大晦日。私の心情的山手線内回りの路線図は遂に大崎から品川にさしかかっています。まさにどん底。でも避けて通れるものではないので仕方がない。とりあえず焼成窯の手入れをしています。炉内の棚板をはずして一年間に溜まった塵を掃除機にかけます。赤いのは掘ってきた隅田川流域の土のカスの焼けた土色です。
掃除機に吸引されて炉内の底ももとの白色に戻っていきます。
金属ブラシで外側の錆を掻き落とします。いつも素焼きでは炉内500℃になるまで水分を飛ばすため半開きにしています。逃げる蒸気に舐められるように蓋の縁などが錆びています。落とした錆も掃除機で吸引させて錆落とし剤で拭き取り、仕上げがシルバーのスプレーでコーティング。これがものすごく臭い。家の窓を開け放っていますがそれでも臭い。十五夜さんも部屋の窓を開けて外の空気を吸ってもらっています。寒くて臭い。空気が悪いので十五夜さんにも気の毒な年越しです。
振り返って今年は自分の入院や家族の入院など波乱がありましたが、反面作品展をさせていただいたり、日本民藝館展で選に入れていただくなど多くのみなさんのおかげでうれしいこともありました。丸〆猫のCMもうれしかったです。お世話くださったみなさんのおかげです。ありがとうございました。新年まで数時間。実は憂鬱な気分の原因のひとつは、実は戸籍上私の誕生日は元旦なのでまた歳をとることなんです。53歳なんて信じられない。あくびをしている間に浦島太郎がお爺さんになってしまうといった感じです。だから山手線もどん底の品川というわけです。
まずはみなさま今年もお世話になりました。来る新年がみなさまによい年でありますようお祈り申し上げます。
Herzlich glueckwuensh zum Neujahr 2016 und wuensht Ihnen allen einen guten Rutsch !
Ich bin ein Neujahrskind werde 53. Aelter zu werden ist aber nicht lustig.
中学校は大崎と品川の間、たくあん和尚のお墓のあるお寺のすぐそばでした。父の社宅は現ソニーの脇にあり、御殿山橋で山手線をまたいで通学しました。友人の多くは旧東海道沿いに暮らしていて、赤線は廃止されていたけれど、宿場町の風情が残っていました。「目黒川に投げ込んじゃうぞ」、「お台場に送ってやろうか」、どちらの汚いものの代名詞でした(笑)。
殺風景な品川駅は、高校、大学と7年も利用しました。山手線の終点などと言わないでください。私にとっては始点です(笑)。
提灯狐、残っていたら一匹お願いします。
ありがとうございます。そして失礼しました。しかしこれはあくまで見立てなので実際の土地にケチつけたつもりではなく心象的なたとえです。でも渋谷、目黒、品川、大田辺り、縁の薄い土地ではあり不案内ですね。品川の駅前のつばめグリルで食事をしたことはありますが、、。あと昔友達が上大崎というところにいたので行ったことがありますがほとんど目黒駅ですね。あと大井町駅前の阪急に昔京都のにしん蕎麦の松葉が入っていて食べたことがある。それと映画になった「時代屋」という骨董屋さんがあったのを覗いたこと、大井町線に沿って歩いたことが一度あった、それくらいです。何か面白いものがありそう、それと天然温泉の銭湯があるとかで行ってみたいと思っています。年が明けまして私の山手線の内回りは上向きに向かっていますのでこれからお天道さまの長さと供に明るいイメージに向かうと祈ってます。
あ、すみません。控えの品がありますのでお猿さんと一緒に、、。青のお猿さんもうちょっとお待ちくださいませ。