントとなる土地であって、ずっと昔から栄えていた場所だと言います。それなのに、鎌倉幕府などが江戸を拠点に選ばなかった理由の方が重要であると言います。その理由として、関東は、(本来の)利根川を境に強く対立する歴史が続いていたため、大きな勢力の根拠地には適さなかったのだと言います。しかし、太田道灌の時代の後、後北条氏の時代には関東は1つの勢力に統合され、ここを根拠地にする安定性ができたと言います。後北条氏は小田原を根拠地にしていましたが、その後で関東に入ってくる家康から見れば、江戸を根拠地として選ぶことは必然だと言います。(こちらより引用させていただきました。)

しかし、東北→関東を扱ってきた縄文チームとしては、果してこれだけなのだろうか Rolling Eyes と思ってしまいます。
家康は東日本を組み込むことが天下泰平に繋がることを、直感していたのではないでしょうか?

家康がそう直感したのは、なぜでしょうか?
応援、お願いします!! m092m023

 
 にほんブログ村 歴史ブログへ

m282 円仁→天海→家康と引き継がれた、縄文の心

%E5%86%86%E4%BB%81.jpg %E5%A4%A9%E6%B5%B7.jpg %E5%AE%B6%E5%BA%B7.jpg
円仁       天海       家康
画像はこちらこちらこちらより。

縄文チームは、家康のブレーンであった天海が、東北会津出身であることに着目しました!

江戸時代初期に活躍した天海僧正(慈眼大師)は、徳川家康をして、初対面の時、「天海僧正は、人中の仏なり、恨むらくは相識ることの遅かりつるを--」と言わしめたほどの傑僧であった。天海僧正は天台宗の僧として将軍家康・秀忠・家光の3代にわたり、ブレーンとして絶対の信頼を受けたばかりではなく、織田信長に焼かれた後の比叡山の復興、川越・喜多院の再興、東照宮の造営、上野・寛永寺の建立などにも深く関わった人物だ。家康の神号「権現」の名付け親ともいわれる。(こちらより引用させたいただきました。)

徳川3代にわたってかなり影響を与えた天海ですが、彼はどういった人物だったのでしょうか?
108歳まで生きたと言われる天海が、家康に長寿の秘訣を問われて答えた言葉に、

気は長く勤めは堅く 色うすく 食細くしてこころ広かれ

というものがあります。

「あせらず気を長く持って、仕事はしっかりこなして、色欲をおさえて、食事は腹八分に、心はゆったり保て」ということです。この教えを守ってか、家康も七十五歳の長寿を保っています。

またエピソードとして、

あるとき、三代将軍・家光の御前で柿をいただいた天海は、食べたあと、その種をフトコロに入れた。家光が「何にするのか」と問うと、「持ち帰って植す」と答えた。家光があきれた様子で「高齢の者には無益のことじゃ」と言うと、「天下国家を治める御方そのような性急なお考えではこまります。いずれこの柿の生長するのをご覧に入れましよう」と答えた。そして数年後、天海がたくさんの柿を献上したところ、家光は「どこの産物か」と聞いた。「これは御前から賜った柿の種が大きくなって実ったものです」と答えると、家光や同席していた者は感嘆しきりだったという。

というものもあります。

これらは一般的には養生訓として知られているものですが、現在見直されている「もったいない」意識に通じる、質素で、真面目、堅実な生き方(贅沢を戒める)を表す教えのように思われます。

では、これほどまでに徳川家に影響力を及ぼした天海の思想はどこから来ているのでしょうか?

天海には明智光秀説を初めとした諸説があるのですが、1536年に東北会津で生まれ(大名の一族だったそうです)、8歳の時父親が暗殺され、11歳で出家、円仁が開いた天台宗(密教)の寺々で(のちには比叡山でも)僧侶として学びます。このころの僧侶は哲学者、総合医のようなもので、天海は薬草にも詳しく(ここは家康と意気投合したところだそうです)、風水などの知識を江戸の街づくりに反映させてもいます。


m282 天海の思想のルーツ円仁。その円仁にみる東北の祖霊信仰

では、天海が学んだ天台宗(密教)とはどのようなものだったのでしょうか?
時代は、東北に天台宗を広めた円仁(奈良時代)にまで遡ります。東北の天台宗は、縄文文化と融合した祖霊信仰に近いものでした。

東北でもっとも風土的発展を遂げた宗教・・・・、それは何といっても円仁の影響を受けた各地の信仰である。恐山がその代表であるが、天台宗といってもそれらは必ずしも統一的なものではなくて、いつに風土的である。円仁に繋がり、台密に繋がり或いは天台宗に繋がっているとしても、おのおの風土的発展を遂げて独自性が強い。それが東北の信仰である。そういう風土的発展を遂げているという前提をよく理解していただくとして、円仁のことについて触れておきたい。

私にいわせれば、円仁が苦労の末、唐からもたらした密教によって、天台宗は真言宗を超えた。怨霊や妖怪とのなじみは天台密教の方がいい。いろんな寺をお参りしての私の実感である。天台密教の方が理屈なしにすーと入っていけるように感じる。懐かしみというか親しみを感じるような気がする。祖霊信仰と結びついて独特の変化をしてきているのではないか。そうだとすれば、東北において、天台密教が祖霊信仰を土壌として人々の心の中に深く浸透していったことは十分理解できるであろう。東北のように縄文文化の色濃いところでは、もともと、天台密教の方が適していたのではないかと思われるのである。円仁の登場というものを私は歴史的必然性だと思わざるをえない。

東北の寺では、円仁の開基と伝えているものは109寺もあって、中興とするものが22寺、円仁に関係する仏像などを有している寺が169寺もある。他の地方を圧倒している。これを見ても円仁の東北との関わり合いの深さを知ることができる。(こちらより引用させていただきました。)

 

%E5%B1%B1%E5%AF%BA.jpg %E5%B1%B1%E5%AF%BA%EF%BC%92.jpg
画像はこちらより。

天海の残した教えは、縄文文化(祖霊信仰)と融合した円仁の教えを受け継いでいると思われます。
家康と天海との出会いは、1590年に家康が江戸入りする前年のことと言われていますが、天海が江戸を勧めたことは、その後の江戸の街づくりへの天海の係り度合いから、容易に想像できます。出会ったときに家康に「もっと早くに会いたかった」と言わしめるほど、両者の思想性は近かったのだと思われます。 


m282 関東人は家康をどのように受け入れたのか?
家康が江戸に入ったのは、天下統一の十年前1590年でした。秀吉が天下統一の仕上げとして北条氏の居城小田原城を攻め、これを陥落した後、戦功第一の家康に北条氏の旧領をそっくり与え、その代わりにそれまで家康が領有していた駿河、遠江、三河など五ヵ国を取り上げたのです。ですので、実際は褒美というより、家康の勢力を削ぐために関東に追いやられた感じでした。

しかしその10年で、家康は江戸に基盤を作り上げていきました。

家康は、江戸城の修理補修は最小にとどめ、町割(町の地割)や知行割に精力を注ぎ、早くも8月中には江戸湾に注ぐ平川河口と江戸城大手門のあたりを結ぶ船入堀の開堀に着手しました。製塩地である千葉行徳から塩(生活必需品)を江戸へ送るため、隅田川と中川を横に結ぶ運河である小名木川堀(おなぎかわぼり)を開き、開削した土で埋立地をつくりました。小名木川開削により、のちの利根川の上流部の改修と合わせて、利根川の全流域と近辺の諸港の生産物が江戸と結ばれました。運河開削という公共事業の効果はまことに大きかったと言われています。(こちらより参照させていただきました。)

%E6%B1%9F%E6%88%B8%E7%94%BA.jpg
画像はこちらより

自分の居城は後回しにして、地元に多くの仕事を作り出す土木工事に真っ先に取り掛かるなど、地元関東人に喜ばれることを行っています。それは八朔の行事にもうかがえます。八朔(8月1日)は、古来から農民の間で新しく実った稲を親戚・知人などに贈って、豊作を祈願する儀礼の日でしたが、家康はあえてその日を選んでセレモニー的に江戸城へ入ります。そして以後8月1日を正月に並ぶ盛大な祝日として祝うなど、大衆受けする方策をとっています。実際に、八朔の日いは吉原の遊女たちが揃って純白の衣装を身につけるなど庶民にまで浸透していき、家康が江戸の大衆に受け入れられたことがそこからも分かります。


m282まとめ
家康は晩年に天海に出遭い、その縄文的思想に触れます。家康は戦乱の世で自身の半生を生きてきたこともあり、戦乱の世のない治世を強く求めていました。16歳の初陣の頃から58年間にわたる戦いの時代が終わったときに、家康は元号を「元和」と改めました。時代が平和になったことを指して「元和偃武(げんなえんぶ)」と言いますが、これは儒教の「偃武修文」(戦いを止め、学問・教育によって平和菜世をつくること)から採ったそうです。

21gocmrtenrtuf7j94i9kqdmbla5210.jpg
画像はこちらより

このように戦乱の世を経て蓄積された家康の平和・安泰への希求が、天海の持つ争いとは無縁の縄文的思想に触れることで施策として結実したのが江戸時代だったのでしょう。だからこそ、江戸時代を通じて様々な施策が平和、再生、集団、自然志向といった縄文的価値観に貫かれて生み出されていったのです。

しかし、国家規模で社会変革を引き起こした江戸のシステム、これは家康や天海の個人の才覚だけでは成り立ちません。それを受け入れ下支えした東国人、さらに日本各地の地方では庶民にまだ縄文由来の共同体資質が色濃く残存していた事もまた押さえておきたいと思います。

 

こうして江戸は天海―家康が導く縄文的社会の再生として日本史の中に登場したのです。
次回からはその中身について検証していきたいと思います。お楽しみに m101

<転載終わり>

--------------------------------

 天海大僧正は明智光秀ではなかったかと言われていますが、この記事からするとどうも違うようです。天海大僧正は会津生まれということですから東北の人です。この記事によると天海大僧正の思想は東北の縄文文化の流れを汲んでいるそうです。家康は天海大僧正の縄文の平和な思想に共鳴したのかも知れません。

 そういう意味からすると、この記事がいうように家康と天海大僧正とで縄文時代を目指して江戸を作ったともいえるかもしれません。江戸が縄文に似ていると何となく昔から感じていましたが、ここに理由があったとは、納得しました。

 天海大僧正ゆかりの川越の喜多院には何度も行きました。特に桜はとても見事です。全国に小京都は多いが、小江戸(こえど)は川越だけだと、川越の友人が自慢していました。本川越駅前徒歩30秒くらいに「なかなか」という居酒屋があります。ここはひふみ農園赤城の方と何度か行ったことがありますが、アットホームで居心地のよいお店です。店長もいい人です。

 

 

・縄文と古代文明を探求しよう


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神戸で次期文明到来の息吹きを感じる

2013-07-02 04:38:00 | 日月神示の実践

<今週のコラムより>

-----------------------------

 

 

神戸で次期文明到来の息吹きを感じる

6月29日(土)は、神戸で講演を行いました。

ご多忙の中、約140名の会員さんがお集まりくださいました。

参加された皆さん、大変お疲れさまでした。

今年に入ってから、福岡、名古屋、仙台とまわりましたが、神戸での開催は初めてのせいか、四ヵ所の中で一番参加人数が多かったです。

いつもの長机と椅子を並べるスクール形式だと定員オーバーで入らなくなり、長机なしで椅子だけを並べるシアター形式に変更しましたので、会場はギチギチでした。

それでも皆さん、3時間にも及ぶ私の話を一生懸命聞かれていました。

 

神戸といえば、『ガイアの法則』で次の地球文明の中心軸が来ると言われているところです。

そのエネルギーのようなものを、参加者の皆さんから感じさせて頂いた次第です。

 

19世紀まではヨーロッパの時代、20世紀からこれまではアメリカの時代でした。

そして21世紀、文明の中心軸は欧米からアジアにシフトしようとしています。

これからは中国の時代となる、と予測する有識者も多くいらっしゃいますが、「ガイアの法則」からすれば、文明の中心となる地域はほぼピンポイントでわかっているのです。

それが、日本の標準時となる子午線、東経135度が通るライン。

正確には、135度線から東へ1.4度以内の範囲になるそうです。

とすると、そのエリアに、神戸はもとより、大阪も、京都も入ってしまうのです。

 

中国に地球文明の中心軸が来ていた時代は、もう「唐」の時代で終わっています。

東経112.5度のラインに中心軸が来た時代が、今から約1600年前に栄えた唐でした。

日本も唐から多くを学びましたし、宗教や文化的な影響を強く受けました。

この112.5度から、東に22.5度移動したところに、今回の新しい文明が華開くことになります。すなわち、135.0度ですね。

このコラムを読まれる方は、「ガイアの法則」などすでにご存じでしょうからこの辺にしておきますが、実際、久しぶりに神戸の地を踏んでみると、そんなエネルギーを、大地からも人からも、感じるような気がします。

 

さて、その中国の経済が、ここへきて大変なことになっているようです。

短期金利が一か月間で2%から13%に跳ね上がり、6月24日の上海株式では5.3%も急落しました。

以前から、中国バブルの崩壊が間もないと言われていましたが、とうとうその波が来たようです。

巷でささやかれていた「7月バブル崩壊説」が、現実味を帯びてきました。

中国国内では毎日、数えきれないほどのデモや暴動が、起きているそうです。

見た目には立派な高層ビルを建てていますが、テナントがほとんど入らず、カラッポ状態だと聞いています。

景気が良さそうに見えるのは、意図的に創り出されたものなのです。

役人たちの汚職がひどく、貧富の格差は開くばかりで、不満は頂点に達しています。

中国国民の不満をまとめるカリスマ的指導者が現れたら、アッという間に革命に発展するでしょう。

そうなると、今の中共の政府首脳や高官たちは、全員処刑されてしまうと思います。

中国はそういう歴史を繰り返していますから。

すでに、小平の息子と娘らが、資産1000億米ドル(約10兆円)を引き出して姿を消してしまい、国外逃亡をはかったとも報じられています。

習近平は、こういう危機的状況をふまえて、対応を協議するためにオバマと会談したのでしょう。

 

中国政府は、自分たちに国民から刃が向けられるのを恐れるあまり、国外に危機を作り出す可能性があります。

尖閣諸島の問題でさらに挑発してくるかもわかりませんし、下手をすると、台湾を奪いに来るかもわかりません。

そうなれば米軍が出てくるでしょうが、もし中国とアメリカが戦争状態に陥った場合、中国の保有している米国債は、国際緊急事態経済権限法等により無効になるのだそうです。

だからそんな馬鹿な真似は中国もできないでしょうが、両大国が裏で何を画策しているのかわかりません。

 

仮にですが、台湾や尖閣諸島で有事となり、それが長期化した場合は、南シナ海まわりの海洋ルートは断たれてしまうでしょう。

つまり、インド洋から東シナ海をまわってくるタンカーや輸送船は、日本に来れなくなる。

太平洋からまわって来ればいい、という人もいますが、アメリカまでグルになったらどうでしょうか。

日本には一気にエネルギー不足や食糧不足が現実化します。

それこそ、大パニックになりますね。

政府はそういう最悪の有事まで想定して、たとえ海路を断たれてもやっていけるように、食糧とエネルギーの自給体制づくりを急ぐべきなのです。

でも、今の日本は属国状態ですから、とうてい無理ですね。

日月神示には、

 

「海断たれて苦しまんようにしてくれよ、海めぐらしてある神の国、清めに清めておいた神の国に、外国の悪渡りて来て神は残念ぞ。見ておざれ、 神の力現わす時来たぞ」(『地つ巻』第7帖)

 

とあります。

最近はどんどんと日月神示の予言が現実化しているような気がしますが、同様に感じている人も多いようですね。

 

さて、今月の『玉響』では、久しぶりに日月神示に関する対談をお届けします。

ゲストは、『ときあかし版[完訳]日月神示』、そして『奥義編[日月神示]神一厘のすべて』(どちらもヒカルランド刊)の著者、内記正時さん。

二人で日月神示についてストレートに、熱く語り合いました。

内記さんとはこの対談で初めてお会いしたのですが、いかにも自衛隊出身らしく、大変に真摯で、まっすぐなお人柄に感銘を受けました。

こういう方の説かれる日月神示の解釈本であれば、きっと有益であろうと思います。

また、内記さんと私、そして『岡本天明伝』著者の黒川柚月さんとの鼎談本が、ヒカルランドから出ることが決定!

刊行は今のところ未定ですが、こちらも楽しみにお待ちください。

<転載終わり>

----------------------------------

 6月29日(土)は神戸で中矢代表の講演会が開催されました。三宮駅近くの会場に開演45分前に着いたのですが、案の定既に30名くらいの方が並んでいました。どこの会場でも早くから皆さん並んでおられます。今回の神戸講演会は申込からすぐに満席になってしまったため、50席を増設したそうですが、それもまた満席になってしまったそうです。会場は皆さんの熱気が溢れていました。

 2011年9月に日本弥栄の会主催の135度線ツアーに参加しましたが、その時のことがいろいろと思い出されました。もう2年近く経ったのかと思うと、改めて時間のスピードが増しているように思います。あの時一緒に行った50名の顔ぶれは、2年経った今ではかなり変わって来ています。放射線が怖いという人は、この会から去ったに違いありません。

 中矢代表の講演会は福岡、名古屋、仙台に次いで4回目ですが、毎回違う内容になっています。特に今回は、更に突っ込んだ内容でした。イシヤについていろいろと知ると、イシヤについて感じるものも変わるものだと思いました。

 また、確かに福岡や名古屋講演会の時に、中矢代表は5月か6月になるとアベノミクスはボロボロになって来るといわれていましたが、正にその通りになってきています。あれだけ国債を発行していても金利はドンドン上昇して来ています。黒田総裁は「金利はコントロールできない」などと本音を言ってしまいました。株価も一瞬15,000円まで行きましたが、その後は13,000円代と低迷しています。物価は少しづつ上がっているのに、何故か景気が良くなっていると発言する庶民が多いのは不思議です。

 このコラムでも言っておられますが、講演会でも中国のバブル崩壊が近づいている可能性を言われていました。実は中矢代表の予測というのはかなりの割合で現実化するのです。私はそれをよく認識しているので、月間『玉響』やコラムの内容を何度も読み返すのです。特に『玉響』に書かれていることが大事です。今月号の『玉響』でも非常に大事なことを言われていますので、よく読んでみてください。今後の自分の生き方の指針となるはずです。私が何故3年前からひふみ農園をやっているのかも、中矢代表の言葉が基になっています。ポイントは中矢代表の言葉と自分の思いが融合したところに新しいものが生まれるということです。経験している方も多いと思います。そういう意味では、月刊『玉響』は示唆の宝庫です。

 例えば、今回の記事は内記さんとの対談がありますが、極めて重要なことを話されています。中矢代表も内記さんも同じことを言われています。私は半年前に内記さんの一作目の著書を読み、5月に二作目を読みました。かなり大胆にご自身の日月神示の解釈をされていますが、四つ足食ってはならぬということを言われている箇所を読んで、この方は真実を歩まれている方だと直感しました。それからは更に真剣に読むことができました。とても感動する素晴らしい内容です。

 また、この道を歩むにおいて、究極の決意について書かれています。私も内記さんの著書を読んだ時に、同じことを思いました。ああ、この道は究極の決意を迫っているのだなと思いました。そこまで神が迫るなら、この道に残る人は本当に一握りだろうと思いました。『玉響』に書いてありますので、よく考えてみたらいいと思います。

 2年ぶりに神戸に行き、とてもよかったです。神戸は個人的に好きな街で、3年に一度くらいのペースで来ています。特にこの5年間では4回来ていますので、頻繁に来ていることになります。次期文明の中心地には不思議な魅力があるのかも知れません。神戸(兵庫)の人は自然体の人が多いので、話しをしていても、していなくても気がラクなのがいいです。次期文明は自然体で、気がラクな文明なのかも知れませんね(笑)。

 

 

・今週のコラム


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする