朝ゆっくり起きて年賀状の追加分を書いてから大学に行きました。大学では・・・書類やプリントやコピーの山が大雪崩を起こしていて、床に散乱したのを集めていると普段掃除してない床の汚さを実感して正月の3日から掃除をする羽目に・・・
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今日3日(水)の天気予報全国的に天気崩れる地震被害の石川などは雨で土砂災害に警戒
明日1月4日(木)の天気予報
太平洋側は日差しが届く 北陸は雨で引き続き土砂災害に注意を(ウェザーニュース)
北陸 地震被災地、雨脚が強まる 土砂災害と寒さに十分注意 3連休は雪も (tenki.jp)
実験室では実験台の上の洗ビンが転がってたくらいでした。
今日金沢にいるだけで何度かしっかりした地震を感じました。しばらく余震の日々が続くんでしょうね。
さて、日本のことたまには褒めてもらいましょう。
日本はいかにして地震と共に生きるすべを学んだのか……前BBC東京特派員 (BBC)
〈以下引用〉
2011年のあの恐ろしい気持ちを、今回多くの人が追体験しただろう。発表によると、数十人が亡くなったとすでに確認されており、さらに増えるおそれがある。被災地の各地で道路や橋が破壊された。何百棟もの建物が崩れ、多くの人が閉じ込められた。大規模な土砂崩れも起きた。
それでも、大多数の建物はまだ建っている。富山や金沢などの大都市ではすでに、ある程度は、いつも通りの暮らしが戻っているようだ。
〈中略〉
1995年に阪神・淡路大震災があり、日本はさらに多くの教訓を得た。
やがて、2011年3月11日にマグニチュード9.0の巨大地震が発生した。東京の震度は5だった。関東大震災と同程度の揺れの強さだった。
1923年の地震では、東京はぺしゃんこになった。14万人が死亡した。2011年の地震では、東京の巨大な高層ビルは激しく揺れ、窓は粉々に割れた。それでも東京で高層ビルが崩れることはなかった。2011年の地震であれほど多くの犠牲者が出たのは、地面の揺れにも増して、それが引き起こした津波によるところが大きかった。
これほどの地震を経験しながら、もっとひどい被害が出ない国は、地球上では日本以外、考えにくい。
今回の大地震で浮上した課題は「過疎地」での被災をどう軽減するかだと思う。陸路が簡単に寸断される。人々は閉じ込められライフラインは途絶する。
それからこれも海外からの称賛。
「血で書かれた」安全基準 全乗客の命を救ったJALの徹底意識、契機は40年前の惨事 (CNN)
〈以下引用〉
「映像を見て、全員が脱出できたことに驚き、安堵(あんど)した」。こうした事故に詳しい英クランフィールド大学のグラハム・ブレイスウェイト教授はそう語る。
「しかし同航空について私が知っていることや、同社が安全対策と乗員の訓練にどれほど力を注いできたかを考えると、彼らがあれほど素晴らしい仕事をしたという事実は驚くにはあたらない」
ブレイスウェイト氏によると、JALをこれほど安全な航空会社へと変えさせた転機は、40年近く前に起きた惨事だった。
〈中略〉
何百人もの生命を救うためには乗員の迅速な対応が不可欠だった。JAL機は滑走路上で停止した数秒後に脱出シュートが展開され、機内に煙が充満する中で、搭乗者が素早く脱出した。
「極限状態における教科書のような避難だったように見え、操縦士と乗員、乗客に強い感銘を受けた」。匿名で取材に応じた欧州の大手航空会社の操縦士はそう振り返り、「現代の航空機の頑丈な性質と、操縦士の異常事態に対する対応訓練が何十年もの間に進化して、我々は今、航空史上、最も安全な場所にいる」と語る。
「航空機の大型化に伴って手順が改良され、90秒で全乗客が避難できる。航空会社によっては、明らかな惨状の際には客室乗務員が避難を開始でき、機長の指示を待つ間の貴重な数秒を無駄にせずに済むようになった」
一方、乗客の側にも今回の事故から学ぶべき教訓がある。
JAL機の乗客は手荷物を全て残したまま避難した。
CNNの取材に応じた女性は、同機に搭乗していた夫が携帯電話だけを持って避難し、ほかの手荷物は全て機内に残してきたと証言した。
欧州航空大手のパイロットは、「これはさまざまな航空会社や文化に共通する課題だ。中には自分の手荷物や所持品を、ほかの乗客の安全よりも優先する人がいる」と打ち明ける。
航空会社が緊急時にこうしてくれっていう指示の影には、これまでの「幸運でなかった人たちの血によって書かれた」記録があるわけでして自分勝手な行動をとると自分だけではなく他の乗客の命も危険に晒します。災害の百貨店みたいな土地に住む私たちは常に肝に銘じておかねば。
本日のお酒:美丈夫 純米大吟醸 舞 + 立山 特別本醸造
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