大野教室はかつて大野八一雄七段と植山悦行七段の2人講師体制だったが、現在は大野七段のみの指導である。それゆえ、若干単調さも生じてきた。
それを補うためか、大野教室では女流棋士の指導対局会を行うことにした。その第1弾が昨年11月23日の渡部愛女流二段の巻である。もっとも大野七段と渡部女流二段は旧知の仲なので、彼女の登板は予想されたところであった。
渡部女流二段はもちろんいい人選だが、私は室谷由紀女流二段をはじめ、ほかの独身女流棋士もお願いしたい。だが大野七段は致命的なまでに女流棋士の知己がいない。そこでスタッフのW氏や私は大野七段に、「女流棋士の顔と名前を覚えること」「女流棋士に営業すること」を課したのであった。
大野七段もよく営業し、結果、和田あき女流初段、宮宗紫野女流初段(残念ながら結婚してしまった)、中村真梨花女流三段と、いろいろな女流棋士の指導対局会を催してきた。
大野七段は「女流棋士の指導対局会を月1回したい」と意気込んだが、ここ最近はまさにそのペースで、有言実行はさすがだった。
だがそこに、室谷女流二段の名前はない。室谷女流二段は女流棋界人気ナンバー1で、あっちこっちのイベントに引っ張りだこである。まさに超多忙で、いかな大野七段といえども、室谷女流二段を落とすことは無理に思われた。
そんな10月19日、大野教室のHPを見たら、室谷女流二段の指導対局の告知があってびっくりした。これ、男性棋士なら羽生善治棋聖の指導に匹敵する。大野七段は実にすごいことをやってのけたのだ。
指導日は11月23日。奇しくも第1回の指導対局会と同じ日である。募集はいつもより1人多い6面指しの3回転。なんだかひっそりと告知された感もあったが、人気者の彼女のこと、席はすぐに埋まると思った。
ところで私の立場はどうか。この指導対局会は指導のほかに、大野教室を知ってもらうための入口、という意味合いもある。極論すれば、教室のレギュラーが参加するより、全員新参で固めたほうが教室の立場としてはありがたいのだ。ゆえに私は、参加に消極的だった(そんなわけで、昨年11月23日の渡部女流二段の回にも、私は参加していない)。
だから講師が室谷女流二段でも無視していたのだが、HPは毎日チェックしていた。予約の埋まりは意外に緩やかで、きのうは2席、今日は1席、という按配である。やはりHPを見る人が少ないのだろう。私はその経過を横目に、それはそれで複雑な気分だった。
10月29日(日)、私は社団戦の最終日に参加した。この時点で室谷女流二段の空きは、1部(10時~)が2席、3部(16時~)が1席あるだけだった。
朝、Kaz氏に参加の有無を聞かれたが、「しない」と答えた。この時点では。
だが私は大野教室にだいぶ参加しているし、それはふつうに、参加の権利があるともいえる。しかも私は19日に告知を確認しているのだ。これから予約をしようという人に気兼ねして、席を譲る必要もあるまい。
私は遅まきながら、1部に申し込んだ。もし2席が先に埋まっていたら、それはそれでしょうがないと思った。
その後W氏から返事が来て、私の参加が決まった。ついに室谷女流二段と初手合わせである。
11月23日当日、ドキドキしながら川口駅を降りる。その道すがら、私の横をKur氏が抜いて行った。
彼は自販機でドリンクを買って、私を見た。私に限らないが、講師が室谷女流二段だから参加した、という手合いは多いに違いない。
10時48分ごろ入室すると、室谷女流二段は着座していた。生の室谷女流二段を拝見するのは4月30日のシモキタ名人戦以来。指導対局はもちろん初めてで、感激である。
すぐに1人入室して、合計6人になった。
W氏が各人に写真撮影の了承を聞いて回っている。以前この教室で頭頂部のアップを載せられたことがあるので私は拒絶したいのだが、いまさらそうもいくまい。
まだ対局開始まで間があるが、全員が着座したので、もう駒を並べてしまう。
私は右から2番目。右の人相手に室谷女流二段が「王」を置き、私に移った。
「オオサワと申します…ヨロシクおね……」
室谷女流二段はここでも「王」のみを置き、左に移る。これは私が上手の駒を並べてもいいということだろうか。「王」を見ると、マス目にかかっている。これは駒をマス目上に置く「有吉式」だ。
私は自分の駒を並べつつ、上手の駒も注意深く並べる。結局、すべて駒を並べてしまった。
右の男性は飛車落ち。室谷女流二段が初手を指して、私を見た。
「初めて…ですね」
指導対局どころか、言葉を交わすのも初めてである。
「…はい。手合いは、平手でよろしいでしょうか。先生も平手を指したいでしょ? 平手がお好きそうだし」
室谷女流二段が苦笑して、平手戦になった。
2010年7月17日、第4期マイナビ女子オープンの公開対局で室谷女流3級を拝見し、一発でファンになってから7年4ヶ月。ついに盤を挟んだことに、私は感激で一杯である。今日は悔いのない将棋を指さねばならない。
初手からの指し手。▲7六歩△3四歩(第1図)
室谷女流二段は振り飛車でくるだろう。そこで3手目、私に用意していた手があった。
(つづく)
それを補うためか、大野教室では女流棋士の指導対局会を行うことにした。その第1弾が昨年11月23日の渡部愛女流二段の巻である。もっとも大野七段と渡部女流二段は旧知の仲なので、彼女の登板は予想されたところであった。
渡部女流二段はもちろんいい人選だが、私は室谷由紀女流二段をはじめ、ほかの独身女流棋士もお願いしたい。だが大野七段は致命的なまでに女流棋士の知己がいない。そこでスタッフのW氏や私は大野七段に、「女流棋士の顔と名前を覚えること」「女流棋士に営業すること」を課したのであった。
大野七段もよく営業し、結果、和田あき女流初段、宮宗紫野女流初段(残念ながら結婚してしまった)、中村真梨花女流三段と、いろいろな女流棋士の指導対局会を催してきた。
大野七段は「女流棋士の指導対局会を月1回したい」と意気込んだが、ここ最近はまさにそのペースで、有言実行はさすがだった。
だがそこに、室谷女流二段の名前はない。室谷女流二段は女流棋界人気ナンバー1で、あっちこっちのイベントに引っ張りだこである。まさに超多忙で、いかな大野七段といえども、室谷女流二段を落とすことは無理に思われた。
そんな10月19日、大野教室のHPを見たら、室谷女流二段の指導対局の告知があってびっくりした。これ、男性棋士なら羽生善治棋聖の指導に匹敵する。大野七段は実にすごいことをやってのけたのだ。
指導日は11月23日。奇しくも第1回の指導対局会と同じ日である。募集はいつもより1人多い6面指しの3回転。なんだかひっそりと告知された感もあったが、人気者の彼女のこと、席はすぐに埋まると思った。
ところで私の立場はどうか。この指導対局会は指導のほかに、大野教室を知ってもらうための入口、という意味合いもある。極論すれば、教室のレギュラーが参加するより、全員新参で固めたほうが教室の立場としてはありがたいのだ。ゆえに私は、参加に消極的だった(そんなわけで、昨年11月23日の渡部女流二段の回にも、私は参加していない)。
だから講師が室谷女流二段でも無視していたのだが、HPは毎日チェックしていた。予約の埋まりは意外に緩やかで、きのうは2席、今日は1席、という按配である。やはりHPを見る人が少ないのだろう。私はその経過を横目に、それはそれで複雑な気分だった。
10月29日(日)、私は社団戦の最終日に参加した。この時点で室谷女流二段の空きは、1部(10時~)が2席、3部(16時~)が1席あるだけだった。
朝、Kaz氏に参加の有無を聞かれたが、「しない」と答えた。この時点では。
だが私は大野教室にだいぶ参加しているし、それはふつうに、参加の権利があるともいえる。しかも私は19日に告知を確認しているのだ。これから予約をしようという人に気兼ねして、席を譲る必要もあるまい。
私は遅まきながら、1部に申し込んだ。もし2席が先に埋まっていたら、それはそれでしょうがないと思った。
その後W氏から返事が来て、私の参加が決まった。ついに室谷女流二段と初手合わせである。
11月23日当日、ドキドキしながら川口駅を降りる。その道すがら、私の横をKur氏が抜いて行った。
彼は自販機でドリンクを買って、私を見た。私に限らないが、講師が室谷女流二段だから参加した、という手合いは多いに違いない。
10時48分ごろ入室すると、室谷女流二段は着座していた。生の室谷女流二段を拝見するのは4月30日のシモキタ名人戦以来。指導対局はもちろん初めてで、感激である。
すぐに1人入室して、合計6人になった。
W氏が各人に写真撮影の了承を聞いて回っている。以前この教室で頭頂部のアップを載せられたことがあるので私は拒絶したいのだが、いまさらそうもいくまい。
まだ対局開始まで間があるが、全員が着座したので、もう駒を並べてしまう。
私は右から2番目。右の人相手に室谷女流二段が「王」を置き、私に移った。
「オオサワと申します…ヨロシクおね……」
室谷女流二段はここでも「王」のみを置き、左に移る。これは私が上手の駒を並べてもいいということだろうか。「王」を見ると、マス目にかかっている。これは駒をマス目上に置く「有吉式」だ。
私は自分の駒を並べつつ、上手の駒も注意深く並べる。結局、すべて駒を並べてしまった。
右の男性は飛車落ち。室谷女流二段が初手を指して、私を見た。
「初めて…ですね」
指導対局どころか、言葉を交わすのも初めてである。
「…はい。手合いは、平手でよろしいでしょうか。先生も平手を指したいでしょ? 平手がお好きそうだし」
室谷女流二段が苦笑して、平手戦になった。
2010年7月17日、第4期マイナビ女子オープンの公開対局で室谷女流3級を拝見し、一発でファンになってから7年4ヶ月。ついに盤を挟んだことに、私は感激で一杯である。今日は悔いのない将棋を指さねばならない。
初手からの指し手。▲7六歩△3四歩(第1図)
室谷女流二段は振り飛車でくるだろう。そこで3手目、私に用意していた手があった。
(つづく)