<プロローグ・12月18日>
――悪夢の様な一日だった、夢ならば覚めて欲しい。
「しかし、眠れんな」
それはそうだろう、たった一晩で、こうも環境が変化する物なんだろうか。
SOS団の存在どころかハルヒ・古泉は居ない、朝比奈さん・長門は俺の知っていた二人では無い。 そして、何故、朝倉が居る? 不安だ、果てしなく不安だ。
此処で何かしら能力のある属性の人種ならば元の世界に戻る為、アクションを起こせるのだろうが、昔も今も俺は何の変哲も無い凡人その一であり、世界の流れに流されるまま、なのである。
「日付が変わるな」
時計は午前零時を示す所であった。
もし日付が変わった時点で元の世界に戻れたら……
「それで、良いんだろうか」
ハルヒを中心に回っていたと言う世界。 しかし、それこそが異世界だったとしたら? そうだ、普通に考えれば奇天烈現象なんて起こる筈なんて無いんだ。 この今、居る世界こそが普通なんだよ。 そうだろ?
宇宙人なんて人型とは限らないし、そもそも居るのか解らない。 未来人なんてウヨウヨ居たら地球人口の増減や食料問題に関わる……なんて現実的過ぎるか。 ましてや超能力者なんて胡散臭い以外の何者でも無いじゃないか。 え、古泉個人の事じゃないのか? って、まあ、それはそうかも知れないが。
しかも何故『涼宮ハルヒ』が世界の中心に居る必要がある? 何時もあいつのやる事に振り回されて……そりゃあ、時には楽しかったさ。 しかし、あいつの機嫌一つで世界の運命が左右される!? 合衆国大統領もビックリだ。
なんて考えても仕方無いな。 今も、こうしている間にも地球は回り続け――
「くそったれ」
12月18日は終わりを告げた。 もう一日、12月18日が来れば良いと思ったが、確実に日付は変わっていた。
<12月19日>
「キョン君、朝だよ~」
やれやれ、これは前の世界と変わらないな。 妹に起こされる兄って言うのも、そろそろ改めた方が良いのかね?
これまた何時もと変わらない母親の作る朝食を口にして地獄のハイキングコース独り歩いて行く。
冬の空は何処までも灰色、振り返ると眼下の市街地は色も無く、同じ灰色の世界なら、いっそ神人でも出現して破壊してくれれば。 いっそ――
「なんてな」
何時までも何を求めてるんだ? サンタクロースもドラえもんも存在しない、ましてや涼宮ハルヒなど居やしない。
周囲に居るのは何の属性も無い只の一般人、この世界は何の変哲も無い平凡な世界。 そうだろ?
さあ行こうか、ボサっとしてると遅刻するぞ。
「おはよう」
俺の後ろの席にコイツが居るのは、どうも馴染めないが、こっちの世界ではそれが当たり前だったのだろうか。
「……おう」
「ちゃんと起きてる? 目が開いてるだけでは起きた事にはならないのよ」
「あぁ」
こいつは『お人好し』なんだろうか。 人殺し呼ばわりした奴の心配なんかして。 まあ、あの世界のコイツも世話焼きだったよな、そう言えば。
「悪かったな朝倉、昨日は、その……」
「キョン君も風邪、うつされて熱でもあったんじゃないの?」
「そうかもな、そう言う事にしておいてくれ」
「ふふっ、何時ものキョン君に戻ったみたいね♪」
予習の手を休め、笑顔で朝倉は答えた。
何時もの俺、か。 しかし、何時もの俺ってどんなんだ? 何か不安になって来たぞ。
風邪で休んでいるクラスメイトは多かったが、ハルヒが朝倉に変わっただけで、担任の岡部教諭を含め変化の無い1年5組のクラスメイト。 休憩中には国木田ととりとめの無い会話を交わして、授業も何時もの如く。 そして放課後
「あっ」
「「…………」」
――朝比奈さん・鶴屋さん
「あ、あの」
そんな目をしないで下さいよ。 あ、そりゃ警戒もするよな。 見ず知らずの男子生徒に急に色々言われれば
「す、済みませんでした! 昨日は大変、失礼致しました!!」
「「…………」」
「ゆ、夢の中でお二人が出て来て、それで見知った気になって……気安く声を掛けてしまって。 申し訳ありませんでした!」
そう、これで良いんだ。 この二人は俺にとって知らない上級生なんだよ。 勿体無い、実に勿体無いけどな。 さあ行こう、旧校舎へ。
「待つっさ、少年!!」
あぁ、何時もの鶴屋節。 って、え? 待て!?
「事情は解ったさ。 無礼は許そうじゃないか! ね、みくる」
「ふぇ。 は、はいっ!」
許してくれるんですか? お二人さん。
「何時までもクヨクヨするんじゃないよ! 誰にでも間違いはあるっさ。 始めは、みくるはともかく、わたしの名前も知ってて、いや~わたしも有名になったもんだって思ったさ。 兎に角、これからは見知った者同士、会えば挨拶もするっさ。 宜しくねっ!!」
「つ、鶴屋さん。 ありがとうございます!」
良かった。 鶴屋さんの、このさっぱりした性格は不変らしい。
「わ、わたしも宜しくお願いしますぅ」
「あ、朝比奈さん。 こちらこそ!」
マイ・スィート・エンジェルに嫌われたままの学校生活は考えられんからな。 コスプレやお茶は無くても、お知り合いになれただけでも満足だ。
「では失礼します」
『文芸部室』
「SOS団」なんて、けったいな名前の張り紙は無く、何処にでもある平凡な文芸部室。 なんだろうな、此処は。
コンコン
「……ど、どうぞ」
「入るぞ」
窓辺に座り読書をする少女、これは不変なんだ。 どちらにしろ、この部室には居なくてはならない存在なんだろう。
「よう、長門」
「う、うん」
大きく違うのは無機質か否か、なのか?
まあ、此処に居るのはヒューマノイド・インターフェースでは無く、只の無口な読書少女だ。
「する事が無くてな、此処に居て良いか」
「構わない」
「部員は一人なんだよな」
「そう」
「俺も入って良いか?」
「えっ」
「部員一人位、増えても構わないだろ」
「あ、ありがとう」
このまま帰宅部って言う方が俺らしいのだろうが、俺の潜在意識が寂しがっているんだろうか。
要するに気を紛らわしたいのだ。 良いだろ? この位なら。
「あ、あの……」
「ん、何だ長門」
「今から、わたしの家に来る?」 え、今、何と言った?
「良いのか」
「……う、うん」
「確か独り暮らしだったよな」
「うん。 え、何故知ってるの? わたし言った事ある?」
「え!? い、いや……聞いてみただけだぞ」
こっちの長門も独り暮らしか、何故だ? 普通の女子高生に独り暮らしをさせるなんて、何て親だ! 無用心だ!!
まあ、他人様の家庭の事情は知らないから、外野が勝手な事を言っても仕方無いがな。
長門の家で以前、市立図書館でカードを作ってやったお礼を言われ、朝倉は持って来たおでんを夕食に頂き、帰り際
「長門さんの事、遊びで付き合うなら許さないわよ」と言われたが、別に俺は長門と付き合うなんて考えた事も無いな。
今は未だ少し混乱している脳味噌を落ち着かせる方が先だ。
<12月20日>
「キョン、涼宮ハルヒに一目惚れでもしたのか?」
風邪から復活した谷口の第一声。 はぁ、一目惚れ? 何言ってるんだコイツ。 って
「おい、谷口! お前、涼宮ハルヒの事を知っているのか!?」
「あぁ、知ってるも何も元・東中の奴で知らない奴は居ね~だろうよ」
「しかし一昨日、俺が教室で聞き回った時には誰も……」
「国木田から聞いたが、突然、血相変えて聞いて回りゃあ普通は引くだろ?」
「うん、確かに今まで見た事の無い位、必死そうに見えたよ。 キョン」
「そうか、国木田? んで谷口、ハルヒは今、何処に居る!!」
「まあ落ち着けよキョン。 あいつは光陽園学院に行ったよ」
「光陽園!? あのお嬢様学校のか?」
「おいおい、何言ってるんだ。 光陽園は共学の進学校だろ」
これまた俺の記憶とズレがあるな。 まあ元の世界が世界なら、今は今、なんだろ。 やれやれ……。
一つ考えられるのはハルヒが元の世界に不満を抱くなりしてリセットし、今の世界を構築したのだろう。
長門や朝比奈さん、そして俺は用済みになったって事か。 古泉に至っては9組ごと無かった事に……まあハルヒが居ないなら北高に転入する必要も無かったって事か。 何処かで平和に暮らしてるんだろうか、古泉は。
ハルヒはハルヒで元々、頭の良い奴なんだし、順当な進学先を選択したんだろう。 それじゃあ何で元の世界のハルヒは北高を選択したんだ?
それも今となっては、どうでも良い事だな。
今日も窓の外は灰色の世界が広がる、今の俺の心境と同じだぜ。 この世界ってこんなに色褪せて見える物なのかね?
これから、ずっと平凡に過ごして行くんだろうな、人生を。 刺激の無い世界……だからと言って自分からわざわざ苦労を背負いに行く事もあるまいに。 サンタクロースも神様も居ない平和なこの世界で良いじゃないか。 何が不満なんだ、俺?
「ねぇ、キョン君」
「何だ朝倉」
放課後、急に朝倉に話し掛けられた。
「イブの夜、長門さんの部屋でクリスマス・パーティーをするんだけど、もし良かったら来ない?」
うむ、悪く無いな。 特に予定も無いし、色気の無いクリスマス・イブを過ごすよりは……
「あぁ、良いぞ」
「良かった。 きっと長門さんも喜ぶわね♪」
「キョ~ン、俺達友達だよな~!?」 聞いていたのかよ、谷口。
「面白そうだね、僕も良いかな」 国木田もかよ、どうする朝倉。
「う~ん、大勢の方が楽しそうだけど。 長門さんに聞いてみるわね」
そりゃそうだろ、谷口や国木田の事は知らないからな。 今の長門は。
文芸部の活動――まあ、本を読むだけなのだがな……を終え、長門と二人、薄暗い坂道を下りる。
三人居ないだけで、こんなに広く感じるものなのか? この歩道が。
「クリスマス・パーティー、楽しみ」
「そうか、長門。 しかし良かったのか? 朝倉と二人だけじゃなくて」
「ううん、賑やかになりそうよね」
「あぁ、そうだな」
長門をマンションの前まで送り、光陽園駅前に自転車を取りに行く。
光陽園学院の女生徒と、見慣れぬ制服の男子が並んで改札を抜けて行く姿が見えた。
「……光陽園学院の制服、か」
ハルヒも今は、あの制服を着て光陽園学院に行っているのだろうか。 そしてSOS団でも立ち上げて楽しくやっているんだろう。
なぁハルヒ、何が不満だったんだ? 俺達四人じゃあ不足だったのか!?
「――っ、くそったれ!」
目の前に靄がかかって景色が滲んで見える、雨も降っていないのに。 こすっても、こすっても視界がぼやけてしまう。 一体何故なんだよ!!
<12月21日>
「キョン君~、朝ごはん出来たよ~!」
……妹よ、休みの日位はのんびり寝させてくれないかね?
「やれやれ、起きるとしますか」
今日は土曜日、か。 何時もなら北口駅前に集まって――
「ははっ、何やってるんだろ。 俺」
朝9時、思わず北口駅前に来てしまった。 全く、習性と言う物は恐ろしい。
何時もなら此処で「遅い、罰金!」 とか言われて喫茶店に向かうのだろうが、俺独りでは何とも……
「さて、どうしたものやら」
折角、此処まで来たんだ。 今更家に戻るのも味気ない。 その辺でも歩いて不思議でも探しますかね?
「あ、涼宮さん。 待ちましたか?」
「……ううん、今、来た所よ」
「僕もです。 時間より大分前に来るとは、流石は涼宮さんですね。 ショッピングセンターが開くまで時間がありますね。 近くの喫茶店にでも行きますか」
「……良いわよ」
四日振りに聞く声が、こんなに嬉しい物とは。 思わず声を掛けちまったよ。 あぁ、これは本能だよ。 条件反射って奴さ。
「ハルヒ・古泉、何やってるんだ。 こんな所で」
「「…………」」
しまった! ぬかった。 この二人、今の俺の事を知らないんだった!!
「誰よ、アンタ」
「何故、僕達の名前を?」
「い、いや……気にしないでくれ」
「ちょっと待ちなさいよ!!」
「どわっ!?」
苦しい! 首根っこを掴むな!!
いや~変わって無いね、この強引さ。 なつかしくて泣きそうだよ――顔が自然と綻んでしまうのは何故なのかね?
「どうして、あたし達の名前を知ってるのよ!」
「光陽園の生徒ですか? 僕達と同じ」
「いや、北高だが……」
「――北……高!?」
今まで明らかに敵意を持っていたハルヒの目つきが変化して虚ろになっていた。
どうしたんだ、北高って言うだけで何か驚く事があるのか?
「あ、あんた、もしかして……三年前の七夕、ううん、ダブりじゃなきゃ北高に今は居ない筈なのに。 まさか、あたしの――」三年前の七夕? これって、ひょっとして。
「い、一応聞くけど。 あんた、名前は?」
此処で答えるべき名前は何だ? 最近全く呼ばれない本名を名乗るべきか。 それとも、通常、皆に呼ばれている間抜けな渾名で答えるのか。
いや、違う。 あの時、俺が言った名前――それは
「……ジョン・スミス」
「――ジョン・スミス。 あ、あんた、やっぱり……」
ん? やっぱり!? 俺は今、制服を着てないし、あの時に顔を見られたかも知れないが平凡な、至って特徴の無い顔を覚えているもんかね。
「そうよ! この声、この雰囲気……さ、探してたのよジョン!!」
「のわっ、は、ハルヒ。 抱きつくな!!」
「す、涼宮さん、落ち着いて下さい!」
おー、古泉の焦ってる姿が見れるとは珍しい。 じゃ無かった
「色々聞きたい事があるが、時間あるか? 何か、その、待ち合わせだったみたいだが」
「良いわよ! そこの喫茶店にでも入りましょ」
「そうですね。 買い物は後からでも出来ますし、僕もお話を聞いてみたいですしね」
「で、ジョン!」
そうだよな、このハルヒが『キョン』などと、けったいな渾名を知る筈も無く、『ジョン・スミス』と名乗った以上、それが普通か。
「ん、何だハルヒ?」
「あんた北高、ダブったの?」
「いや、現役バリバリの一年生。 お前等と同じ、な」
「僕達と……って、僕達の年齢まで!」
「あぁ。 ちなみに古泉、お前は転入生か」
「はい。 え!? どうしてその事を? あなたはエスパーですか!」
エスパーはお前だろ? って、この古泉は……いや解らんな、古泉だけは超能力者として残って、他にインターフェースや未来人が居るかも知れん。 光陽園に。
そして居るのか、俺の代わりの雑用係も。
俺はハルヒと古泉に、ほぼ全てを話した。
ハルヒが世界の中心で神、と言うのは暈かして、宇宙人・未来人・超能力者が居た、あの世界の事を。
「ふ~ん、そっかぁ。 それは楽しそうよね」
「しかし何故『この世界』に貴方は来たのでしょうか? 僕達は昔も今も『この世界』に居ましたが」
「さあな、解れば苦労しないさ。 何らかの力が働いて、こうなっちまったのか……」
「ねぇ、一つ疑問があるんだけど」
「何だ?」
「あたしは確かに三年前の七夕、あんたに会ったわ。 って事は実際にあんたは三年前に行ったって事なのよね」
「あぁ、そうだが」
「それって、少なくとも未来人は居る。 って事じゃない?」
「確かにそうなんだが……その未来人は、今この世界では未来人じゃ無いんだ」
「そうなの?」
「僕も超能力者ではありませんしね」
「『SOS団』なんて、考えた事も無かったわ」
進学校じゃあ、そんな事をやってる暇なんて無いだろうしな。
「所で二人共、今から買い物だったんだろ? 良いのか」
「そうでしたね。 涼宮さん、行きましょうか」
しかし、クリスマス前に二人で待ち合わせをして買い物、か。 もしかして、この世界のハルヒと古泉は―――。
「……待って」
「涼宮さん?」
「買い物は中止よ!!」
「は、ハルヒ!?」
「クリスマス・パーティーをやるわよ! その宇宙人と未来人を連れて来て……」
「な、何を言ってるんですか。 涼宮さん」
「そうだぞハルヒ、この世界はなぁ」
「何で今まで気が付かなかったのかしら。 そうよ、無かったら作れば良いのよ!!」
おや? 何処かで聞いた事のある台詞じゃあ無いか。 やれやれ、それでは俺もこの台詞を言ってみるとしますかね。
「何をだ?」
「SOS団よ!!」
<12月22日>
昨日に引き続き妹に起こされる。 全く、部屋のノックと言い、兄と呼んでくれない事と言い、何でこうも言う事を聞いてくれないのかね? マイ・シスターよ。
「あ、長門。 居るか?」
『うん、どうしたの』
「少し話をしたい事があるんだ。 良いか」
『……入って』
「あ、朝倉も呼べるか」
『わかった』
午前十時。 長門にクリスマス・パーティーの事を相談する為に、マンションにやって来たのである。
エレベーターが五階まで上がると
「あ、キョン君。 おはよう♪」
「おう朝倉。 すまんな、呼び出して」
「ううん。 それより態々来るなんて、何の用?」
「ん、あぁ。 長門に会ったら纏めて話すよ」
「そうね、解ったわ」
「クリスマス・パーティーの件なんだが、何だ、その、申し訳ないが……人数増えるが、良いか?」
「え?」
「キョン君の知り合いが来るの?」
「ん、まあ、そんな所だ」
「何人来るの?」
「二人だ。 それと、また別に北高の先輩も呼びたいと思う。 合計四人か」
「全部で九人になるのね? 賑やかになりそうね♪」
「長門、大丈夫か? この部屋を会場にした上に、勝手な事を言って」
「あ、あなたが良ければ、わたしは構わない」
「じゃあ決まりね。 おでん作る予定だけど、良いかしら」
クリスマス・パーティーに、おでんかよ! まあ、向こうの世界のハルヒは、鍋をやるとか言ってたしな。
「和風のクリスマス・パーティーも良いんじゃないか」
「大勢来るなら、おでんって楽なのよね」
さいですか、宜しく頼むよ。
(後編に続く)
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