細越麟太郎 MOVIE DIARY

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●『ハンナ・アーレント』が語る、別のアイヒマン・レポート。

2013年08月16日 | Weblog

●8月14日(水)13−00 六本木<シネマートB−1試写室>
M−099『ハンナ・アーレント』Hannah Arendt (2012) heimat films / sophie dulak production 独
監督/マルガレーテ・フォン・トロッタ 主演/バルバラ・スコヴァ <114分> 提供/セテラ・インターナショナル ★★★☆☆
1960年。15年の逃亡生活の末、ナチスの高官アイヒマンが亡命潜伏していたアルゼンチンでイスラエルの諜報部に逮捕された。
ニューヨーク在住のユダヤ人女性で哲学教授のハンナは、かつて戦時下に強制収容所を脱走した経験もあり、裁判の傍聴に赴いたのだ。
それは大時下強制捕虜の被害者としてではなく、平和主義の大学教授としての参加だった。
映画は、その経緯をセミ・ドキュメンタリーなタッチで音楽も廃して、非常に静的に描いて行く。
極悪戦犯というイメージだったアイヒマンは、むしろ小心な凡人であり、大量殺人に関しても総統の命令執行であったと釈明。
戦時下で受けた狂人のような殺人鬼は、実はただのしがない作業人だったことに、ハンナはショックを受けた。
あの狂気の戦争は何だったのか。
ニューヨークに戻ったハンナは、裁判の印象を素直に発言したが、それは多くの知識人たちの反感をかってしまう。
歴史の事実と、個人の関わりについて、あくまで冷静な哲学的私感で発言したことが、彼女の存在を逆に危険な立場にしてしまう。
この作品は、そうした真実と歴史の主観のギャップを追求して、われわれに返答を求めるのだ。
「・・・歴史というものは、時間が解決するものだ・・・」というような曖昧な概念に、この映画は設問する。
あのスタンリー・クレイマーの「ニュールンベルグ裁判」でも描かれなかった戦争犯罪の本質を、ここで問われるのだ。
ま、いまさら、どうして?という疑問もないではないが、映画の真摯なタッチは、その愚問も嘲笑する。
ハンナを演じたバルバラのバイリンガルな好演が光っていて、この作品の品位を支えていた。

■渋いゴロのヒットが左中間を割ってツーベース。
●10月26日より、岩波ホールでロードショー