●8月7日(水)13−00 六本木<アスミック・エース試写室>
M−095『フローズン・グラウンド』The Frozen Ground (2012) Georgia films / Emmett / furla films / perfect pictures
監督/スコット・ウォーカー 主演/ニコラス・ケイジ <105分>提供/カルチャー・パブリシャーズ ★★★☆☆
実際に、アラスカのアンカレッジで起こった連続猟奇殺人事件。
12年間に、おそらく24人以上の、若い女性を殺害したという疑いで、平凡なビジネスマン、ジョン・キューザックが容疑者として逮捕された。
彼は普段は実直な、ごく陽気な男で、余暇には別荘で過ごし、自家用セスナ機でアラスカの奥地で狩猟もする。
謎の女性失踪事件が連続して起こっていて、ニコラス・ケイジの捜査官は迷宮入りしている事件にギブアップ気味。
このような実際の事件の素材は、かつてサンドラ・ブロック主演「失踪」でも描かれ、「羊たちの沈黙」や「インソム二ア」は秀作だった。
なにしろ、行方不明の女性の死体が発見されないのだから、捜索のしようもないのだ。
しかし、ひとり不良少女のヴァネッサが脱出して当局に保護されたことから、捜査の糸口が開いたのだ。
脱出した女性の証言を描いた心理サスペンスの傑作「マーサ、あるいはマーシー・メイ」も、恐らく同じような事件がヒントになったろう。
この映画は、あくまで知的な捜査ゲームとして、2大スターの演技対決をクールに、フローズンに、描こうという狙い。
だから内容は、園子温監督「冷たい熱帯魚」のように、ダイレクトに猟奇殺人現場を描かない。
なにしろ、死体はセスナで奥地に運んで、グリズリー・ベアのエサにしてしまうのだから、手がかりも掴めない。
なぜかシアトルやポートランドや、このアラスカなどの、多くの失踪事件が未解決のまま、現実に多いという。
だから、このテーマは多くの映画にもなっている。これは知的に成功したクールな作品例といっていい。
このところ悪役にも挑戦しているジョン・キューザック。表情をケイレンさせての演技が見もの。
■止めたバットに当たったボールがファースト頭上を越えて転々。
●10月、全国ロードショー
●8月7日(水)10−00 渋谷<ショウゲート試写室>
M−094『マリリン・モンロー/瞳の中の秘密』Love Marilyn (2013) butterfly media LLC / studio canal
監督/リズ・ガルバス 主演/マリリン・モンロー <108分> 配給/ショウゲート ★★★
この8月8日が、女優マリリン・モンローの50回忌となる。早いものだ。
毎年のように、彼女に関しての書籍や映画が出版公開されて、それなりにあの謎めいた突然死の周辺は見えて来ている。
だから、ああまたか。と思いつつも気になるので、試写を見た。
今回は、彼女の証言や、親しかった人々の言葉を、ウマ・サーマンやグレン・クローズなど、いまの女優たちが彼女の代役をして当時を語る。
その発想は面白いが、あまりにも多くの俳優やタレントが交錯するので、ちょいとややこしい。
最近発見されたという、彼女の自筆メモを見せながら、とくに晩年のアーサー・ミラーとの日々を再現している。
しかし、それでも、彼女の死因は、かつてノーマン・メイラーが書いたことより深くはなっていない。
しかももっとも重要だった、ケネディ兄弟との関係と、それに関与したピーター・ローフォードとシナトラの周辺はゼロ。
だから、それほどに真相究明には至っていないのが残念だ。
基本的な演技を習っていないので、ローレンス・オリビエを怒らせたり、ビリー・ワイルダーを困らせたり。
彼女の自信喪失について分析したジャック・レモンの言葉だけが、痛く印象的だった。
マリリンを知らない若いひとのは、これも面白い素材ではあろうが。
■シュートボールにつまっての、セカンド後方のフライ。
●10月5日より、新宿ピカデリーほかでロードショー
●8月5日(月)13−00 外苑前<GAGA試写室>
M−093『大統領の料理人』Les Saveurs du Palais (2012) armoda films / vendome productions / wild bunch 仏
監督/クリスチャン・ヴァンサン 主演/カトリーヌ・フロ <95分> 配給/ギャガ GAGA ★★★☆☆
意外に、上質美味なフレンチだった。
フランスのミッテラン大統領の時代に、実際に彼の直属の厨房を2年間任された女性シェフの実話である。
片田舎で小さなレストランを営んでいたカトリーヌは、ある日突然、パリのエリゼ宮殿に呼び出された。
国賓や外交官や官邸の首脳のいる宮殿には、常時数十人のベテラン・シェフが常駐していた。
その並みいる優秀コックたちを尻目にして、大統領個人直属の厨房を任された彼女は困惑する。
さて、世界中の要人を相手に、どんな味付けのコース料理を出すべきか。
なにといっても、フレンチは美食国家である。国の名誉の関わる要職なのだ。
しかし、彼女はそのプレッシャーにはめげずに、自己流の田舎料理を作ってもてなした。
これが大統領の狙いでもあり、個人的な好みでもあった。
ある夜、公務の終わったミッテラン氏は、ひとり厨房に忍び込み、カトリーヌと夜食を食べて語った。
なるほど、フレンチというのは、この情のこもった信頼の会話と、ワインがあれば最高の時間なのだ。
このシーンの暖かさは、久しぶりに上質なフランス映画の、あの美味な香りを滲ませた。
政治的な激務のうえに高齢で栄養過多気味な大統領を心配して、カトリーヌは2年で辞職して、極地での仕事を選ぶ。
映画は、この極寒の基地での彼女のシェフぶりと、交互してカットバックで描かれる。
その処理が、どうも作品の流れを混乱させがちだが、ま、実話だというのだから、文句も言えまい。
カトリーヌ・フロの適役名演が、より、この極上フレンチを美味しくしている。トレ・ボン。
■素直なジャストミートで、きれいな左中間ツーベース。
●9月、Bunkamuraル・シネマほかでロードショー
●8月2日(金)13−00 六本木<シネマート3F試写室>
M−092『そして父になる』Like Father, Like Son (2013) amuse / fuji television / GAGA
監督/是枝裕和 主演/福山雅治 <121分> 配給/GAGA ★★★★
生まれてから6年も一緒に生活して育てた息子が、実は出産時のミスで、取り違えられていた。
東京で大企業の開発プロジェクトを先導しているサラリーマンの福山は狼狽した。
妻の実家に近い前橋の病院に駆けつけた夫婦は、そのミスを病院側から聞かされて、大きなショックを受ける。
間違えられた先方の夫婦は、その前橋で小さな電機店を営む、リリー・フランキーがオヤジの3人兄弟の家族。
映画は、この突然のトラブルをきっかけに、東京のエリート家族と、地方都市の5人家族の慣習や個性のズレを提示していく。
子供の将来を考えると、もちろん、すぐに取り替えればいいのだが、人間はロボットじゃない。
この不測の事態に、福山は怒るが、どう考えても、これは時間のかかるトラブルだ。
映画は、是枝監督の「歩いても歩いても」や「奇跡」と同様に、家族というものの感情空間のネジレを実に冷静に見つめて行く。
満員の150人を収容する試写室には、まだ独身であろうひとも多いが、みな神妙にドラマの行方に一喜一憂している。
それは、このドラマの行方が、どう見ても勝ち目のない、ドロー試合だと判っていても、目が離せない問題を抱えているからだ。
今年のカンヌ映画祭で、審査員特別賞を受賞したことは、このテーマは世界共通だからだろう。
ほぼ父親サイドの苦悩を描いて行くドラマの中で、両家の母親がじっと抱き合うシーンには涙が出た。
とはいえ、エリート・パパの福山雅治も意外の好演。みな本当は君のように、ダメなオヤジなんだよ。
多くの家族映画の名作のなかで、この作品は、子孫の幸福を真剣に描いた知的な秀作として、記憶に残るだろう。
■堅実なジャストミートで、文句なしのフェンスオーバー
●9月28日より、全国ロードショー
●7月の二子玉川サンセット傑作座(自宅)上映映画ベストテン
1/『哀愁の湖』45(ジョン・M・スタール)ジーン・ティアニー VHS ★★★★☆
父親に似た夫を愛するあまり、彼の大切な病弱の弟や周囲のひとも殺してしまう美しい妻の、転落を描いたニューロティック・ノワール。
2/『裸の町』48(ジュールス・ダッシン)バリー・フィッツジェラルド VHS ★★★★
些細な事件の糸口から、迷宮入りしていた大きな殺人事件の解決までを、ニューヨーク警察刑事部長とスタッフの活躍を入念に描く。
3/『彼岸花』58(小津安二郎)佐分利 信 DVD ★★★☆☆☆
気に入らない相手と勝手に結婚した娘を不憫に思う父親は、クラス会の友人たちの助言で、彼らの住む広島への列車に乗ってしまう。
4/『仁義』70(ジャン=ピエ=ル・メルビル)アラン・ドロン DVD ★★★☆☆
出所した窃盗常習犯は、懲りもせずに腕のいい悪者たちを集めて、パリの宝石店を襲い成功したが、転売で些細なボロを出してしまう。
5/『地獄の英雄』51(ビリー・ワイルダー)カーク・ダグラス VHS ★★★☆
ニューメキシコに左遷された敏腕記者は、地元で起こった落盤事故の生存者と、単独で連絡をとりスクープを狙ったが皮肉な結果となる。
6/『殺人者』46(ロバート・シオドマーク)バート・ランカスター VHS
7/『オーソン・ウェルズのフェイク』75(監督/主演/オーソン・ウェルズ)DVD
8/『第十七番』32(アルフレッド・ヒッチコック)ハーバート・マーシャル/DVD
9/『イグアナの夜』64(ジョン・ヒューストン)エヴァ・ガードナー/VHS
10/『突然の恐怖』52(デヴィッド・ミラー)ジョーン・クロフォード/DVD
★その他に印象的だった傑作は
「ボーダー」08/ロバート・デ・ニーロ/DVD
「堕ちた天使」45/ダナ・アンドリュース/VHS
「他人のそら似」94/ミッシェル・ブラン/LD
「都会の叫び」48/ビクター・マチュア/VHS
「廃墟の群盗」48/グレゴリー・ペック/VHS
「ラフカット」80/デヴィッド・ニーヴン/LD
「二つの世界の男」53/ジェームズ・メイスン/DVD・・・などでした。
●7月に見た新作映画試写ベスト3
1/『地獄でなぜ悪い』(監督/園 子温)主演/堤 真一 ★★★☆☆
映画少年が夢見た、深作やくざ映画へのオマージュを、血だらけの悪夢として描いたタランティーノ風お遊びコメディ。
2/『カイロ・タイム/異邦人』(監督/ルバ・ナッダ)主演/パトリシア・クラークソン ★★★☆
エジプトへの休暇で行ったカイロで、会う筈の夫が現地の紛争で会えぬまま、異境の街で見た幻覚のような思い出。
3/『父の秘密』(監督/マイケル・フランコ)主演/テッサ・イア ★★★☆
交通事故で妻を突然失った夫と娘は、転居したメキシコ・シティの学校で、不当なパワ・ハラを受け、父の怒りは暴発する。
★その他に見た、印象的な新作は
「天使の処刑人/バイオレット&デイジー」監督/ジェフリー・フレッチャー
「ワールド・ウォーZ」主演/ブラッド・ピット
「共喰い」監督/青山真治
「私が愛した大統領」主演/ビル・マーレイ
「マン・オブ・スティール」監督/ザック・スナイダー
「夏の終り」主演/満島ひかり・・・・・といったところでした。
●7月31日(水)13−00 西銀座<東映本社7F試写室>
M−091『地獄でなぜ悪い』Why don't you play in Hell ? (2013) 「地獄/制作委員会』
監督/園 子温 主演/堤 真一 <131分>配給/ティ・ジョイ ★★★☆☆☆
大震災以後をテーマにした「ヒミズ」と「希望の国」の、鬼才、園監督の新作は、かなりの変化球コメディ。
彼が映画青年だった70年代頃の経験談をベースに書いたシナリオを、十数年ぶりに推敲して作った悪夢である。
つき合った少女が、暴力団の関係者だったために、やくざの抗争を実写映画にするハメになった不運な映画マニアの冗談だ。
だからこれは、園監督の実績があるからこそ、こうして成立した奇作なのだ。
映画がすきで、映画作りを夢見ている若者たちには、実に豪快な勇気を恵んでくれる異色暴力映画として、かなりキレまくる。
あのブルース・リーのカンフーと、東映やくざ映画に青春ドップリだった当時のファンには、うれしい共感が滲む。
しかし、そうではないアカデミックな名作や、シリアスな映画マニアには悪臭の漂う愚作に写るだろう。
そこはクウェンティン・タランティーノ監督の、とくに「キル・ビル」へのオマージュの色彩が濃い。
つまりこの作品は、低俗娯楽映画のファンのみに捧げられた、あの時代への青春グラフィティ。
血しぶきが飛び、腕や首のころがるロバート・ロドリゲスのゾンビ映画に、園監督は敬意を表しているようだ。
ま、だから、低俗スプラッターや、仁義なき闘いのお好きな深作マニアには、すこぶる痛快な作品。
実はこの作品こそが、園監督の資質と本音が潜んでいる,と、終始ニヤニヤして、大いに楽しんだ。
巨匠タランティーノが見たら、さぞや苦笑して、絶賛するだろう。
■痛打がセカンドベースに当たって、左中間に転々のツーベース
●9月28日より、新宿バルト9他で、全国ロードショー