初手からの指し手。▲7六歩△8四歩▲5六歩△8五歩▲7七角△6二銀▲5八飛△4二玉▲6八銀△7四歩▲5五歩(第1図)
頼本奈菜女流初段はメガネっ子だ。中飛車に振った。
「平成でいちばん指された振り飛車は中飛車でしょうね」
と、中村修九段。森下卓九段が
「昭和は四間飛車でしょうね」
と返した。
第1図の次の手が、もはや今風だ。
第1図以下の指し手。△7三銀▲5七銀△6四銀▲6六銀△5二金右▲4八玉△3二銀▲3八玉△3一玉▲2八玉△1四歩▲1六歩△4四歩▲5四歩△同歩▲同飛△4三金▲5九飛△3四歩▲3八銀△3三角(第2図)
△7三銀の速攻が今風である。森下九段が「そうなんですよねー」と唸る。
和田あき女流初段はお茶を飲み、ゆったりしたものである。▲4八玉には、「何はともあれ」と森下九段。
△3二銀も今風だ。角道を開けていないからできる左美濃である。「なるほどー」と森下九段がまた唸る。
△4四歩には▲5四歩。「ここで交換しておかないと△4三金があります」と中村九段。
▲5九飛には△3四歩と、ここでやっと角道が開いた。あまり早く突くと角交換から暴れられるからで、この考えは好きである。とにかく中飛車は縦横に捌かせてはいけない。
第2図以下の指し手。▲5五銀△同銀▲同角△6四銀▲7七角△2二玉▲7八金△5四歩▲6八角△2四歩▲6六歩(第3図)
▲5五銀とぶつけた。行きましたねー、と森下九段。ここで昔話が始まる。
「昔は▲3八銀と締まる時、『何はともあれ美濃囲い』とか言う棋士がいました。『▲4五歩には△5五歩』とかね。『寄せは天下の30級』なんてのもあった」
「平和な時代でしたね」
と中村九段がしみじみつぶやく。
和田女流初段は交換した銀を6四に据え、ゆうゆう△2二玉と収まる。森下九段が言う。
「現代は飛車先の歩の交換も微妙ですし、今も交換した銀を抵抗なく打つ。コンピューターが指すんですが、これでいいということなんですね。昔とは形勢判断が変わってきています。私などは修業時代の癖が抜けきらないので、どうもいけません」
頼本女流初段は▲7八金と上がる。「▲7八金が攻防の要所に行ければいいんですが……」
「きのうニコニコ超会議で、加藤一二三さんと藤井聡太さんのトークショーがありましたね。98:2で加藤さんがしゃべってたんですけども……」
と、中村九段。「加藤さんは昭和57年に名人を取ったんですけど、その9年前にも名人に挑戦して、獲ってないんですね。その間中原さんに20連敗くらいした。その理由を聞かれた時の答えが振るっていました」
私たちは回答を待つ。「『たまたま』ですよ」
こうでなくちゃいけないんですねー、と両九段が感心した。
第3図以下の指し手。△4五歩▲6七金△7五歩▲7九飛△8六歩▲同歩△7二飛(第4図)
△4五歩が大きな手。森下九段が「なるほどー」と唸る。しかしここは△2三銀からの銀冠構築もあった。「谷川九段が、『光速の終盤術』の中で、△2三銀、△3二金の2手一組の、1手目を見逃してはいけない、と書いていました。それで谷川九段の指し手を見ると、1手一組の指し手が多いんですよ。
ところが中原誠十六世名人の指し手は、3手一組や4手一組が多い。遠大な構想というより、着実に塁を詰める感じでしょうか」
△8六歩に▲同歩。「こういう場合、70%以上の確率で歩で取りますね」と中村九段。指し手に困った時、こうした知識は指し手の指針になる。
△7二飛にはどう指すべきか。
第4図以下の指し手。▲7七桂△7六歩▲6五桂△同銀▲同歩△8八角成▲7六飛△同飛▲同金△5五馬▲4六歩△同歩▲7七角(第5図)
頼本女流初段は▲7七桂を跳ねた。ホーなるほど、と森下九段。ここで和田女流初段が秒読みに入った。
「コンピューターも強いですが、どうも違うんですね。やはり人間の感情が入ったほうが、指し手がいい」
と、中村九段。
△7六歩に、手順に▲6五桂と跳ねたが、△同銀▲同歩△8八角成りは後手がうまくやったのではないか。
頼本女流初段もいつの間にか秒読みになっており、▲7六飛とぶつけたが、飛車交換で金が上摺ったのは痛い。
ここで△7八飛は▲7七銀(中村九段)。よって和田女流初段は△5五馬と引いたが、これは味がいい。
森下九段が「やっぱり」とつぶやいた▲7七角にはどう指すか。
第5図以下の指し手。△4七歩成▲同銀△7八飛▲3八銀打△7七馬▲同金△同飛成▲4二歩△同金上▲5一飛△4一金▲8一飛成△4八歩▲同金△7九竜▲5九歩△6六角(第6図)
△4七歩成が好手。森下九段が「なるほどー」と唸る。「なるほどしか言わないね」と中村九段が静かに突っ込んだ。
以下△7七飛成まで、後手が1枚得したが、先に銀桂交換の駒損をしているので、まだ釣り合いは取れている。
ここで中村九段は▲4二歩を予想したが、当たった。美濃崩しはここが急所だ。
▲8一飛成までの局面は、ほぼ五分、が森下九段の見解。決勝戦にふさわしい熱戦になった。
△4八歩が手筋返し(森下九段)。△7九竜に▲5九歩も粘り強い。
「中村流ですね」
「私じゃなくても指すでしょう」
2棋士の掛け合い漫才のような解説が面白い。
第6図以下の指し手。▲4二歩△同金引▲3九銀△4六歩▲同銀△5九竜▲5七歩△4七歩▲同銀△9九角成▲4九歩△4四香▲9一竜(第7図)
▲4二歩が物凄い手だった。
「ひえ~」「目が覚める手ですね」「△4八角成とされても、ナナメの駒がないから打ったのか」
と解説陣が感嘆する。
将棋は受けてばかりではダメで、どこかで嚇しの一発を入れたほうがいいのだ。
△同金引に▲3九銀が勝負の呼吸か。
数手進んで▲4七同銀に△3五桂は▲同銀△同歩▲3四桂がある(中村九段)。よって和田女流初段は黙って△9九角成と香を補充した。そして▲4九歩に△4四香が痛打。歩が利かない筋の香は激痛だ。
▲9一竜に私ならとりあえず△4六香だが……。
(つづく)
頼本奈菜女流初段はメガネっ子だ。中飛車に振った。
「平成でいちばん指された振り飛車は中飛車でしょうね」
と、中村修九段。森下卓九段が
「昭和は四間飛車でしょうね」
と返した。
第1図の次の手が、もはや今風だ。
第1図以下の指し手。△7三銀▲5七銀△6四銀▲6六銀△5二金右▲4八玉△3二銀▲3八玉△3一玉▲2八玉△1四歩▲1六歩△4四歩▲5四歩△同歩▲同飛△4三金▲5九飛△3四歩▲3八銀△3三角(第2図)
△7三銀の速攻が今風である。森下九段が「そうなんですよねー」と唸る。
和田あき女流初段はお茶を飲み、ゆったりしたものである。▲4八玉には、「何はともあれ」と森下九段。
△3二銀も今風だ。角道を開けていないからできる左美濃である。「なるほどー」と森下九段がまた唸る。
△4四歩には▲5四歩。「ここで交換しておかないと△4三金があります」と中村九段。
▲5九飛には△3四歩と、ここでやっと角道が開いた。あまり早く突くと角交換から暴れられるからで、この考えは好きである。とにかく中飛車は縦横に捌かせてはいけない。
第2図以下の指し手。▲5五銀△同銀▲同角△6四銀▲7七角△2二玉▲7八金△5四歩▲6八角△2四歩▲6六歩(第3図)
▲5五銀とぶつけた。行きましたねー、と森下九段。ここで昔話が始まる。
「昔は▲3八銀と締まる時、『何はともあれ美濃囲い』とか言う棋士がいました。『▲4五歩には△5五歩』とかね。『寄せは天下の30級』なんてのもあった」
「平和な時代でしたね」
と中村九段がしみじみつぶやく。
和田女流初段は交換した銀を6四に据え、ゆうゆう△2二玉と収まる。森下九段が言う。
「現代は飛車先の歩の交換も微妙ですし、今も交換した銀を抵抗なく打つ。コンピューターが指すんですが、これでいいということなんですね。昔とは形勢判断が変わってきています。私などは修業時代の癖が抜けきらないので、どうもいけません」
頼本女流初段は▲7八金と上がる。「▲7八金が攻防の要所に行ければいいんですが……」
「きのうニコニコ超会議で、加藤一二三さんと藤井聡太さんのトークショーがありましたね。98:2で加藤さんがしゃべってたんですけども……」
と、中村九段。「加藤さんは昭和57年に名人を取ったんですけど、その9年前にも名人に挑戦して、獲ってないんですね。その間中原さんに20連敗くらいした。その理由を聞かれた時の答えが振るっていました」
私たちは回答を待つ。「『たまたま』ですよ」
こうでなくちゃいけないんですねー、と両九段が感心した。
第3図以下の指し手。△4五歩▲6七金△7五歩▲7九飛△8六歩▲同歩△7二飛(第4図)
△4五歩が大きな手。森下九段が「なるほどー」と唸る。しかしここは△2三銀からの銀冠構築もあった。「谷川九段が、『光速の終盤術』の中で、△2三銀、△3二金の2手一組の、1手目を見逃してはいけない、と書いていました。それで谷川九段の指し手を見ると、1手一組の指し手が多いんですよ。
ところが中原誠十六世名人の指し手は、3手一組や4手一組が多い。遠大な構想というより、着実に塁を詰める感じでしょうか」
△8六歩に▲同歩。「こういう場合、70%以上の確率で歩で取りますね」と中村九段。指し手に困った時、こうした知識は指し手の指針になる。
△7二飛にはどう指すべきか。
第4図以下の指し手。▲7七桂△7六歩▲6五桂△同銀▲同歩△8八角成▲7六飛△同飛▲同金△5五馬▲4六歩△同歩▲7七角(第5図)
頼本女流初段は▲7七桂を跳ねた。ホーなるほど、と森下九段。ここで和田女流初段が秒読みに入った。
「コンピューターも強いですが、どうも違うんですね。やはり人間の感情が入ったほうが、指し手がいい」
と、中村九段。
△7六歩に、手順に▲6五桂と跳ねたが、△同銀▲同歩△8八角成りは後手がうまくやったのではないか。
頼本女流初段もいつの間にか秒読みになっており、▲7六飛とぶつけたが、飛車交換で金が上摺ったのは痛い。
ここで△7八飛は▲7七銀(中村九段)。よって和田女流初段は△5五馬と引いたが、これは味がいい。
森下九段が「やっぱり」とつぶやいた▲7七角にはどう指すか。
第5図以下の指し手。△4七歩成▲同銀△7八飛▲3八銀打△7七馬▲同金△同飛成▲4二歩△同金上▲5一飛△4一金▲8一飛成△4八歩▲同金△7九竜▲5九歩△6六角(第6図)
△4七歩成が好手。森下九段が「なるほどー」と唸る。「なるほどしか言わないね」と中村九段が静かに突っ込んだ。
以下△7七飛成まで、後手が1枚得したが、先に銀桂交換の駒損をしているので、まだ釣り合いは取れている。
ここで中村九段は▲4二歩を予想したが、当たった。美濃崩しはここが急所だ。
▲8一飛成までの局面は、ほぼ五分、が森下九段の見解。決勝戦にふさわしい熱戦になった。
△4八歩が手筋返し(森下九段)。△7九竜に▲5九歩も粘り強い。
「中村流ですね」
「私じゃなくても指すでしょう」
2棋士の掛け合い漫才のような解説が面白い。
第6図以下の指し手。▲4二歩△同金引▲3九銀△4六歩▲同銀△5九竜▲5七歩△4七歩▲同銀△9九角成▲4九歩△4四香▲9一竜(第7図)
▲4二歩が物凄い手だった。
「ひえ~」「目が覚める手ですね」「△4八角成とされても、ナナメの駒がないから打ったのか」
と解説陣が感嘆する。
将棋は受けてばかりではダメで、どこかで嚇しの一発を入れたほうがいいのだ。
△同金引に▲3九銀が勝負の呼吸か。
数手進んで▲4七同銀に△3五桂は▲同銀△同歩▲3四桂がある(中村九段)。よって和田女流初段は黙って△9九角成と香を補充した。そして▲4九歩に△4四香が痛打。歩が利かない筋の香は激痛だ。
▲9一竜に私ならとりあえず△4六香だが……。
(つづく)