大湯ストーンサークル
タイトルに大湯ストーンサークルと黒又山と書いたが、私以外はその前日に岩木山に登った。この旅は本当に不思議なスポットが多く、20年ぶりの東北という事もあり、何もかも珍しく、楽しかった。
4月の末頃、岩木山にお参りするとノワタリさんから連絡が来た。「後、十和田湖に行くけれど、他に何かありますかね。」と言われた。青森県の事を調べていたが、ノワタリさんは「違うな~。」と言われ、後がなかなか決まらなかった。しかし、地図を見ているうちに大湯のストーンサークル、黒又山、新郷村の大石神ピラミッドにたどり着いた。2泊3日で行く事になったが、他の人のチケットは手配したものの、決心が付かなかった。やっと決めた時には、早割りの期限は過ぎており、連休の為、チケットは取りにくく、夜行で弘前まで行こうかとも思ったが、に乗るまでも大変だし、結局、を旅行社にとって貰った。それでも、帰路は三沢空港からになってしまった。
7月14日の夜に出発して翌朝神戸から伊丹空港に出た。手続きをしようとしたら、受け付けてくれない。係員に頼むと何と!前日のチケットだった。8時15分発だが、まだ、7時になっていないので、キャンセル待ちの1号だった。席数よりもチケットを多く売っていて調整していたが、やきもきしながら待ち続けた。やっと8時過ぎにこられない人があるらしく、乗せて貰った。
席に案内されると私の席は窓際だった。通路側にかなり御年のおばあちゃんと付き添いらしいおばさんがいた。そのまま席をつめてもらおうかと思ったが、20年近く、東京から北は行ったことがなく、景色が見たかったので、一旦立っていただき、窓際の席に座った。
ほっとして雑誌を開いた途端、今度は降りてくれと言う。仕方なくを降り、気落ちしてターミナル引き返していると、3人の若い男性がバタバタと走りこんでくるのとすれ違った。ノワタリさんには「乗れない」「乗れた」「駄目だった」とその間、メールを送っていた。天罰である、譲っていただいた席なのに、私は譲らず、おばあちゃんを立たせてしまった。外が見たいなどというスケベ根性を出してしまった為、しっぺ返しが来たと思った。もう、東京から乗り継いでも、岩木山には登れない。どうしようと思ったが、大急ぎで新大阪に行き、新幹線を乗り継ぎ、弘前まで列車で行く事にした。しかし、切符売り場の係りの人に「弘前まで」と言うと「はぁ?」と聞き返された。あまり、弘前まで列車で行く人はいないみたいだ。そして「これが一番連絡がよく早いけど、乗り遅れたら大変ですよ。」と言って、10時過ぎの切符を渡された。
しかし、思いのほか列車の旅は楽しく、実際よりも時間を感じなかった。東京まではビジネス客と思われる人や若い人が多かったが、東北新幹線はのんびりして中年の女性客や中国人の女性のグループがトランプなどをしていた。車窓の風景も仙台を過ぎると、だんだん長閑な田園風景になった。田んぼや林、沼が多かった。線路際の田が休耕田になっているのが目に付いた。八戸から青森までは 北海道行きの特急に乗った。もうそろそろ、夏休みという事もあってか、学生風の男の子達のグループが多く、活気があった。乗換えごとに電車は小さくなり、遅くなった。本当に、望み通り1日中景色を目いっぱい見せてもらった。弘前駅に着く頃には暮れかかり、6時を回っていた。
夜は、あれこれ探して津軽三味線の弾き語りのある居酒屋さんに行った。とても迫力があり、食べ物も美味しく、特に黒石豆腐?は美味しかった。ただそこに、隣町の家族いたのには互いに驚いた。息子さんが転勤でこちらに住んでいるのでやって来たとの事。
翌朝は良い天気で大湯の環状列石に行った。お清めした後、私達ははだしになり、円形になっている木の中に入って瞑想したり、その場のエネルギーを感じたりした。身に付けているリングや数珠にそのエネルギーを頂いた。
クロマンタは人工ピラミッドだという。ストーンサークルから出て、間違えて反対方向に走り、行ったり来たりして三角の山を探し走っていたら、案内板があった。思ったより低く、あきらかに鳥居をくぐり、登っていくと土の色が黒くなりそれまでと違った。ウチダさんが「上空から透視したら中の構造が見えて面白いだろうな」と言っていた。
山頂の境内を清め、私達はお参りしてノワタリさんは歌って清め、ご挨拶をして下山した。それから、十和田湖経由で新郷村に向かった。
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