細越麟太郎 MOVIE DIARY

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●『エリザのために』漂白されたような小都市と家族の気弱さ。

2016年12月29日 | Weblog

12月20日(火)12-30 京橋<テアトル試写室>

M-163『エリザのために』" Bacalaureat " (Graduation) (2016) Mobra Films / Why Not Productions / Wild Bunch / Canal + ルーマニア

監督・脚本・クリスティアン・ムンジウ 主演・アドリアン・ティティエニ、マリア・ドラグシ <128分・ビスタサイズ> 配給・ファインフィルムズ

ハイスクール卒業試験を控えて、ロンドンに留学を志望しているエリザの家で、突然、朝食のキッチンが、投石で窓ガラスが割られる。

ルーマニアというのは、東欧でもハンガリーの東で、ブルガリアの北という、われわれには認識の薄い東欧の国で、このクルージュという地方都市は首都ブカレストの北。

肌寒いような色彩感のない田舎町で、街にも歩く人影の少ないが、誰が何のためにエリザの家の窓ガラスを割ったのか。

受験を控えて、エリザの母親は病弱でベッドに寝たきりで、父は地方病院の医師だが、若い女性教師と浮気をしていて不在がちという冷えた家族。

学校へエリザを父は車で送るが、その直後に彼女は暴漢に襲われて、その男は行方不明という事件が起きてしまい、父親のアドリアンは警察に呼ばれて、事情を聴取される。

ドラマは、それを起点にして、5日後のエリザの卒業式までの一家のトラブルを徐々に描くが、ほとんどは事件のために奔走するオヤジの苦難をドキュメンタリー・タッチで描く。

いまや、グザヴィエ・ドランと共に、もっとも注目されているムンジウ監督は、あの「4ヶ月、3週と2日」のように、非常にクールなタッチで、この日常のトラブルを見つめる。

面白いのは、その事件処理で奔走する父親の対応で、その行動の時間のなかで、警察署長や副市長や、試験委員会とか、日常的に対面する連中が、おしなべて<アバウト>なのだ。

個人の生活を描いているのに、見えてくるのはルーマニアという国の実状の貧困状態aで、この街から脱出したがっていたエリザの希望と、暴行の頻発などが、どんどん露出する肌寒さなのだ。

これは先日見た、ドラン監督の「たかが世界の終わり」に共通している家庭の崩壊と、中小都市の秩序の混迷が色濃く描かれていて、まさにミヒャエル・ハネケの感触の冷たさだ。

カンヌ国際映画祭で、ことしの監督賞を受賞したムンジウ監督の手堅い演出と、社会への悲観はかなりゾクゾクと肌寒いし、映画的な迫力は、まるで上質ミステリー。

 

■前進していたレフトの後方へ抜けるスリーベース。 ★★★★

●正月1月28日より、新宿シネマカリテ他でロードショー