昨日、グループホーム入所の同級生を、もう一人の友人の車で3か月ぶりに訪ねる。
4月半ば夫の緊急入院、財務役員からの解放。落ち着いたらやりたいことが山程あった。
気になっていたキッチン、衣類等の片付けからスタート。
力無しの私も、いざとなると主婦の馬鹿力を発揮。ところが間もなく、右ひざ痛がひどくなり
整形で針供養を受けることとなる。
年2度の骨密検査が良くなく、薬を増やしましょうと言われていたので、いよいよ行動範囲も制限されるかしら等と落ち込む。
そんな時、ご近所の方々の健康面などを思い浮かべる。
階下のご主人は認知症で危ない車道でのゴミ拾いがエスカレートしたため、
相談所から施設への強制入所を指示されたそう。その後の様子を、お隣さんを通じて知る。
奥様が面会に行くたび腕の骨折、怪我等で包帯姿らしいとのこと。違う施設への変更を申し出ると、
月に20万円以上の出費でよければとの回答。諦めるしか仕方がない話。
折に触れご家族の気持ちを思う。胸が痛む。
管理組合の役を助け合って引き受けようと決めた私より5歳下の友人。
2年半前から、腰、肩等の関節病で通院。
「家で転んでね、腕を骨折したの」と言っていたことも。
それでもPCでの文書作成を最後まで続けられた。
一昨日、家の中に手すりをつける事になったと話された。
ご主人は認知症で散歩と荷物持ちを兼ねて一緒に出かけると、「変な歩き方やなぁ、なんで?」と何度も問われるとのこと。
ひざ痛が少し和らいだと思った私は、今度は夏風邪になった。
そんな事情で、久しぶりにホームを訪ねた。
いつも通りの笑顔で部屋に通してくれるなり、荷物3袋を見せて「もう帰ろうと思って!」と本気な様子で私たちの方が驚いた。
「ここの人に話したの?」と問うと、「まだ言ってないけど・・・」
「一旦出ると、ここには入れないよ!」と友人が言えば、「姉にもそう言われると考えるけどね」
「そうよ、食事、洗濯、掃除と何もかも自分でするのは大変よ!」と私のいつも通りのセリフ。
正直、健康な人には退屈で無理な場所。
途中、咳き込んで慌てた私だったが、3人で話している時は、懐かしい思い出話と、
これからのことなど笑いながらのお喋りは、彼女は認知症ではない。
偶に、亡くなられたお姉さんや、お母さんが存在したりすることがある。
もし、彼女の認知症が治り、家に帰れたら、一緒に音楽や、美術館巡りを楽しみたいと思った。
学校、勤務先が同じで、常にマドンナであった彼女とは、私は結婚で退職。別々の人生を歩む。
常にプライドが高く、生意気だったのでいい機会と思ったことも。
彼女はその後、男性並みの仕事をやりこなし、女性管理職として頑張っていた。
退職後、気ままな3人家族でのんびりと過ごしていたある日、母親とお姉さんの死亡で、最初に電話がかかったのが私だった。
家に帰りたいと願うのは当然。でも一人では無理。
また、来月会いにホームを訪ねたい。
<買っていた服地でブラウスを>
<ペン習字・・・練習不足、力不足>