実践編より(東京成徳大学・田村節子先生の執筆)
トラブルをかかえて子どもの教育に関心のある方はとても参考になります。
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3-4)非行の子どもとのコミュニケーション
「怠け者で不良行為をするどうしようもない子ども」と見られがちな非行の子ども達ですが、背景にはさまざまな要因があります。
ここがポイント 「自尊心を高めること」「善悪の判断を伝えること」
家庭環境が複雑なタイプ
大人の事情に振り回されている子どもたちです。離婚などで生活環境が激変するなど高いストレスを経験しています。さらに,離婚について,子どもに事情が話されていないことも多々あります。そのため,多くの子どもは「自分が悪い子だったから」と原因を自分のせいにし,自尊心が低下したり,投げやりな気持ちになっていたりすることがしばしばみられます。
また,生活環境の激変は,喪失体験でもあります。引っ越しは,友達の喪失や思い出の喪失となります。また,離婚は世の中にたったひとりしかいない大切な親の喪失となります。端からみるとひどい親に見えても、子どもにとってはかけがえのない親です。
このタイプの子ども達には,傷つき体験があるため,まずはシャワーのようにいいところをほめることが大切です。
親の期待にこたえられなくなったタイプ
知的に高い親や由緒ある家柄など子どもが親の期待を一身に背負っているタイプです。それまで親の期待に沿うように一生懸命がんばってきた子どもが、ある日を境にがらっと変わってしまいます。たとえば、難関校への進学を期待されていると「成績がよくなければ○○家の子どもではない」かのように子どもが受け取ってしまうことがあります。他の兄弟やいとこと比較されたりするとなおさらです。
子どもは何にも条件をつけないで親に受け入れてほしいと思っています。
保健室でも「悪いことは悪い」と制限をつけつつも,その子のよさについて子どもを認めることが大切です。
発達障害があるタイプ
知的には遅れはないのに障害特性のために不利益をこうむっている子どもたちです。たとえば、ADHD・LD・広汎性発達障害(詳細はP○参照)の子どもたちです。
次のような苦悩や葛藤を抱えています。
心理面での苦悩や葛藤
誤解される 頭ごなしに叱られる 自分が他の子どもとどこか異なっているように 感じる 自分が嫌いになる 衝動を抑えることが苦手
社会面での苦悩や葛藤
集団に適応することが困難 他の子どもたちからいじめを受けやすい 友達と同じこ とができない
特にADHD(注意欠如多動性障害)は、衝動性や多動性、不注意があるためにがんばろうとしても自分の能力が発揮できない障害です。そのため刺激にすぐに反応してしまい、ちょっかいを出すなどトラブルになりがちです。じっとしていることが苦手で親や先生にしかられることも多く自尊心を保つのが難しくなります。その結果自暴自棄になりがちです。早くに障害が発見され早期に介入されていたら子どもたちの将来は変わっていたかもしれません。私たちの役割や責任は大きいといえます。
コミュニケーションのポイント
非行傾向のある子ども達にとって保健室の先生は,自分と向き合ってくれる大切な存在です。コミュニケーションのポイントは次の6つです。
ポイント1…反抗は「ボクを見て」のサイン
反抗するのは,叱られることで注目や関心を得ようとするためです。「問題児」とこちらがレッテルを貼ったとたんに,子ども達は大人から離れていきます。
「かけがえのない世界でたった一人のその子」という気もちをもって接すると、子どもは受け入れられているという実感をもてます。
ポイント2…「家庭」という居場所について知る
非行傾向のある子ども達は家庭でも居場所がないことがあります。両親間の葛藤や親子,兄弟間の確執,家庭内の緊張,家庭環境などについて耳を傾けます。さらに,「どんなお父さんやお母さんなの?」などとやんわり聞いてみます。「あんな母親大嫌い」などと子どもが親を悪く言っても,「本当にひどい親だね」などと決してこちらは親を悪く言わないことです。どんな子どもでも親から「大切にされたい,愛されたい」と願っています。そして心の底では親を大切に思っています。「そう,あなたはお母さんが大嫌いなんだね」と子どもが使った言葉を使って子どもの気持ちを繰り返します。子どもは気もちを分かってもらったと実感でき信頼関係がつくれます。
ポイント3…むかついていることを聞く(怒りは援助ニーズ)
非行傾向の子ども達の多くは先生や親,自分にむかついます。どんなことにむかついているのかを具体的に聞きます。「怒りは困り」ですから「何に怒っているのか」が分かれば子どもが「困っていること」を知ることができます。たとえば授業で寝ているのを叱られむかついている場合,勉強についていけないからもしれません。非行傾向の子ども達にLDなど学習障害や発達障害があることも知られています。注意深く子どもの話を聞き場合によっては専門機関等へ繋ぎます。
ポイント4…だめなものはだめと制限を与える
保健室の中で迷惑行為(煙草を吸う,検査用具で遊ぶなど)をした時には「だめなものはだめ」と毅然とした態度をとります。人格を否定するのではなく行為を穏やかな口調で叱ります。愛情に裏打ちされた「制限」は子どもに安心感を与えます。叱らないと「これでも叱らないのか」とどんどんエスカレートしていきます。
ポイント5…正しい知識や行動を伝える
子どもの話を聞いていて,まちがった知識をもっていた場合には正しい情報を伝えます。子ども達は驚くほど無知です。避妊具なしの性交で妊娠する確率を「万引きが見つかる確率。100回やって1回見つかるかどうか」と答えた子どもがいました。さらに妊娠のメカニズム,エイズ,性病,中絶や不妊との関係について知識を伝えます。さらに性交を求められたりした時にどのような行動をとったらいいかを考えさせます。コツは怖い位に真剣な表情で淡々と伝えることです。
ポイント6…裏切られてもあきらめない
「もう絶対万引きはしない」などと約束したのに何度も裏切られることがあります。裏切られてむなしくなった時には,その気もちは「その子が小さい頃からこれまで,親や友だちに期待しては裏切られて感じてきた気持ちなんだ」と思うと子どもの気持ちが理解できます。決して子どもを見捨てることなく,「先生は悲しい」と自分の気持ちを伝え続けます。
非行の子どもをもつ親とのコミュニケーション
子どもの自尊心を高めるためには,親の自尊心も高めることがポイントとなります。親に「もっと愛情をかけてください」は禁物です。これは「今の親の態度はだめ。もっと子どもをしっかり見てください」ということを暗に伝えていることになるからです。親も子どもに日々翻弄されて精一杯です。子どもたちのいい面を家庭に電話で伝えてコミュニケーションをとっていきます。
電話の例
「お母さん、今日トオルさんは保健室の片付けを手伝ってくれたんですよ。とっても助かりました。家に帰ったらほめてあげてくださいね。」
「今日ケイコさんはお母さんのことをうれしそうに話してたんですよ。お母さんはお忙しいのにケイコさんとお話する時間をとってくださっているんですね。嬉しくなりました」
たったこれだけのことでも思いのほかお母さんにとってはうれしいものです。なぜなら、「今日ガラスを割りました。」「今日ケンさんを殴りました。あちらの親も大変怒っているので」などと気が滅入る学校からの電話が多いからです。親は気が休まりません。