細越麟太郎 MOVIE DIARY

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●『ヴィンセントが教えてくれたこと』の皮肉に満ちた幸福論。

2015年07月18日 | Weblog

7月9日(木)13-00 六本木<アスミック・エース試写室>

M-086『ヴィンセントが教えてくれたこと』" St. Vincent "(2014) The Weinstein Company/ a Chernin Entertainment. 

制作・監督・脚本・セオドア・メルフィ 主演・ビル・マーレイ <102分> 配給・キノフィルムズ

クリント・イーストウッドの名作「グラン・トリノ」を、そのままコメディに仕立てた、というと異論はあるかもしれないが、よく似ている。

ブルックリンの古い屋敷に住む初老のビル・マーレイは、よくいる偏屈な独り者。身勝手に生きて来て、酒とギャンブルと女遊びの日々は過去になりつつある。

とにかく、生来の不良な男でポンコツなオープンカーを乗り回し、競馬場と場末のバーで年金を使い果たし、ボケたふりをしては駄洒落を飛ばしてヒンシュクを買うのが楽しみ。

タイプはグラン・トリノだが、もっとグウタラで不潔で毒舌で、とにかく老猫とロシア人の妊娠フッカーぐらいが話し相手の、まさにゴミのようなジジイなのだ。

その家の隣に、やはり肥満なシングルマザーと12才の息子が引っ越して来たが、病院に勤務の母親から頼まれて、ビルはしょうがなくて少年の面倒を見る事になった。

とはいえ、彼の知っているフィールドは競馬場や昼間のバーだけなのだから、少年は学校でイジメにあっているので、この不良な老人とつき合わなくてはならない、という不幸な宿命。

ニール・サイモンの戯曲に「キャッシュマン」という傑作があって、マックス・デューガンというムショ帰りの老人が、孫のために隠し金でいろいろ世話を見るという傑作があった。

だいたいは、実の親子よりも隔世のジジイと少年という関係の方が、よくマッチするというが、この不良なボケと、少年というのは絶妙な相性で結ばれて行く。

昨年のゴールデングローブ賞でもノミネートされたビル・マーレイは、まさにこのキャラクターは<地>で演じているような軽快さがあって、ウォルター・マソウを思い出した。

監督のセオドアは、テレビCMのベテラン演出家らしい、<ワン・シーン、ワン・アイデア>の面白さで、おかしなエピソードを連ねて行くので、まったく飽きさせない。

身重なコールガールを演じるナオミ・ワッツも、久しぶりの役者根性を見せてドラマを引き立てて行く。そのアンサンブルの不具合さが、久しぶりに絶妙なおかしさなのだ。

いろいろと孤独な老人の不幸な事件が多いが、このヴィンセントに教わる事は、少年よりも、われわれの方が多いような気がして、やたらと共鳴してしまった。

 

平凡な右中間のフライが風で流されてライトの頭上を転々のスリーベース。 ★★★☆☆☆

●9月、TOHOシネマズ日比谷シャンテなどでロードショー