東京のヒメボタルの発生が始まった。多摩西部の標高700m以上の山間部には、居所的ではあるが、かなり広範囲にヒメボタルが生息している。2004年から観察を続けているが、どの生息地も概ね19時半頃から発光を始め、21時頃までの活動で、生息地ごとの標高やその年の気候によって発生の時期は多少差があるが、全体では7月6日から20日までの2週間が発生時期である。
今回は、2021年から毎年定点観察を行っている生息地を訪れた記録である。当地は、標高1,000mを越えるブナとミズナラ、シラカンバの原生林と杉林からなる秩父多摩甲斐国立公園の一角である。知人T氏によれば、今年は7月7日から発生。前日夕方の雷雨が地上に出てくるためのサインとなったようである。例年では7月10日が初見日であるから、若干早いようである。翌日も観察に訪れていただいたが、発生数が少ないと言う。私が訪れたのは9日だが、やはり発生数が少なく、見渡せる範囲で20頭足らずであった。
9日は、17時半に現地入り。東京都心の最高気温は34.5℃であったが、現地17時半の気温は25℃。心地よい気候の中、生息地内の状況を見て回った。舗装された林道を挟んで杉林とブナの原生林があり、そのどちらにもヒメボタルは飛び交うが、残念なことに杉林は間伐と下草刈りが行われていた。杉林を管理するためには必要不可欠なことであるが、この環境の急変はヒメボタルにとっては打撃である。ただし、杉林を生息環境としてきたからには、長い間で何回もこうした変化はあったはずであり、また、それが生息環境の維持にもつながっているので、今回、ダメージがあっても数年すれば復活するに違いない。
一方、ブナの原生林では異常なまでの乾燥で、地表はカラカラ状態であった。東京は梅雨でありながら、ひじょうに雨が少なく、ここ数日は晴れで猛暑日の連続である。6日の雷雨も一時的なものであり、大地を潤すまでには至らなかった様である。おそらく、杉林の間伐と乾燥が、昨日までの発生数の少なさの原因であるように思われる。
当日の日の入り時刻は19時ちょうど。尾根であるから、なかなか暗くならない西の空が良く見え、しかも薄雲が広がっており、生息地内も暗くなるまで時間を要する。それでも19時35分に足元の草地で発光が始まり、その数は少しずつ増えて行った。しかしながら、最盛時期の発生数とは比較にならないほど少ない。先述のように見渡せる範囲で20頭足らずであり、21時過ぎには発光飛翔する個体はいなくなった。まだ発生初期でもあり、次のまとまった雨に期待し、再度訪れたい。
東京のヒメボタルの生息地では、これまでに杉林とブナ林におけるヒメボタルの飛翔風景は撮影しているので(以下のリンクを参照)、今回は杉林とブナ林を行き来する様子を収めようと林道にカメラを据えた。結果は、予想通りに林道を渡ってくれ、その様子を記録として残すことができた。
私は「ホタルがどんな環境に生息し、どのように光りながら飛んでいるのかが分かるように、そして、その貴重な場面を証拠として残すこと」を目的として写真を撮影しているが、ここで、少しヒメボタルの写真について触れておきたいと思う。
私が東京のヒメボタルの撮影に初めて成功した2009年は、OLYMPUS OM-2というフィルムカメラにネガカラーFUJICOLOR NATURA 1600で撮っており、それまでの数年間は試行錯誤でかなり苦労したが、今ではデジタルカメラで誰でも簡単にヒメボタルの写真を写すことができる。フィルムと同じ長時間露光で撮る方は少数で、大多数の方々はカメラ本体やパソコンにおいて比較明合成という方法で仕上げる。比較明合成は、背景もヒメボタルの光も美しい1枚にすることができる画期的な方法であると思う。ただし、連続シャッターでもタイムラグがあるので、比較明合成したものは時間連続性がないため写真芸術、あるいはホタルの生態学的な観点からは評価の対象外となることは知っておかなければならない。
表現は自由であり、比較明合成によって重ねる枚数も人それぞれであるが、昨今、スマートフォンでニュースを見ていると、ある「ヒメボタルの写真」が話題として取り上げられていた。「幻想的」「こんな光景を見たい」などという反響がすごいと言う。何のことはない比較明合成の写真で、撮影者によれば3時間分をすべて重ねたと言う。まさにヒメボタルの光の洪水である。
表現は自由であり、どんな写真に仕上げようと撮影者の自由であり、それに対して何かを言うつもりはないが、その写真を見た人々が「写真と同じ光景が実在する」と勘違いしてしまうことが恐ろしい。かつてヒメボタル観賞会を行った時、初めてヒメボタルを見たと言う女性の感想は「ガッカリした」であった。写真のようにたくさん光っているものと思っていたらしい。「写真」というものや「撮り方」の知識がなければ、勘違いするのはやむを得ないことかもしれないが、実際に生きているヒメボタルを前にして、感動どころかガッカリとは、こちらがガッカリであった。世にあふれるヒメボタルの写真に騙されてはいけない。
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