花の四日市スワマエ商店街

表参道スワマエ商店街会長のひとり愚痴

吉原手引草

2007年08月24日 | わたくしごと、つまり個人的なこと
松井今朝子著「吉原手引草」は今年、直木賞をとりました。
早速、買い求めて読書中でございますが、まだ三分の一ほどの途中でございます。
週刊現代の「緊急オピニオンワイド だから言わせろ! ニッポンはこう変えろ!!」に松井氏が掲載してみえましたのでご紹介します。
「吉原手引草」は新吉原をめぐる様々な人間、引手茶屋の女将・花魁・振袖新造・楼主・若い者・太鼓持・訪れる客などの話から、以前、花魁 葛城に起きた事件の真相を手繰っていく物語であります。
吉原の風俗を細かに描きながら、葛城という人物が浮かび上がってきます。花魁に何が起きたのか、結末はまだ分かりません。
江戸時代の新吉原は、擬似恋愛空間の原点のような場所でした。金銭を介していたにしても、今の風俗にはない「情」というものがありました。
セックス処理の場であるには違いありませんが、そこまでのステップにいろいろな趣向があって、心のやり取りを楽しんだようです。
現代の男女は、出会いから値踏みで相手を判断してしまう傾向があります。
江戸時代は、仏教的な感覚が強く、欲望は抑えたほうが「美」とされていました。
「子煩悩」の煩悩は、あまり良い言葉ではありません。闇雲に愛することはむしろ恥ずべき行為と見られていました。
お金も欲しいのは当たり前ですが、むき出しに欲しがるのは、愚かしいとされていました。
おごり高ぶった商人は厳しく罰せられ、贈収賄の責を問われた役人は死罪でした。
お上がだらしなければ、打ちこわしだって厭わない。田沼意次の屋敷には物がガンガン投げ込まれました。
最近、お金儲けをして何がいけないの?といわれた方がありました。
それを受け流さないで、どこかで戸惑いやたじろぎを持つ感覚。今の私たちが捨ててはいけない心性だと、松井今朝子氏は書いてみえます。
コメント
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