語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【司馬遼太郎】『竜馬がゆく』

2016年08月15日 | 小説・戯曲

 古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。

 司馬遼太郎が描くところの坂本竜馬をひと口でいえば、可能性である。竜馬がはらんでいた豊かな可能性がたっぷりと描かれている。
 竜馬がなし遂げたことは殆どない。国家の枠を越えた市民、コスモポリタンの夢は夢で終わり、明治以降もごく少数が個人的に実現しただけである。海外に目を向けながら、語学を修得する根気も時間も持たなかった。船を愛しながら、幾隻も沈めてしまった。前代未聞の株式会社、海運業も萌芽にとどまった。かろうじて薩長連合の仲介役としてのみ歴史に名を残した。
 しかし、何と魅力的な生涯だろう。むろん司馬遼太郎の才筆があってのことだが、全編、すみずみまで青春の香気を感じる。香気はもとより譬えである。実物は蓬髪、垢まみれ、近寄れば異臭がしたらしい。が、かかる無頓着ぶりさえ魅力をおぼえる。無頓着は包容力につうじる。包容力は、男女さまざまの人々を惹きつけた。その最大の人は勝海舟である。勝との出会いは竜馬の運命を変え、暗殺されずに明治の代まで生きのびたら大きく花開いたはずだった。
 いや、歴史に「もしも」はない。さればこそ、彼の非命は哀惜を人びとに呼び起こすのだ。

□司馬遼太郎
 『竜馬がゆく 立志編』(文藝春秋社、1963)
 『竜馬がゆく 風雲編』(文藝春秋社、1964)
 『竜馬がゆく 狂瀾編』(文藝春秋社、1964)
 『竜馬がゆく 怒濤編』(文藝春秋社、1965)
 『竜馬がゆく 回天編』(文藝春秋社、1966)
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