■ロンドン謎解き結婚相談所/アリスン・モントクレア 2022.5.16
『 ロンドン謎解き結婚相談所 』 を読みました。
第二次大戦中に情報活動に従事していたアイリスと上流階級出身のグウェン。
全く性格の異なる二人が戦果の爪痕の残るロンドンで、ひょんなことから、結婚相談所を共同経営することになる。
軽快な物語の展開とウィットとユーモアに富む会話。
魅力的な登場人物たち。
楽しくて、面白い、最高にチャーミングなミステリーでした。
ドアをあけた女性はティリーと同じ背丈で髪は褐色、二十二歳のティリーよりもおそらく六、七歳上だった。彼女は興味津々のまなざしですばやくティリーを見てから、にっこり微笑んだ。
「ミス・ラ・サル、ね? さ、どうぞ、入って」
「はじめまして、どうぞよろしく」ブルネットの女性がすらすらと話しだした。「わたしはアイリス・スパークス。スパークスと呼んでね。
左の机に向かっていた。やけに背の高い女性が優雅に立ち上がり、握手しに近づいてきた。「ごきげんよう、ミス・ラ・サル」
「いずれわかるでしょうけど」スパークスが続けた。「いうまでもなく、入会すれば結婚できるという保証はできないの」
「結婚すれば幸せになれるともかぎらないし」とミセス・ベイブリッジ。「それはあなた方しだい」
「でもうちは開業から三か月で七組のカップルを結婚させてるのよ」
「七組!」ティリーは声をあげた。「たった三か月で? 婚約期間がそんなに短いなんて!」
「戦争が終わって、人は一刻も早くまた正常な暮らしをはじめたがっているの」ミス・ベイブリッジがいった。「大勢が亡くなって、街は荒廃していて----」
「たしかに、この建物がまだ立っているのはすごいことだわ」
「左には焼夷弾、右にはぶんぶん爆弾が落ちたのよ」スパークスがいった。「なのにここはこのとおり、こうしてわたしたちがいる」
「それでこの場所を選んだというわけ」ミセス・ベイブリッジがいう。「ここのなにかが“希望”といっている気がしない?」
「ほんとね」ティリーはうなずいた。「あたしにも希望がいくらか残ってるといいな」
「ひとつ訊きたいんだけど。おふたりがいちばんいい男を自分のものにしないって、どうしてわかるの?」
「お客様とはデートしないという確たるポリシーがあって」スパークス。「ちゃんと契約書にも明記しているわ。第七項」
「いいえ」静寂のなかで彼女はいった。「あの男はもうわたしの人生の一部じゃないわ、マイク。それにだれの人生にもいない。彼自身のも含めて」
「ばかにしないで」
「してない。つまりいいたいのは、わたしはあなたみたいじゃないってこと。わたしは破壊的な人間なの。世間に対しても、自分自身に対しても。わたしはミダス女王、ただし手をふれた物すべてが金じゃなくて酸に変わる。物ばかりか----戦争中わたしがやろうとしてたことさえも----」
「それについては話せないんでしょ」
「それについては話せないけど、結局みじめにしくじったせいで----」
アイリスは言葉を呑みこみ、両手をこぶしに固めて机を叩き、怒りの咆哮をあげた。
ペーパークリップがそこらじゅうで飛び跳ねた。
「あの憎たらしい戦争を生き延びて、その後あなたと出会って、ふと気づけばこうして前向きなことをしたている。ブライドをもてて、慰めも得られる仕事に就いて、自分で生活費を稼いでることはいうにおよばず、なんとこのアイリスがこれまでになく他人の世話を焼いてる。しかもそれをべつの女性と一緒にやってるの、女性らしさのこの上ない見本のような人と----」
「そこまでにして」グウェンが命じた。
「わたしがいいたいのはね、この正気じゃない事業を開始したいちばんの理由は、男たちの言いなりになる人生にはほとほとうんざりしてたから。自分の生き方は自分で決めたかったから。なのにいまそれが脅かされている、どこぞのいかれた男が無垢な女性にナイフを突き立てたせいで」
「いつかは戦争のことを正直に話してくれるかしら」
「あなたは人生のことをなにもかも打ち明けましたか」
「全然」
『 ロンドン謎解き結婚相談所/アリスン・モントクレア/山田久美子訳/創元推理文庫 』
『 ロンドン謎解き結婚相談所 』 を読みました。
第二次大戦中に情報活動に従事していたアイリスと上流階級出身のグウェン。
全く性格の異なる二人が戦果の爪痕の残るロンドンで、ひょんなことから、結婚相談所を共同経営することになる。
軽快な物語の展開とウィットとユーモアに富む会話。
魅力的な登場人物たち。
楽しくて、面白い、最高にチャーミングなミステリーでした。
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ドアをあけた女性はティリーと同じ背丈で髪は褐色、二十二歳のティリーよりもおそらく六、七歳上だった。彼女は興味津々のまなざしですばやくティリーを見てから、にっこり微笑んだ。
「ミス・ラ・サル、ね? さ、どうぞ、入って」
「はじめまして、どうぞよろしく」ブルネットの女性がすらすらと話しだした。「わたしはアイリス・スパークス。スパークスと呼んでね。
左の机に向かっていた。やけに背の高い女性が優雅に立ち上がり、握手しに近づいてきた。「ごきげんよう、ミス・ラ・サル」
「いずれわかるでしょうけど」スパークスが続けた。「いうまでもなく、入会すれば結婚できるという保証はできないの」
「結婚すれば幸せになれるともかぎらないし」とミセス・ベイブリッジ。「それはあなた方しだい」
「でもうちは開業から三か月で七組のカップルを結婚させてるのよ」
「七組!」ティリーは声をあげた。「たった三か月で? 婚約期間がそんなに短いなんて!」
「戦争が終わって、人は一刻も早くまた正常な暮らしをはじめたがっているの」ミス・ベイブリッジがいった。「大勢が亡くなって、街は荒廃していて----」
「たしかに、この建物がまだ立っているのはすごいことだわ」
「左には焼夷弾、右にはぶんぶん爆弾が落ちたのよ」スパークスがいった。「なのにここはこのとおり、こうしてわたしたちがいる」
「それでこの場所を選んだというわけ」ミセス・ベイブリッジがいう。「ここのなにかが“希望”といっている気がしない?」
「ほんとね」ティリーはうなずいた。「あたしにも希望がいくらか残ってるといいな」
「ひとつ訊きたいんだけど。おふたりがいちばんいい男を自分のものにしないって、どうしてわかるの?」
「お客様とはデートしないという確たるポリシーがあって」スパークス。「ちゃんと契約書にも明記しているわ。第七項」
「いいえ」静寂のなかで彼女はいった。「あの男はもうわたしの人生の一部じゃないわ、マイク。それにだれの人生にもいない。彼自身のも含めて」
「ばかにしないで」
「してない。つまりいいたいのは、わたしはあなたみたいじゃないってこと。わたしは破壊的な人間なの。世間に対しても、自分自身に対しても。わたしはミダス女王、ただし手をふれた物すべてが金じゃなくて酸に変わる。物ばかりか----戦争中わたしがやろうとしてたことさえも----」
「それについては話せないんでしょ」
「それについては話せないけど、結局みじめにしくじったせいで----」
アイリスは言葉を呑みこみ、両手をこぶしに固めて机を叩き、怒りの咆哮をあげた。
ペーパークリップがそこらじゅうで飛び跳ねた。
「あの憎たらしい戦争を生き延びて、その後あなたと出会って、ふと気づけばこうして前向きなことをしたている。ブライドをもてて、慰めも得られる仕事に就いて、自分で生活費を稼いでることはいうにおよばず、なんとこのアイリスがこれまでになく他人の世話を焼いてる。しかもそれをべつの女性と一緒にやってるの、女性らしさのこの上ない見本のような人と----」
「そこまでにして」グウェンが命じた。
「わたしがいいたいのはね、この正気じゃない事業を開始したいちばんの理由は、男たちの言いなりになる人生にはほとほとうんざりしてたから。自分の生き方は自分で決めたかったから。なのにいまそれが脅かされている、どこぞのいかれた男が無垢な女性にナイフを突き立てたせいで」
「いつかは戦争のことを正直に話してくれるかしら」
「あなたは人生のことをなにもかも打ち明けましたか」
「全然」
『 ロンドン謎解き結婚相談所/アリスン・モントクレア/山田久美子訳/創元推理文庫 』
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