8月6日、広島は祈りに包まれる。原水爆禁止世界大会が毎年ヒロシマで開かれている。私が最初に参加したのは確か、大学1年か2年生の時。当時の岩手大学では学生自治会やサークル団体が中心になり、市内の戸別訪問や街頭署名募金を行い、その取り組みをへて、毎年、学生代表団を広島に送っていた。確か、10~20名に及ぶ代表団。1970~71年ころか。
就職して都内の障害児学校に勤務。教職員組合の活動の中で、何度か障害児学校の代表団として世界大会に参加。被爆者の「原爆許すまじ」「核兵器をなくして」の願いに接してきた。
平和式典にも遠くから参加。8月6日の広島は、朝早くから平和公園を中心に祈りに包まれる。私も早朝平和公園を歩いたことを思い出す。
平和公園内にある朝鮮半島出身者の慰霊墓。伝統的な墳丘型の慰霊墓。原爆の犠牲者は日本人だけでなく、朝鮮半島出身者、捕虜のアメリカ兵なども忘れてはならない。