<プロローグ>
……大好きな人が遠い、遠すぎて――
11月、文化祭のステージが終わり、あたし達は家庭科室でライブの打ち上げを行っていた。 皆それぞれ盛り上がって……何時の間にかキョンと佐々木さんが居なくなっていた。 阪中さんとの会話に夢中になりすぎてたわ。 何処行ったのかしら、あの2人。 探してみようか?
あたしは廊下に出てトイレのある方へ向かってみた。 たまたまトイレへ行っただけかも知れないし。 そう思って廊下を歩き、曲がり角に近づいた時
『キョン、貴方の事が大好きです。 愛しています、世界中の誰よりも』
……うわ~、聞いちゃった。 告白よ、告白! 誰が? 佐々木さんが。 誰に? キョンに。 これは大ニュースよ、家庭科室に居る皆に知らせなきゃ!! 聞いたら驚くわね。 まさか打ち上げパーティが2人の恋人祝福パーティになるなんて! こんな所に立ってる場合じゃ無いわ、急いで戻らなきゃ――。
あたしは走った。 あれ、家庭科室に走ってる筈なのに何時まで経ってもたどり着かない、おかしい。
気がつくと、あたしは校庭に居た。 雨も降っていないのに頬に冷たいモノが流れる。
「どうして? あたし、なんで……」
その後の事は覚えていない。 次の日、振替休日・外は雨。 あたしは何も手につかず独り部屋に居た。 明日は学校、どうしよう。
火曜日、何時もの坂が更に長く感じる。 このまま学校休もうか、とも思ったけど……
その日の事は思い出したくない
その日からSOS団は『開店休業』。 古泉君はバイトが忙しくなったみたい。 みくるちゃんは受験に向けて勉強中。 有希は部室に毎日居たけど……当然よね、ここは文芸部室で有希はその部員なんだし。 そして涼子は色々お節介焼いてくれた。 まあ委員長なんだし、クラスメイトの心配――って、あたしの何が心配なのよ、全く。
そう言えばアホの谷口が「中学時代の戻ってしまうぞ!」とか、阪中さんが「元気になって欲しいのね」とか言ってた気がする。
でも、何もかも、どうでも良かった。 次第に誰もあたしに近寄らなくなった、涼子を除いて。
12月 何をやったか覚えていない
1月 ただ年を越しただけ
2月 寒かったのは覚えてる
何も手につかず、当然成績も下がって行って岡部が心配してくれたみたいだけど、あたしの耳には何も入ってこなかった。
3月 みくるちゃんや鶴屋さんが卒業して行った
終業式、2年生も終わりを告げる。 あたしの前の席の背中は今日も変わりは無かった。 近くて遠い背中……何度手を伸ばしかけたんだろう。 でも、その度、その向こうに佐々木さんの顔が見えた気がして。
この背中を見るのは今日までかも知れない、そう思うと切なかった。 でも、あたしには何も出来ない。 呼べない名前――
『……キョン』
<旅立ち>
「ただいま」
「おう、おかえり」 あたしは終業式を終えた後、真っ直ぐ家に帰った。
「あれ、親父。 ウチに居るなんて珍しいわね」
普段、出張ばかりで家に居ないくせに
「今日は有給取ったんだ。 たまにはウチでノンビリしたい」
「あっそ」
そのままリビングを抜け、自分の部屋に向かおうと思ったら
「なあ、ハルヒ」
「何よ?」
「『港がある・異国の文化の香りがする・坂の多い街』と言ったら何処を連想する?」 何言ってるのかしら、クイズ?
「……『神辺』? この県の県庁所在地ね。 それがどうしたの」
「そうか。 あ、あと春休みは暇か?」 宿題も無いし、何の予定も無いわね……残念ながら。
「なあ、ハルヒ。 下を向いてばかりでは自分の立ち位置を見失うぞ。 たまにはどうだ? 見聞を広げるのも悪くは無いとおもうが――」
親父はそう言いながら、何やら封筒とガイドブックを取り出した。 なになに、 『まっぷるるぶ・長咲』!? そして封筒の中には高速バスの切符
『参ノ宮→長咲』
「って今夜出発!?」
「そうだ、どうせ暇だろ」 そうよ、悪い?
「長咲も神辺も同じキーワードを持つ都市だが全く同じ街ではない。 自分の足で回り体感するのも悪くは無いと思うが。 あ、キャンセルしても構わんぞ。 代わりに俺が行ってやる」
「バッカじゃないの! 行くわよ、あたしが」
高速バスの切符と共に入っていたのは長咲のビジネスホテルのクーポンと帰りの列車の切符。
「現地は一泊、帰りの新幹線は最終の指定を取った。 延長は認めない。 時間の限り、自分が何を悩んでいるか考えろ」
親父、あたしが何を悩んでたのか知ってたのかしら。 ろくにウチに居ないくせに。
「……サンキュ、親父」
「参ノ宮まで送ろうか」
「いいわ、自分で行く」
一人旅、か。 ウチで閉じこもっているよりマシよね。 少しだけ、ほんの少しだけ前向きになれそうな気がした。
夜9時 参ノ宮駅前。 見慣れた景色の筈なのに夜ってだけで何故か違う街に見える。 普段、夜に出歩く機会が無いからね。
間もなくバスが来て乗り込む。 春休みのせいか満席、少し狭いシートを倒し眠る体勢を整える。 目覚めれば長咲、か。 初めての一人旅、不思議と不安は無かった。
<長咲の朝>
「ふぁ~ぁ」 寝不足ね。 当然よ、やっぱ椅子じゃ熟睡出来ないわ。 人間は布団で眠るのが健康的よね。
朝7時 長咲駅前 少し肌寒い
駅前のファミレスで朝食。 まあ、他に店も開いてないし。
『洋食セット』を選びガイドブックを見ながら食べる。 初めて来たから、とりあえず観光地を回ろうかな。 2日間、時間はあるからね。
バスを降りた時は朝もやのかかっていた街は、8時を回り、晴れ渡る空からの日差しが眩しさを増して来た。 駅前の観光案内所で市電の一日乗車券を買い市内探索開始。 これでSOS団の仲間が居れば不思議を求め――久し振りに皆の事を思い出した。 忘れかけていたのに……ううん、そろそろ向き合わなければいけないわよね。 現実と。
コインロッカーに荷物を預け、身軽になったあたしは市電に乗る。 初めての路面電車。 道路を電車が走るなんて変な感じよね。
春休みの割と早い時間のせいか車内は空いている。 しばらくして電車を降り、平和公園に向かう。 広場に咲いている桜は見頃を迎え、親子連れで花見をしてる姿等が見える。
「桜、か……」
一年生の時の映画撮影を思い出した。 何で秋なのに桜が咲いたんだろう、今でも不思議に思う。 そして、あの撮影の時……何で思い出すんだろう、忘れたかったのに。 ううん、別に忘れたい為にここに来た訳じゃないのよね。 何か自分が変われる『きっかけ』が欲しかった、旅行に出たのはそんな理由よね。
変われるのかな、あたし
そのまま公園を抜け、『浦神天主堂』へ。 教会って余り縁が無いのよね。 興味本位で少し中を覗いてみる。 春の日差しがステンドグラスから室内に入って来る。
朝の礼拝だろうか、人が多い。 「どうぞ」と言われ慌ててしまう。 礼拝に来たと勘違いされたのかしら。
「ち、違います!」
そのまま教会を後にする。 何やってるんだろ、あたし。
再び電車に乗り、ガイドブックにも載ってる『めがね橋』に寄る。 小川に架かる小さな橋で、確かに水面に映ってる部分と合わせて見ると「めがね」に見えるわ。 携帯のカメラで写真を撮る。
……久し振りにSOS団の皆にメールしてみようかな。 「あたし、一人旅してるんだ。」って。 でも、図々しいかな今更。 だって勝手にSOS団作って、あたしの我が儘で皆を巻き込んで、それに対して文句は殆ど――あ、文句ばっか垂れてる奴が一人居たわね、あたしの考えに。
「……何で思い出すんだろ、あんたの事ばかり」
とりあえずメールを送ろう、写真を添えて
『件名:ここは何処でしょう? 本文:みんな元気? あたしは一人旅に出てます』
あまり長い文章にするのは止めた。 だって、余計な事まで書きたくなってしまうから。
送信先は、みくるちゃん・鶴屋さん・古泉君・有希・涼子・そして阪中さん。 これでよし、送信っと!
10時過ぎ、日差しが暑い位。 上着着てると汗が出そうな感じ、脱ごうかしら? あ、有希からメール。 早い返信よね。
『件名:Re 本文:回答・長咲。 定時連絡乞う。 旅行の無事を』 相変わらずシンプルよね。 次は涼子だ。
『件名:元気? 本文:長咲の「めがね橋」ってとこかな? 帰ってきたら会って話がしたいな、気をつけてね♪』
ずっと心配してくれたもんね涼子、サンキュ。 あ、今度は古泉君。 クイズは正解、さすが副団長ね! 色々書いてあって、最後にバイト代入ったら何かご馳走してくれるって。 楽しみよね。
そして鶴屋さん。 え、『長咲市内にある「鶴屋堂のカステラ」は絶品』って、ここにまで鶴屋グループが……お次は阪中さん、『長咲、一緒に行きたかったのね。 またルソーに会いに来てね』か。 気を取り直したら、ね。
最後はみくるちゃん……『そこ何処ですか?』 一人だけ不正解よ、罰ゲーム決定ね!! 次会った時はどんなコスプレにしようかしら?
次、会うの。 って何時なんだろう
大体どの顔向けて会えるって言うの? こんなあたしなのに、みんなを遠ざけたのはあたしなのに図々しすぎるわ。 でも、そんなあたしでも『会いたい』って言ってくれる、皆。
「……本当は、あんたと」
でも、その一言が、今のあたしには言えない。
<DAY BRAKE>
午前11時、気分はこんなでもお腹は空くのよね。 あらかじめガイドブックで調べた店へ歩いて向かう。 この店発祥の料理らしいんだけど、分かりやすく言えば『お子様ランチ』の大人版って感じかしら?
昼前のせいか、開店直後のせいか、客はあたし一人。 メニューを一応見て注文。 10分程で料理は出て来た。 美味しいとは思ったんだけど、何か物足りないのよね。 一人で食べてるからかしら?
でも、そんなの慣れてるし。 それじゃ何なんだろ? そんな事を考えながら食べる。 気がつけば12時。 普段なら1時間も昼食でなんかに取らないのに。 店を出る、更に日差しが強い。 上着を脱いで腰に巻く。
少し混雑した電車に乗って『グラパー園』に。 駅降りてすぐの筈なのに、中々たどり着かない。
「あたし、道、間違えた!?」
細い路地の坂をひたすら登り見えた景色――
遠くに港と造船所が見えて、対岸の山々の木々が新緑で輝き、そよぐ風は暖かくあたしを包む春色の風……何気ない風景なのに、あたしは暫く坂の上からの風景を見ていた
「……あたしだけの景色」
ガイドブックになんて絶対載らない。 でも、あたしにとって印象に残った……このまま暖かい風と共に空高く飛んでしまいたい、そんな気分にさせてくれた。 海の上を行きかう船を眺め、この青空の下。 『気持ちいい』と、久し振りにそう思えた。 忘れていた感覚。
「一人旅も悪くない。 のかな」 ただ無心に、この景色を眺めていた。
来た道を戻るつもりが、更に迷ってしまった。 でも、方向感覚に狂いは無かったせいか、さっき降りた電車の駅には戻れた。 さあRe:Start!
「なんだ、近いじゃない!」
地図を見ながら『グラパー園』に向かうとすぐにたどり着いた。 遠回りしたけど、まあ結果オーライ。 良い景色も見れたしね。 坂になった土地に建物が配置されているせいか、エスカレーターで頂上まで登り、そこから下へ向かう見学コース。 昔の洋館が港を見渡す感じで建っている。 その一角に桜が咲いていた。
……実は、さっき電車を降りた時、コンビニに寄ったのよね。 そこで買ったペットボトルの紅茶とクッキーで――ちょっとしたティータイム。 花見を兼ねて、なんてね。
「綺麗よね」
洋館と桜。 これが意外と合っていて、眼下に見える港の景色、心地よい春の暖かさが相まって、しばし佇んでいた。
これでペットボトルのお茶じゃなくって、みくるちゃんの淹れてくれたお茶だったら更に良かったのに。 そして、あたしの周りにはSOS団のメンバーが居て、あたしの隣には……
気がついたら、あたしは泣いていた
何でまた思い出すのよ。 あいつとは同じ空の下に居るけど遠く離れているのに。
そして、あいつには、あたしより優しく可愛い『彼女』が居るのに。 だから、あたしは諦めた筈なのに!
「……キョン」
――これだから恋愛って嫌だったのよ! 『精神病』なのよ!! こんなに離れていても、あたしの心は乱されたまま。 あの時からずっと、何も手につかなかったのは、そのせいなのに、解っているのに……ううん、乱されているのは『認めたくなかった』から、だから忘れたかった。
でも『時間が経てば忘れる』って嘘よね。 そうであれば今頃あたしは独りでも強く生きて行けた筈。 なのに、『彼女の存在』があるのが分かっているのに、まだ「あいつ」を忘れる事が出来ない。
「更に大きくなってるわ、あいつの存在、が」
あたしって、こんなに弱かったんだって思い知らされるとは思わなかった。 自分一人で何でも出来るって思ってた。 たかが恋なのに、こんなに乱されるなんて。
……もし佐々木さんより、あたしの方が先に思いを伝えていたら、キョンはあたしを選んでくれたのかしら?
我ながら思う。 我が儘で、意地っ張りで、可愛くないし。 ライブの前日、有希・涼子・みくるちゃんは 「素直に思いを伝えれば、キョンは答えてくれる」って言ってくれた、けど。
佐々木さんは、きっと中学の頃からキョンが好きだったと思う。 でもキョンが鈍くって気付かなくって……そうよ、なんであんな奴を好きになったのかしら。 大体、バカキョンでエロキョンでニブキョンのくせに。 でも時々優しくて、あたしの事見てくれて、我が儘に付き合ってくれて。 普通なら愛想つかされても不思議じゃないのに、こんなあたしと一緒に居てくれて。 SOS団を作ったきっかけだって、キョンの一言があったから。 それが無かったら、高校生活も中学時代と同じ――
「せめて、あたしの気持ち。 伝えたかったな」
今じゃ叶わない想いなんだけど……だからって、2人の幸せを祝える程の余裕は今のあたしには全く無い。 自分の事が手につかないのに、他人の事にまで気が回らないから。
(後編に続く)
……大好きな人が遠い、遠すぎて――
11月、文化祭のステージが終わり、あたし達は家庭科室でライブの打ち上げを行っていた。 皆それぞれ盛り上がって……何時の間にかキョンと佐々木さんが居なくなっていた。 阪中さんとの会話に夢中になりすぎてたわ。 何処行ったのかしら、あの2人。 探してみようか?
あたしは廊下に出てトイレのある方へ向かってみた。 たまたまトイレへ行っただけかも知れないし。 そう思って廊下を歩き、曲がり角に近づいた時
『キョン、貴方の事が大好きです。 愛しています、世界中の誰よりも』
……うわ~、聞いちゃった。 告白よ、告白! 誰が? 佐々木さんが。 誰に? キョンに。 これは大ニュースよ、家庭科室に居る皆に知らせなきゃ!! 聞いたら驚くわね。 まさか打ち上げパーティが2人の恋人祝福パーティになるなんて! こんな所に立ってる場合じゃ無いわ、急いで戻らなきゃ――。
あたしは走った。 あれ、家庭科室に走ってる筈なのに何時まで経ってもたどり着かない、おかしい。
気がつくと、あたしは校庭に居た。 雨も降っていないのに頬に冷たいモノが流れる。
「どうして? あたし、なんで……」
その後の事は覚えていない。 次の日、振替休日・外は雨。 あたしは何も手につかず独り部屋に居た。 明日は学校、どうしよう。
火曜日、何時もの坂が更に長く感じる。 このまま学校休もうか、とも思ったけど……
その日の事は思い出したくない
その日からSOS団は『開店休業』。 古泉君はバイトが忙しくなったみたい。 みくるちゃんは受験に向けて勉強中。 有希は部室に毎日居たけど……当然よね、ここは文芸部室で有希はその部員なんだし。 そして涼子は色々お節介焼いてくれた。 まあ委員長なんだし、クラスメイトの心配――って、あたしの何が心配なのよ、全く。
そう言えばアホの谷口が「中学時代の戻ってしまうぞ!」とか、阪中さんが「元気になって欲しいのね」とか言ってた気がする。
でも、何もかも、どうでも良かった。 次第に誰もあたしに近寄らなくなった、涼子を除いて。
12月 何をやったか覚えていない
1月 ただ年を越しただけ
2月 寒かったのは覚えてる
何も手につかず、当然成績も下がって行って岡部が心配してくれたみたいだけど、あたしの耳には何も入ってこなかった。
3月 みくるちゃんや鶴屋さんが卒業して行った
終業式、2年生も終わりを告げる。 あたしの前の席の背中は今日も変わりは無かった。 近くて遠い背中……何度手を伸ばしかけたんだろう。 でも、その度、その向こうに佐々木さんの顔が見えた気がして。
この背中を見るのは今日までかも知れない、そう思うと切なかった。 でも、あたしには何も出来ない。 呼べない名前――
『……キョン』
<旅立ち>
「ただいま」
「おう、おかえり」 あたしは終業式を終えた後、真っ直ぐ家に帰った。
「あれ、親父。 ウチに居るなんて珍しいわね」
普段、出張ばかりで家に居ないくせに
「今日は有給取ったんだ。 たまにはウチでノンビリしたい」
「あっそ」
そのままリビングを抜け、自分の部屋に向かおうと思ったら
「なあ、ハルヒ」
「何よ?」
「『港がある・異国の文化の香りがする・坂の多い街』と言ったら何処を連想する?」 何言ってるのかしら、クイズ?
「……『神辺』? この県の県庁所在地ね。 それがどうしたの」
「そうか。 あ、あと春休みは暇か?」 宿題も無いし、何の予定も無いわね……残念ながら。
「なあ、ハルヒ。 下を向いてばかりでは自分の立ち位置を見失うぞ。 たまにはどうだ? 見聞を広げるのも悪くは無いとおもうが――」
親父はそう言いながら、何やら封筒とガイドブックを取り出した。 なになに、 『まっぷるるぶ・長咲』!? そして封筒の中には高速バスの切符
『参ノ宮→長咲』
「って今夜出発!?」
「そうだ、どうせ暇だろ」 そうよ、悪い?
「長咲も神辺も同じキーワードを持つ都市だが全く同じ街ではない。 自分の足で回り体感するのも悪くは無いと思うが。 あ、キャンセルしても構わんぞ。 代わりに俺が行ってやる」
「バッカじゃないの! 行くわよ、あたしが」
高速バスの切符と共に入っていたのは長咲のビジネスホテルのクーポンと帰りの列車の切符。
「現地は一泊、帰りの新幹線は最終の指定を取った。 延長は認めない。 時間の限り、自分が何を悩んでいるか考えろ」
親父、あたしが何を悩んでたのか知ってたのかしら。 ろくにウチに居ないくせに。
「……サンキュ、親父」
「参ノ宮まで送ろうか」
「いいわ、自分で行く」
一人旅、か。 ウチで閉じこもっているよりマシよね。 少しだけ、ほんの少しだけ前向きになれそうな気がした。
夜9時 参ノ宮駅前。 見慣れた景色の筈なのに夜ってだけで何故か違う街に見える。 普段、夜に出歩く機会が無いからね。
間もなくバスが来て乗り込む。 春休みのせいか満席、少し狭いシートを倒し眠る体勢を整える。 目覚めれば長咲、か。 初めての一人旅、不思議と不安は無かった。
<長咲の朝>
「ふぁ~ぁ」 寝不足ね。 当然よ、やっぱ椅子じゃ熟睡出来ないわ。 人間は布団で眠るのが健康的よね。
朝7時 長咲駅前 少し肌寒い
駅前のファミレスで朝食。 まあ、他に店も開いてないし。
『洋食セット』を選びガイドブックを見ながら食べる。 初めて来たから、とりあえず観光地を回ろうかな。 2日間、時間はあるからね。
バスを降りた時は朝もやのかかっていた街は、8時を回り、晴れ渡る空からの日差しが眩しさを増して来た。 駅前の観光案内所で市電の一日乗車券を買い市内探索開始。 これでSOS団の仲間が居れば不思議を求め――久し振りに皆の事を思い出した。 忘れかけていたのに……ううん、そろそろ向き合わなければいけないわよね。 現実と。
コインロッカーに荷物を預け、身軽になったあたしは市電に乗る。 初めての路面電車。 道路を電車が走るなんて変な感じよね。
春休みの割と早い時間のせいか車内は空いている。 しばらくして電車を降り、平和公園に向かう。 広場に咲いている桜は見頃を迎え、親子連れで花見をしてる姿等が見える。
「桜、か……」
一年生の時の映画撮影を思い出した。 何で秋なのに桜が咲いたんだろう、今でも不思議に思う。 そして、あの撮影の時……何で思い出すんだろう、忘れたかったのに。 ううん、別に忘れたい為にここに来た訳じゃないのよね。 何か自分が変われる『きっかけ』が欲しかった、旅行に出たのはそんな理由よね。
変われるのかな、あたし
そのまま公園を抜け、『浦神天主堂』へ。 教会って余り縁が無いのよね。 興味本位で少し中を覗いてみる。 春の日差しがステンドグラスから室内に入って来る。
朝の礼拝だろうか、人が多い。 「どうぞ」と言われ慌ててしまう。 礼拝に来たと勘違いされたのかしら。
「ち、違います!」
そのまま教会を後にする。 何やってるんだろ、あたし。
再び電車に乗り、ガイドブックにも載ってる『めがね橋』に寄る。 小川に架かる小さな橋で、確かに水面に映ってる部分と合わせて見ると「めがね」に見えるわ。 携帯のカメラで写真を撮る。
……久し振りにSOS団の皆にメールしてみようかな。 「あたし、一人旅してるんだ。」って。 でも、図々しいかな今更。 だって勝手にSOS団作って、あたしの我が儘で皆を巻き込んで、それに対して文句は殆ど――あ、文句ばっか垂れてる奴が一人居たわね、あたしの考えに。
「……何で思い出すんだろ、あんたの事ばかり」
とりあえずメールを送ろう、写真を添えて
『件名:ここは何処でしょう? 本文:みんな元気? あたしは一人旅に出てます』
あまり長い文章にするのは止めた。 だって、余計な事まで書きたくなってしまうから。
送信先は、みくるちゃん・鶴屋さん・古泉君・有希・涼子・そして阪中さん。 これでよし、送信っと!
10時過ぎ、日差しが暑い位。 上着着てると汗が出そうな感じ、脱ごうかしら? あ、有希からメール。 早い返信よね。
『件名:Re 本文:回答・長咲。 定時連絡乞う。 旅行の無事を』 相変わらずシンプルよね。 次は涼子だ。
『件名:元気? 本文:長咲の「めがね橋」ってとこかな? 帰ってきたら会って話がしたいな、気をつけてね♪』
ずっと心配してくれたもんね涼子、サンキュ。 あ、今度は古泉君。 クイズは正解、さすが副団長ね! 色々書いてあって、最後にバイト代入ったら何かご馳走してくれるって。 楽しみよね。
そして鶴屋さん。 え、『長咲市内にある「鶴屋堂のカステラ」は絶品』って、ここにまで鶴屋グループが……お次は阪中さん、『長咲、一緒に行きたかったのね。 またルソーに会いに来てね』か。 気を取り直したら、ね。
最後はみくるちゃん……『そこ何処ですか?』 一人だけ不正解よ、罰ゲーム決定ね!! 次会った時はどんなコスプレにしようかしら?
次、会うの。 って何時なんだろう
大体どの顔向けて会えるって言うの? こんなあたしなのに、みんなを遠ざけたのはあたしなのに図々しすぎるわ。 でも、そんなあたしでも『会いたい』って言ってくれる、皆。
「……本当は、あんたと」
でも、その一言が、今のあたしには言えない。
<DAY BRAKE>
午前11時、気分はこんなでもお腹は空くのよね。 あらかじめガイドブックで調べた店へ歩いて向かう。 この店発祥の料理らしいんだけど、分かりやすく言えば『お子様ランチ』の大人版って感じかしら?
昼前のせいか、開店直後のせいか、客はあたし一人。 メニューを一応見て注文。 10分程で料理は出て来た。 美味しいとは思ったんだけど、何か物足りないのよね。 一人で食べてるからかしら?
でも、そんなの慣れてるし。 それじゃ何なんだろ? そんな事を考えながら食べる。 気がつけば12時。 普段なら1時間も昼食でなんかに取らないのに。 店を出る、更に日差しが強い。 上着を脱いで腰に巻く。
少し混雑した電車に乗って『グラパー園』に。 駅降りてすぐの筈なのに、中々たどり着かない。
「あたし、道、間違えた!?」
細い路地の坂をひたすら登り見えた景色――
遠くに港と造船所が見えて、対岸の山々の木々が新緑で輝き、そよぐ風は暖かくあたしを包む春色の風……何気ない風景なのに、あたしは暫く坂の上からの風景を見ていた
「……あたしだけの景色」
ガイドブックになんて絶対載らない。 でも、あたしにとって印象に残った……このまま暖かい風と共に空高く飛んでしまいたい、そんな気分にさせてくれた。 海の上を行きかう船を眺め、この青空の下。 『気持ちいい』と、久し振りにそう思えた。 忘れていた感覚。
「一人旅も悪くない。 のかな」 ただ無心に、この景色を眺めていた。
来た道を戻るつもりが、更に迷ってしまった。 でも、方向感覚に狂いは無かったせいか、さっき降りた電車の駅には戻れた。 さあRe:Start!
「なんだ、近いじゃない!」
地図を見ながら『グラパー園』に向かうとすぐにたどり着いた。 遠回りしたけど、まあ結果オーライ。 良い景色も見れたしね。 坂になった土地に建物が配置されているせいか、エスカレーターで頂上まで登り、そこから下へ向かう見学コース。 昔の洋館が港を見渡す感じで建っている。 その一角に桜が咲いていた。
……実は、さっき電車を降りた時、コンビニに寄ったのよね。 そこで買ったペットボトルの紅茶とクッキーで――ちょっとしたティータイム。 花見を兼ねて、なんてね。
「綺麗よね」
洋館と桜。 これが意外と合っていて、眼下に見える港の景色、心地よい春の暖かさが相まって、しばし佇んでいた。
これでペットボトルのお茶じゃなくって、みくるちゃんの淹れてくれたお茶だったら更に良かったのに。 そして、あたしの周りにはSOS団のメンバーが居て、あたしの隣には……
気がついたら、あたしは泣いていた
何でまた思い出すのよ。 あいつとは同じ空の下に居るけど遠く離れているのに。
そして、あいつには、あたしより優しく可愛い『彼女』が居るのに。 だから、あたしは諦めた筈なのに!
「……キョン」
――これだから恋愛って嫌だったのよ! 『精神病』なのよ!! こんなに離れていても、あたしの心は乱されたまま。 あの時からずっと、何も手につかなかったのは、そのせいなのに、解っているのに……ううん、乱されているのは『認めたくなかった』から、だから忘れたかった。
でも『時間が経てば忘れる』って嘘よね。 そうであれば今頃あたしは独りでも強く生きて行けた筈。 なのに、『彼女の存在』があるのが分かっているのに、まだ「あいつ」を忘れる事が出来ない。
「更に大きくなってるわ、あいつの存在、が」
あたしって、こんなに弱かったんだって思い知らされるとは思わなかった。 自分一人で何でも出来るって思ってた。 たかが恋なのに、こんなに乱されるなんて。
……もし佐々木さんより、あたしの方が先に思いを伝えていたら、キョンはあたしを選んでくれたのかしら?
我ながら思う。 我が儘で、意地っ張りで、可愛くないし。 ライブの前日、有希・涼子・みくるちゃんは 「素直に思いを伝えれば、キョンは答えてくれる」って言ってくれた、けど。
佐々木さんは、きっと中学の頃からキョンが好きだったと思う。 でもキョンが鈍くって気付かなくって……そうよ、なんであんな奴を好きになったのかしら。 大体、バカキョンでエロキョンでニブキョンのくせに。 でも時々優しくて、あたしの事見てくれて、我が儘に付き合ってくれて。 普通なら愛想つかされても不思議じゃないのに、こんなあたしと一緒に居てくれて。 SOS団を作ったきっかけだって、キョンの一言があったから。 それが無かったら、高校生活も中学時代と同じ――
「せめて、あたしの気持ち。 伝えたかったな」
今じゃ叶わない想いなんだけど……だからって、2人の幸せを祝える程の余裕は今のあたしには全く無い。 自分の事が手につかないのに、他人の事にまで気が回らないから。
(後編に続く)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます