語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】報酬と賃金は違う ~いま生きる「資本論」(5)~

2018年06月04日 | ●佐藤優
 <ヨゼフ・ピーパーというカトリックの司祭で哲学者が、『余暇と祝祭』という本を書いています。彼は、「人間の本来の目的は休むことであって、労働は苦役である」と言い、賃金と報酬を分けています。賃金は、労働力が商品化されている世界。報酬は、例えばおひねりの世界。舞台を見て気に入ると、役者にカネを包んだおひねりを投げる、あれが報酬です。本来なら貨幣では換算できないようなご恩を受けたから、それを何らかの形でお返しします、というのが報酬なのです。知的な伝授も貨幣では換算できないものですから、賃金形態や対価がある商品形態ではなく、そもそもは報酬という形態でした。
 その報酬の形態が今も日々行われているのは、お布施ですね。最近のお葬式は初七日と四十九日を合わせてやってもらうから、お坊さんはだいたい二回お経を読みます。いったい、いくら払ったらいいんですかと訊いても、「いや、そこはお志(こころざし)で」としか言われません。「お志で」という世界が、本来の報酬なのです。だから、ときどき寺のホームページなんかに初七日と四十九日を合わせて経を読むと三割引きとか、お布施の目安を書いてあるところが現れますが、仏教界から非常に批判されます。〈坊主丸儲け〉とは言うけれど、商品経済の原理と宗教とはなかなか馴染みにくいのですね。
 この報酬というものは、宗教関係はともなく、資本主義が進んでいくと、商品化の中でほぼ賃金形態に組み込まれていってしまいます。例えば植木職人の対価は本来、賃金ではありませんでした。われわれが講義したことでもらう対価も賃金ではなかった。ただし、今でも一物一価の法則は適用されませんよね。例えばこの講座は新潮社から話があったから私は引き受けているわけで、もし講演企画会社から来たら何十万円とかになるわけでしょう。渡井はその手のものを一切引き受けませんけれど、もし引き受けたとして、話す内容はここと一緒ですよ。すると、一物一価の法則が対応しないわけです。
 あるいは、鈴木宗男さんが党代表をつとめる新党大地の勉強会に行って、ウクライナ情勢のブリーフするのはタダでやっています。こういうところに、資本主義的なシステムとは違う、直接的な人間関係があるわけです。そういう直接的人間関係の世界は、商品経済の論理とは関係がないんです。裏返して言うと、みなさんだって、経済合理性とは違う理由でこの講座に参加しているんだと思います。この講座に来なくても死ぬことはないわけですね。ただ、この講座に来ると、世の中がちょっと違うふうに見えてくるという効果はあるかもしれません。>

□佐藤優『いま生きる「資本論」』(新潮社、2014)の「6 直接的人間関係」の「報酬と賃金は違う」から一部引用

 【参考】
【佐藤優】剰余価値の作り方:労働時間延長と労働強化 ~いま生きる「資本論」(4)~
【佐藤優】制約条件をわかった上でやる、突き放して見る ~いま生きる「資本論」(3)~
【佐藤優】アベノミクスとファシズム ~いま生きる「資本論」(2)~
【佐藤優】親の収入・学歴と、子どもの学力の関係 ~いま生きる「資本論」(1)~



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