ホソオチョウに関して、本ブログ(PartⅡ)にて単独で紹介したことがなかったことから、これまでに撮影した写真を再現像し掲載するとともに外来種問題について考えたい。
ホソオチョウ Sericinus montela Gray, 1853 は 、アゲハチョウ科(Family Papilionidae)ウスバアゲハ亜科(Subfamily Parnassiinae)タイスアゲハ族(Tribe Zerynthiini)ホソオチョウ属(Genus Sericinus)に属する1属1種を構成する小形のアゲハチョウの仲間だが、原産地は東アジア一帯で、ロシア沿海州、中国、朝鮮半島である。元来、日本にはいないチョウであるが、1978年の東京都日野市百草園で最初に確認された。その理由は、"人為的な放蝶" であり、韓国から持ち込まれたと言われている。
食草は、日本の在来種ジャコウアゲハと同じウマノスズクサで、年に2~4回ほど発生し、春型と夏型がある。春型は、前翅長26~28mmほどでモンシロチョウより少し大きい。夏型は春型よりも大きく、後翅後端の長い尾状突起が特徴である。飛翔はゆるやかで、地表1mほどの高さを数回羽ばたいては、風を捉えて滑空するという飛び方である。晴れた午前中に活動し、曇りの日はほとんど飛ばない。
ホソオチョウは、飛翔力が弱く、メスは食草ウマノスズクサの群落からあまり離れることがないにも関わらず、各地に分布を拡大したり、突然発生している背景には、ある発生地から別の場所への放蝶行為が意図的に繰り返されていることを指している。同じ人為的放蝶によって広がり、すっかり日本に定着してしまった中国大陸原産のアカボシゴマダラ Hestima assimilis assimilis(Linnaeus, 1758)とともに、本種は「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」に基づき生態系被害防止外来種リストに掲載されるとともに外来生物法で特定外来生物として指定され、その飼養、栽培、保管、運搬、輸入等について規制され、必要に応じて国や自治体が防除を行うことができるようになっている。
ホソオチョウを撮影したのは、2011年に埼玉県所沢市堀の内にある比良の丘と2012年に岐阜県大野町の揖斐川河川敷である。比良の丘は、自然豊かな狭山丘陵の西端に位置し「ところざわ百選」にも選ばれている標高155mの小高い丘である。隣接した早稲田大学のフェンスには、食草であるウマノスズクサが多く絡まっており、その周辺でのみホソオチョウが見られ、ジャコウアゲハよりも圧倒的に多い。繁殖力はかなり高く、生息域はかなり局所的で、個体群密度は非常に高いという印象であった。
写真を撮っていると捕虫網をもった男性がいて、話をしてみると、ホソオチョウを探しているという。ホソオチョウは本場韓国では希少価値が高く、標本用に採集したいとのこと。これが絶滅危惧種のギフチョウ等ならば遠慮して頂きたいが、この時ばかりは、片っ端から採ってくださいと採集に協力したことを覚えている。
それから10年以上経過し、現在の発生状況を確認しようと、先日訪れてみたところ、まったく見当たらなかった。どうやら数年前に姿を消したようだ。発生地が局所的であるため、かつて発生していた多摩川沿いの日野市等のように、集中的な採集によって駆除されたものと考える。しかしながら、情報では昨年(2023年)埼玉県の嵐山付近で目撃されており、揖斐川では今も発生していると聞く。
繁殖力の高さから食草のウマノスズクサを食べつくしてしまったり、草刈等でウマノスズクサが無くなると、飛翔力が弱さから自力での移動ができず、発生地の多くは数年で自然に消滅するとも言われているが、関東及び岐阜県~福岡県に至る地域で、現在も局地的に発生を続けているようである。このことは、人為的な放蝶行為が継続して行われているということを指している。
ホソオチョウは、日本国内に生息するチョウにはない形態と色彩があり美しいが、どんなに綺麗でもホソオチョウは特定外来生物であり駆除の対象である。チョウに罪はなく、特定外来生物ごとにあらかじめ定められた「特定飼養等施設」内のみで飼養することはできるが、野外への人為的放蝶は、違法である。
ホソオチョウは、生態系被害防止外来種リストに掲載されるとともに外来生物法で指定された「特定外来生物」である。特定外来生物とは、外来生物であって、生態系、人の生命・身体、農林水産業へ被害を及ぼすもの、又は及ぼすおそれがあるものの中から指定された種のことである。外来生物は「海外由来の外来種」のことであり、外来種とは、もともとその地域にいなかったのに、人間の活動によって他の地域から入ってきた生物のことを指している。つまり、日本国内のある地域から、もともといなかった地域に持ち込まれた場合も「外来種」になる。このような外来種は「国内由来の外来種」と言われている。
国内由来の外来種として問題になっている種の1つとして北海道沼田町のゲンジボタルが挙げられる。本来、北海道にはゲンジボタルは生息していないが、観光客誘致を目的に本州から人為的に移入したのである。野生生物が本来の移動能力を超えて、国外または国内の他地域から人為によって意図的・非意図的に導入された外来種についてまとめた北海道の外来種リスト-北海道ブルーリスト 2010-(現在、改訂作業中)に記載されており、生態系への影響が懸念されるC群に分類されている。
ゲンジボタルは、北海道だけでなく全国各地で移動・移入が頻繁に行われてきた。現在、東日本一のゲンジボタル発生地とまで言われる長野県辰野の松尾峡ゲンジボタルも、他県から購入したゲンジボタルを何年間にも渡り放流し続け「日本最大の外来ホタル養殖地」とまで言われており、昔から生息していた地域固有のゲンジボタルは、絶滅に瀕しているという。地域固有の遺伝学的特徴が失われる「遺伝学的汚染・遺伝子攪乱」が生じ、地域固有の生態的・形態的な特性も失われている地域が多いのが現状である。
野外の場合、今となっては、これらのホタルを駆除することは難しく、法的規制もない。せめて、近隣に地域固有のホタルがいるならば、それを守り影響を与えないようにすること、そして「ここのホタルは人為的に移入したホタルであり観光・集客目的で増やしている」と、或いはホタルが自生していない川やホテル、料亭の庭園、そしてハウスなどの場合は「どこどこで養殖されたホタルを購入して放している」と、事実ならば明確に公表するべきだろう。そのことで訪れる方が減少したならば仕方のないことであり、見に行かないと決めた方々は、環境や生物多様性保全に関心があり、正しい判断をされたと言えるだろう。
参考:環境省 日本の外来種対策 / 北海道ブルーリスト 2010
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