●7月21日(火)13-00 渋谷<ショウゲート試写室>
M-092『岸辺の旅』" An Another Journey " (2014) オフィス・シロウズ・Comme des Cinemas・アミューズ
監督・黒澤 清 主演・深津絵里 <128分> 配給・ショウゲート
少女にピアノのレッスンを終えた深津は、ごくありがちな質素なアパートに帰宅して、ひとり食事の用意をしていると、部屋の隅には男がいた。
「おれ、死んだよ」と呟いたのは浅野忠義扮する、3年前に失踪した夫なのだった。何と、死者の帰宅である。
が、妻は驚いた様子もなく「おかえり」という。
ありがちな<ゴースト・ストーリー>なのだが、とくに驚きも感動もなく、久しぶりの夫婦は静かに会話している、という不思議な雰囲気が、妙に和む。
それで、話しの末に、その空白な3年に辿った夫の旅路を、もういちど二人で旅することになった。というのが、この映画のストーリーなのだ。
死者と現世の話しというのは、以前にも「天国への階段」「幽霊と未亡人」から、「ゴースト」などなど、実は非常に多いテーマだったが、そこにはルールがあった。
例えば,死んだひとには感触はなく、他人には見えない、とか、スルーっと、ドアをすり抜けるとか。勝手に消えてしまうとか・・・、いろいろなタイプがあった。
しかし、この3年振りに戻った死人は、ごく当たり前の会話をして、妻との旅も、周囲の人たちにも認知できて、会話もする。つまり生きているままなのだ。
それなのに、夫は死んでいて、その空白の3年間に世話になった人たちを妻に紹介したり、挙げ句の果ては、自分が死んだ場所にも案内して説明するのだった。
高倉健さんの遺作になった「あなたへ」は、亡くなった妻の遺灰を持って、妻の生地に旅をする設定で似ているが、むしろ「鉄道員」の時の死者たちとの交流が描かれて行く。
実に淡々としたロードムービーで、これはまるで、久しぶりの晩婚記念日旅行のようでもあるが、やはり、夫は死人なのだから、ベッドシーンも奇妙なものに見えてしまう。
でも、黒澤監督はまったく死者を同次元で捉えて、情感のある夫婦映画にしているところが、カンヌ国際映画祭で<ある視点>部門の監督賞を受賞したポイントなのだろう。
だから、あちらの審査員の先生方にも判りやすいラブ・ストーリーとして好意的な評価をされたと思う。つねに無理な感情表現をしないクールな演出には、とても好感が持てた。
つい先日公開された「愛を積む人」の逆バージョンとしては、未亡人の奥様方には胸にせまるものがあるだろう。
■センター・フライが照明で見えなくなり、フェンスへのツーベース。 ★★★☆☆
●10月1日より、テアトル新宿ほかでロードショー