後半1本目は、仏家ジャズル(永田氏)の「ミニミニライブ・童謡&ブルース」である。
ジャズルは音楽家で、将棋ペンクラブ大賞贈呈式のBGM担当でおなじみだが、あらたまって生演奏を聴くのは初めてである。
「仏家ジャズルです。新春ということで、ヒゲを10センチ切って参りました」
私たちは首を傾げる。それでも顎ヒゲはかなり伸びていたからだが、そうか、ここは笑わせるところなのだ。「私は仏家一門の三番弟子なんですが、二番弟子の仏家スベルが失踪しまして、私が二番弟子に上がりました……」
ジャズルは静かな語り口だが、地味なギャグが私にはかなりヒットしている。
「和光市駅の南口……私はCIハイツ口と呼んでるんですが、この前に清水かつら先生の石碑が立っていますね。まずその曲を弾きたいと思います」
ジャズルはピアノを軽快に弾き、粘っこい口調で歌いだした。
「おぅてぇてえぃ、つぅないでぇい……」
これは作詞:清水かつら、作曲:弘田龍太郎「靴が鳴る」である。年配にも馴染みの童謡を、ジャズとブルースで聴かせるという趣向だった。
ジャズルの編曲は見事で、童謡がゴージャスな着物をまとい、豪華になっている。歌声はレイ・チャールズのごとくで、またもお客が聴き入っている。
2曲目は作詞:北原白秋、作曲:草川信「ゆりかごのうた」である。
「ゆぅりかご、の、う、たは、カァナリヤ、が、う、たう、よ」
これもジャズならではの郷愁が漂い、その情景が浮かび上がる。そしてなんだかクセになる歌い口である。こうなると、次の曲が楽しみになってきた。が、
「早くも次の曲が最後になってしまいました」
お約束の「えーー!?」を叫びたいところである。
最後は作詞:相馬御風、作曲:弘田龍太郎「春よ来い」である。これも渋く歌い上げ、私はアンコールをかけたくなった。
今回の寄席では甚だ異色だったが、ジャズルの演舞は大ヒットだったと思う。
ひとつ思うのは、駅前の石碑の話が出たが、あの碑を見たから「靴が鳴る」を演奏曲に入れたのか、それともたんに偶然だったのか……。
前者なら永田氏は恐ろしき力量の持ち主、後者なら凄まじき偶然ということになる。
トリは仏家シャベル(湯川博士氏)である。凄まじき貫禄で高座に上がる。
「仏家シャベルでございます。私は60過ぎて落語を演るようになったんですが、お陰さまであちこちからご依頼をいただくようになりました。最近は埼玉病院からお話をいただいたんですが、ギャラが出ないというんですね。
だけど交通費だってかかるしねぇ……。でも引き受けました。というのは、オヤジが埼玉病院で亡くなったからなんですね」
シャベルは小丸を連れてお邪魔したという。
「落語といのは、トリだけじゃできないんです」
ほう。「落語は前座がいてはじめて、トリができるんですね」
なるほどこれは真理で、野球もいきなり4番バッターじゃ味がない。1番から順番に行くから、4番が引き立つ。小丸も、前座以上の重要な働きをしていたわけだ。
そしてシャベルと小丸は病院で噺をするのだが、場所柄シュールな出来事が多く、それが妙に可笑しい。それだけで一本の噺ができてしまいそうだ。
「病人に笑いは特効薬ですから、ゆくゆくは病院が噺家を雇うかもしれません」
なおもマクラは続く。「私は落語が好きで、上野の鈴本にはよく行きました。そこでよく聞くマクラが『皆さまもう少しの辛抱でございます』。これは1万回くらい聞きました。そこで私は、高座に上がったら、プロが演ったギャグは使わない、と決めました。
私の知り合いに木村家べんご志というのがいるんですが、彼はマクラがあまりうまくなかった。ところがある日、新ネタを作りましてね。木村家はその名の通り本業は弁護士なんですが、ある裁判のとき、口の悪い検事がいた。それで木村家が、『なに言ってやがんだ、それなら出るところへ出ようじゃねぇか! …あ、もう出てるのか』って、これはうまかった」
ヒトのマクラを紹介するのもどうかと思うが、確かに可笑しい。
さらに江戸の犯罪やそのお仕置き方法などを面白く語る。
「江戸のお役人は約10万人、そのうち同心は約300人、与力は約30人だったらしいですナ。ずいぶん少人数です。
盗みなどの軽犯罪を働くと、腕に黒の輪っかを入れられる。これを入れ墨というんですね。入れ墨も三両くらいまででね、十両になるとあぶない。一発でコレです」
死罪ということだ。「二度目の盗みは2つめの輪っか。もう夏になってもこう、袖で隠してね。ところが3つ目はない。死罪になるからです」
ちなみに背中などにある緋牡丹や昇り竜は入れ墨とはいわず、「彫り物」というらしい。このあたりの蘊蓄はなかなかタメになる。
心中なども重罪で、恥辱罪になるらしい。生き残ったほうは日本橋の袂などで晒し者にされる。これは経費がかからないからお上も好都合だったという。
「いまはそういう刑はなくなりましたが、復活させて晒したほうがいいかもしれない、というヒトはいますよねえ……」
さらに花魁の話も出る。花魁は25歳~26歳が花の盛りだったらしい。
マクラが長すぎるが、もう噺に入っているのだろうか。
今日の噺は「鰍沢」。身延山久遠寺の参詣を済ませた旅人が、鰍沢で吹雪に遭い、道に迷ってしまった。
ここで「ヒラヒラ」という降雪の効果音が入る。永田氏の協力によるもので、なかなか斬新だ。
ある一軒家に辿り着くと、そこには妙齢の美人・お熊がいた。旅人は一夜の宿を頼むとお熊も快諾し、旅人は人心地が付いた。
その夜、旅人はお熊から卵酒をいただく。だが、旅人は全身にシビレがきて、横になってしまう。
旅人が大金を持っていたこと、さらにお熊はもと花魁で、旅人がその過去を知ったがために、お熊から命を狙われたのだ……。
今度の噺は笑いがなく、サスペンス調である。それをシャベルが緩急よろしくシャベル。
だが、傍らで誰かがしゃべっている。客のひとりの帰宅時間が過ぎたらしく、付添いが迎えに来たのだ。
だがそのヒソヒソ話さえ邪魔に聞こえ、客席の数人はそちらを向き睨みつけている。つまりそれほど、お客は噺に聞き入っていたのだった。
(つづく)
ジャズルは音楽家で、将棋ペンクラブ大賞贈呈式のBGM担当でおなじみだが、あらたまって生演奏を聴くのは初めてである。
「仏家ジャズルです。新春ということで、ヒゲを10センチ切って参りました」
私たちは首を傾げる。それでも顎ヒゲはかなり伸びていたからだが、そうか、ここは笑わせるところなのだ。「私は仏家一門の三番弟子なんですが、二番弟子の仏家スベルが失踪しまして、私が二番弟子に上がりました……」
ジャズルは静かな語り口だが、地味なギャグが私にはかなりヒットしている。
「和光市駅の南口……私はCIハイツ口と呼んでるんですが、この前に清水かつら先生の石碑が立っていますね。まずその曲を弾きたいと思います」
ジャズルはピアノを軽快に弾き、粘っこい口調で歌いだした。
「おぅてぇてえぃ、つぅないでぇい……」
これは作詞:清水かつら、作曲:弘田龍太郎「靴が鳴る」である。年配にも馴染みの童謡を、ジャズとブルースで聴かせるという趣向だった。
ジャズルの編曲は見事で、童謡がゴージャスな着物をまとい、豪華になっている。歌声はレイ・チャールズのごとくで、またもお客が聴き入っている。
2曲目は作詞:北原白秋、作曲:草川信「ゆりかごのうた」である。
「ゆぅりかご、の、う、たは、カァナリヤ、が、う、たう、よ」
これもジャズならではの郷愁が漂い、その情景が浮かび上がる。そしてなんだかクセになる歌い口である。こうなると、次の曲が楽しみになってきた。が、
「早くも次の曲が最後になってしまいました」
お約束の「えーー!?」を叫びたいところである。
最後は作詞:相馬御風、作曲:弘田龍太郎「春よ来い」である。これも渋く歌い上げ、私はアンコールをかけたくなった。
今回の寄席では甚だ異色だったが、ジャズルの演舞は大ヒットだったと思う。
ひとつ思うのは、駅前の石碑の話が出たが、あの碑を見たから「靴が鳴る」を演奏曲に入れたのか、それともたんに偶然だったのか……。
前者なら永田氏は恐ろしき力量の持ち主、後者なら凄まじき偶然ということになる。
トリは仏家シャベル(湯川博士氏)である。凄まじき貫禄で高座に上がる。
「仏家シャベルでございます。私は60過ぎて落語を演るようになったんですが、お陰さまであちこちからご依頼をいただくようになりました。最近は埼玉病院からお話をいただいたんですが、ギャラが出ないというんですね。
だけど交通費だってかかるしねぇ……。でも引き受けました。というのは、オヤジが埼玉病院で亡くなったからなんですね」
シャベルは小丸を連れてお邪魔したという。
「落語といのは、トリだけじゃできないんです」
ほう。「落語は前座がいてはじめて、トリができるんですね」
なるほどこれは真理で、野球もいきなり4番バッターじゃ味がない。1番から順番に行くから、4番が引き立つ。小丸も、前座以上の重要な働きをしていたわけだ。
そしてシャベルと小丸は病院で噺をするのだが、場所柄シュールな出来事が多く、それが妙に可笑しい。それだけで一本の噺ができてしまいそうだ。
「病人に笑いは特効薬ですから、ゆくゆくは病院が噺家を雇うかもしれません」
なおもマクラは続く。「私は落語が好きで、上野の鈴本にはよく行きました。そこでよく聞くマクラが『皆さまもう少しの辛抱でございます』。これは1万回くらい聞きました。そこで私は、高座に上がったら、プロが演ったギャグは使わない、と決めました。
私の知り合いに木村家べんご志というのがいるんですが、彼はマクラがあまりうまくなかった。ところがある日、新ネタを作りましてね。木村家はその名の通り本業は弁護士なんですが、ある裁判のとき、口の悪い検事がいた。それで木村家が、『なに言ってやがんだ、それなら出るところへ出ようじゃねぇか! …あ、もう出てるのか』って、これはうまかった」
ヒトのマクラを紹介するのもどうかと思うが、確かに可笑しい。
さらに江戸の犯罪やそのお仕置き方法などを面白く語る。
「江戸のお役人は約10万人、そのうち同心は約300人、与力は約30人だったらしいですナ。ずいぶん少人数です。
盗みなどの軽犯罪を働くと、腕に黒の輪っかを入れられる。これを入れ墨というんですね。入れ墨も三両くらいまででね、十両になるとあぶない。一発でコレです」
死罪ということだ。「二度目の盗みは2つめの輪っか。もう夏になってもこう、袖で隠してね。ところが3つ目はない。死罪になるからです」
ちなみに背中などにある緋牡丹や昇り竜は入れ墨とはいわず、「彫り物」というらしい。このあたりの蘊蓄はなかなかタメになる。
心中なども重罪で、恥辱罪になるらしい。生き残ったほうは日本橋の袂などで晒し者にされる。これは経費がかからないからお上も好都合だったという。
「いまはそういう刑はなくなりましたが、復活させて晒したほうがいいかもしれない、というヒトはいますよねえ……」
さらに花魁の話も出る。花魁は25歳~26歳が花の盛りだったらしい。
マクラが長すぎるが、もう噺に入っているのだろうか。
今日の噺は「鰍沢」。身延山久遠寺の参詣を済ませた旅人が、鰍沢で吹雪に遭い、道に迷ってしまった。
ここで「ヒラヒラ」という降雪の効果音が入る。永田氏の協力によるもので、なかなか斬新だ。
ある一軒家に辿り着くと、そこには妙齢の美人・お熊がいた。旅人は一夜の宿を頼むとお熊も快諾し、旅人は人心地が付いた。
その夜、旅人はお熊から卵酒をいただく。だが、旅人は全身にシビレがきて、横になってしまう。
旅人が大金を持っていたこと、さらにお熊はもと花魁で、旅人がその過去を知ったがために、お熊から命を狙われたのだ……。
今度の噺は笑いがなく、サスペンス調である。それをシャベルが緩急よろしくシャベル。
だが、傍らで誰かがしゃべっている。客のひとりの帰宅時間が過ぎたらしく、付添いが迎えに来たのだ。
だがそのヒソヒソ話さえ邪魔に聞こえ、客席の数人はそちらを向き睨みつけている。つまりそれほど、お客は噺に聞き入っていたのだった。
(つづく)