ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2011.1.9 やまない雨はない

2011-01-09 22:03:01 | 日記
 倉嶋厚さんの表題作「やまない雨はない 妻の死、うつ病、それから」(文芸春秋)を読んだ。昨年春、テレビドラマで放映されたものは見ていた。渡瀬恒彦さんの迫真の演技が今も記憶に残っている。
 気象キャスター、エッセイストとして活躍中の倉嶋さんがこんな体験をされていたとはそれまで全く知らなかった。奥様は入院されて、わずか24日間での急逝。受け容れるにはあまりに短すぎる期間だったのだろうと思う。
 それでも、“やまない雨はない”のは本当に確かなことなのだろう。
 昨年暮れ、国立がんセンター名誉総長でおられる垣添忠生さんの「妻を看取る日」のドラマも見たが、時薬(ときぐすり)が必ずや愛する人の死を受け容れさせてくれ、遺された伴侶はまた、前を向いて生きていくことができるのだ、と信じたい。

 さて、息子が「お母さんにずっと言いたかったことがある。自分が暴れ出さないようにお父さんにも同席してもらいたい。自分が話し終わるまでは一切口を挟まないで欲しい。」と言うので話を聞いた。
 開口一番「お母さんが嫌いだ。」とのこと。先日朝、頭が痛くて塾に行けない、と言ったのに心配もしてもらえず、塾の振り替えが出来ないことを責められ、自分は塾の2コマ分の価値もないのだと思った。お母さんだけは具合が悪ければ特別扱いの病人気取りで、自分(息子)は具合が悪くても信じてくれない。自分(息子)はお母さんの具合が悪ければいろいろ気を使っているのに。そして、中学受験が終われば友達と自由に遊べると思ったのに、結果的に行きたくない塾に行かされて、全然自分が思っていた中学生活と違っていた。休みも講習で潰れる。今年の夏はホームステイに行くように言われているけれど、行きたくない。勝手に人(息子)の生活を決めないで欲しい。」と泣きながら喋り続けた。堂々巡りに。夫がとりなしていろいろ話していたけれど、私は息子が泣きながら搾り出す言葉になぜか全く心を動かされなかった。今も隣のリビングでバラエティ番組を見ながら大笑いしている。
 病人気取り、と思っているのだ、ということに少なからずの衝撃を受けた。そういうことを言わせるような息子に私がしてしまったのか、と漠然と考えていた。

 それでも、きっと「やまない雨はない」のだろうと思う。
 私があとどのくらい元気に息子に嫌われながらも彼の面倒をみることが出来るかわからないけれど、息子は息子の人生なのだろうから。もう致し方ないことだ。

 あけぼの会のHPで、会長さんが日本に帰国するというお知らせとともに、また訃報に接した。
 去年の春、虹のサロンで初めてお目にかかったSさんだ。本当にいつも鮮やかなファッションで、あけぼのハウスでは必ず一番前の指定席に座っておられた。爪を緑に染めていらしたのが印象的だった。私はタキソテール治療中には爪がペラペラになった挙句とれてしまったので、とてもネイルで補強できるような状況ではなかったけれど、そうして爪を保護されている、と伺った。最後にお会いしたのは10月の全国大会のとき。受付で同じように虹のサロンでお会いしていたEさんと並んで順番を待っておられる姿だった。離れていたので手を振っただけだったけれど・・・。会長さんとMさんとラジオ出演もされており、まさかこんなに突然亡くなられるとは。
 年末のNさん、そして年明け早々のSさん。患者会に入って励まされることはとても沢山あるけれど、こうして顔見知りの方が次々に亡くなっていくということは、やはりこたえる。他人事ではないのだから・・・。

 あらためてお二人のご冥福を心からお祈りしたい。
 そして遺されたご家族にとって「やまない雨はない」ことも陰ながら祈りたい。

コメント (5)
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