■念入りに殺された男/エルザ・マルボ 2020.9.21
三日前、わたしは男をひとり殺した。わたしの顔を見て、その事実に気づく人はいるだろうか?
『念入りに殺された男』 裏表紙の筋書きを確認後、読み進んでいくとアレックスは、はたしてうまくやりおおせるのか。その結末は如何に。それが気になりページは大いに進む。
「極めて独創的な物語。リアリティーが許容範囲ぎりぎりな箇所はあるものの、確かな筆力で読み手をとらえて離さない」(フランス/リベラシオン紙)
まさに、そのとおりの面白さ。
時間を忘れて楽しめるミステリーの一冊でした。
読後
主人公のアレックスは、精神的にかなり複雑な女性です。
彼女が、このような体験の後、フランスの片田舎に舞い戻り平凡な主婦を続けられるとは信じがたい。
それに、私立探偵パンジャマン・ブリュネルがあそこまでアレックスに迫っていながら、以後、黙って見過ごすとは考えられない。
エレオノール・ドッレルムの秘密が、何時までも謎のままであり続けられるだろうか。
「訳者あとがき」によれば、「著者は本書の続編の執筆に取り組んでいるとのこと」とある。
その後のアレックスの興味深い物語が、明かされるのかも知れない。
アレックスは日常の繰り返し、そのなかに潜むささやかな幸せ、そして習慣が不安を消し去ってくれる一瞬一瞬を愛していた。そうしたものを慈しむことをあきらめのひとつのかたちとみなす人はそれが誰であれ、人生の本質を見失っているのだと彼女は思う。
収容されたサンタンヌ精神科病院の医師たちはそれぞれ、分裂気質の人格障害、<社交不安障害>、ただのうつ症状といった診断を下した。そして四週間にわたって抗うつ薬を投与したことと病院のベッドが足りないことを理由に、アレックスを退院させた。彼女は諸悪の根源はパリだと考え、精神の健全さを保つために田舎へ戻ることにした。
ベリエの話にすっかり夢中になった。作家は喧噪と光に満ちた遠いパリの暮らしを語ってくれた。才能があって世に認められた男の、その手にかかればすべてを実現しうる男の人生の話を。そしてそれはおそらく、成功していたならばアレックス自身が送ったであろう人生だった。
“今夜は待たないでくれ。黒くて白い夜になる”彼はその夜にみずから命を絶つと決めていた。だが、自殺の直前の行動はわかっていない。そんな事情を知って以来、“黒くて白い夜になる”という一文がわたしの頭にこびりついて離れなくなった。
あんな途方もない大罪を犯したあと、舞台からそっと姿を消すことなどできやしない。
デュポン・ド・リゴネスのような男は、自分が犯した殺人をなんとしてでも物語に変えようとするものなのだ。
どこかよそで生き、どこかよそで死んでもらわなければならない。ここから遠く離れた場所で。
ベリエに別の物語をつくってやる必要がある。そして彼の死に、もうひとつ別のシナリオを与えるのだ。
海で死ぬのがあらゆる面から見て最善だとアレックスには思われた。海は広大だから、遺体が見つからなくても不思議ではない。それになにより、海はベリエのイメージにぴったりだ。なにしろ彼は水のように絶えず様相を変え、とらえどころがなく、きらめきを放ちながら黒々としたものを隠し持っていたのだから。
“最悪の事態を想定せよ。それでも現実はその上を行く”
パンジャマン・ブリュネルのほうは疑念を強めたのだろう、立ち去る間際にこう耳打ちしてきた。
「わたしは驚きませんよ。あなたがついた嘘のなかに、真実がいくらかまじっていたとしても」
どんなけだものでも、獰猛さでは人間に劣る。どんな動物でも、残酷さにおいて人間にはかなわない。
『 念入りに殺された男/エルザ・マルボ/加藤かおり訳/ハヤカワ・ミステリ 』
三日前、わたしは男をひとり殺した。わたしの顔を見て、その事実に気づく人はいるだろうか?
『念入りに殺された男』 裏表紙の筋書きを確認後、読み進んでいくとアレックスは、はたしてうまくやりおおせるのか。その結末は如何に。それが気になりページは大いに進む。
「極めて独創的な物語。リアリティーが許容範囲ぎりぎりな箇所はあるものの、確かな筆力で読み手をとらえて離さない」(フランス/リベラシオン紙)
まさに、そのとおりの面白さ。
時間を忘れて楽しめるミステリーの一冊でした。
読後
主人公のアレックスは、精神的にかなり複雑な女性です。
彼女が、このような体験の後、フランスの片田舎に舞い戻り平凡な主婦を続けられるとは信じがたい。
それに、私立探偵パンジャマン・ブリュネルがあそこまでアレックスに迫っていながら、以後、黙って見過ごすとは考えられない。
エレオノール・ドッレルムの秘密が、何時までも謎のままであり続けられるだろうか。
「訳者あとがき」によれば、「著者は本書の続編の執筆に取り組んでいるとのこと」とある。
その後のアレックスの興味深い物語が、明かされるのかも知れない。
アレックスは日常の繰り返し、そのなかに潜むささやかな幸せ、そして習慣が不安を消し去ってくれる一瞬一瞬を愛していた。そうしたものを慈しむことをあきらめのひとつのかたちとみなす人はそれが誰であれ、人生の本質を見失っているのだと彼女は思う。
収容されたサンタンヌ精神科病院の医師たちはそれぞれ、分裂気質の人格障害、<社交不安障害>、ただのうつ症状といった診断を下した。そして四週間にわたって抗うつ薬を投与したことと病院のベッドが足りないことを理由に、アレックスを退院させた。彼女は諸悪の根源はパリだと考え、精神の健全さを保つために田舎へ戻ることにした。
ベリエの話にすっかり夢中になった。作家は喧噪と光に満ちた遠いパリの暮らしを語ってくれた。才能があって世に認められた男の、その手にかかればすべてを実現しうる男の人生の話を。そしてそれはおそらく、成功していたならばアレックス自身が送ったであろう人生だった。
“今夜は待たないでくれ。黒くて白い夜になる”彼はその夜にみずから命を絶つと決めていた。だが、自殺の直前の行動はわかっていない。そんな事情を知って以来、“黒くて白い夜になる”という一文がわたしの頭にこびりついて離れなくなった。
あんな途方もない大罪を犯したあと、舞台からそっと姿を消すことなどできやしない。
デュポン・ド・リゴネスのような男は、自分が犯した殺人をなんとしてでも物語に変えようとするものなのだ。
どこかよそで生き、どこかよそで死んでもらわなければならない。ここから遠く離れた場所で。
ベリエに別の物語をつくってやる必要がある。そして彼の死に、もうひとつ別のシナリオを与えるのだ。
海で死ぬのがあらゆる面から見て最善だとアレックスには思われた。海は広大だから、遺体が見つからなくても不思議ではない。それになにより、海はベリエのイメージにぴったりだ。なにしろ彼は水のように絶えず様相を変え、とらえどころがなく、きらめきを放ちながら黒々としたものを隠し持っていたのだから。
“最悪の事態を想定せよ。それでも現実はその上を行く”
パンジャマン・ブリュネルのほうは疑念を強めたのだろう、立ち去る間際にこう耳打ちしてきた。
「わたしは驚きませんよ。あなたがついた嘘のなかに、真実がいくらかまじっていたとしても」
どんなけだものでも、獰猛さでは人間に劣る。どんな動物でも、残酷さにおいて人間にはかなわない。
『 念入りに殺された男/エルザ・マルボ/加藤かおり訳/ハヤカワ・ミステリ 』