第九章(2)
無眼界乃至無意識界
この「十八界」が我々から知る世界だ。
それにしても・・・感心するなぁ・・・。
「六根」「六境」「六識」という区別。
感覚器官と対象物と心を分けた洞察力。
冥想という方法無しでは観えないだろうなぁ。
まぁ、通常の我々が知る世界観だ。
だから、これを「煩悩」と表現する事もある。
つまり、我々は煩悩の世界で生きているのだ。
煩悩、万歳なのだ。
煩悩を否定するのなら、存在も否定する事になる。
煩悩は、気づきを含めて、とても大切な土台なのだ。
「無」を「なし」と訳すと、煩悩を否定する。
「この世には煩悩など無い!」などと言ってしまう。
言った人は心の中で煩悩が渦巻いているのを知っているのに。
あるいは、無理やり「ない!ない!」とする。
だから、少しも幸せになれない。
煩悩を否定すれば、幸せにはなれないのだ。
こんなの、当たり前なのになぁ。
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