「心理学ってどんなもの」岩波ジュニア新書より
はじめに
筆者が心理学の研究者の仲間入りをしたのは、1965年、大学院1年生のときです。この年は、国際電電の会議室で行なわれたAVIRGという研究会で、卒業論文「メッシュ化したカタカナ文字の認識過程」を発表させていただき、そして、その内容を小さな冊子として刊行してもらった年です。
この初期体験は、今でも鮮明に思い出せます。それから34年がたちました。自分も変わりましたが心理学も変わりました。
57歳の今、自分のほうはさておき、心理学がどう変わり、今どうなっているのか、そして、これからどうなるべきなのかが、しきりに気なりだしました。これが、本書を書いてみたきっかけです。 「心理学」ブーム---実は、「心」ブールに便乗しているようなところがあるのですが---の昨今、こうした1冊は、心理学、あるいは、心に興味を持つ人々だけでなく、心理学の研究者の方々にも、21世紀に向けて新たな心理学、あるいは、心の科学を構築していく上で有益ではないかと確信しています。
心理学の教科書を書いたつもりはありません。心、あるいは心理学への素朴な期待や疑問に答えるという形を取りながら、心理学はどのような考えに基づいて心を「科学している」のかを中心に書き込んでみました。
心理学は、絶えず、方法論クライシスとでも呼ぶべきものに直面してきましたし、今でも直面しています。心理学とは何か、何をどのように研究すべきかが、折に触れ論じられてきました。これが心理学を科学として鍛えあげるのに貢献しています。心理学の方法論がわかれば、文系も理系も含めておよそ学問と名前のつく営みの本質がわかってくるようなところがあります。
話しが抽象的になったり、ひとりよがりになったりするのを避けるため、想定読者として、心理学をこれから大学で専攻してみようかと考えている高校生を設定してみました。
しかし、内容は「高校生」を越えています。ときには、「自分」をも越えています。これまで気にはなっていながら、深く考えることのないまま、なんとなく避けてきたことを取り上げているからです。