今回、久々に紅楼夢の続きを見ていきたいと思います。第二回は、前回、甄士隠から銀子を贈られ都に科挙の試験を受けに行った賈雨村のその後と、彼とのかかわりから、この物語のヒロインのひとりである林黛玉が如何にして栄国府に入るに至ったかを書いています。
第二回 賈夫人仙逝揚州城 冷子興演説栄国府
[訳]賈夫人は揚州城に逝去し、冷子興は栄国府のことを物語る
● 仙逝 xian1shi4 逝去
詩云一局輸贏料不真,香銷茶尽尚逡巡.欲知目下興衰兆,須問旁観冷眼人.
[訳]詩に云う。一回の勝敗では本質はつかめない。香の良い茶が尽きてなお逡巡する。現在の勃興衰退の兆しを知りたいと思うなら、傍から冷静に見ている人に問うべきだ。
却説封粛因聴見公差伝呼喚,忙出来陪笑啓問.那些人只嚷:“快請出甄爺来!”封粛忙陪笑道:“小人姓封,并不姓甄.只有当日小婿姓甄,今已出家一二年了,不知可是問他?”那些公人道:“我們也不知什麼‘真’‘假’.因奉太爺之命来問.他既是你女婿,便帯了你去親見太爺面禀, 省得乱跑.”説着,不容封粛多言,大家推擁他去了.封家人個個都驚慌,不知何兆.
[訳]さて、封粛は小役人が呼ばわるのを聞いて、急いで出てきて、愛想笑いをしながら来意を問うた。役人たちは、「早く甄旦那様のお出ましあれ!」と大声で言うばかり。封粛は急いで愛想笑いしながら言った。「手前は姓を封といい、甄ではありません。ただかつて娘婿に姓を甄という者がおりましたが、家を出て一二年になり、どこにいるものやらわかりません。」役人たちは言った。「我々も「真」や「假」といっても何のことかわからん。お殿様の命を受けて問うているのだ。その方がおまえの娘婿なら、おまえからお殿様に直接申し上げてくれれば、あちこち走りまわらずに済むというもの。」そう言うと、封粛があれこれ言うのも聞かず、皆で彼を抱えて行ってしまった。封家の人々は皆驚き慌て、何の事やら分からなかった。
● 公差 gong1chai1 公務執行のため派遣された小役人
● 呼喚 hu1huan4 呼び出す
● 陪笑 pei2xiao4 愛想笑いをする
● 啓問 qi3wen4 言上して質問する
● 面禀 mian4bing3 ~に向って申し上げる
● 推擁 tuiyong1 押し抱えて
● 兆 zhao4 兆し。前兆
那天約二更時,只見封粛方回来,歓天喜地.衆人忙問端的.他乃説道:“原来本府新升的太爺姓賈名化,本貫湖州人氏,曾与女婿旧日相交.方才在咱門前過去.因見嬌杏那丫頭買線,所以他只当女婿移住于此.我一一将原故回明,那太爺倒傷感嘆息了一回,又問外孫女儿,我説看灯丢了.太爺説:‘不妨,我自使番役務必探訪回来.’説了一回話,臨走倒送了我二両銀子.”甄家娘子聴了,不免心中傷感.一宿無話.至次日,早有雨村遣人送了両封銀子,四匹錦緞.答謝甄家娘子,又寄一封密書与封粛,転托問甄家娘子要那嬌杏作二房.封粛喜的屁滾尿流,巴不得去奉承,便在女儿前一力攛掇成了,乗夜只用一乗小轎,便把嬌杏送進去了.雨村歓喜,自不必説,乃封百金贈封粛,外謝甄家娘子許多物事,令其好生養贍,以待尋訪女儿下落.封粛回家無話.
[訳]その日の夜十時頃、封粛がようやく帰ってきたので、皆大喜びした。周りの者が急いで事の仔細を問うと、彼はこう言った。「実は本府の新任の殿さまは姓を賈、名を化といい、本籍は湖州の人で、かつてうちの婿と親交があり、今しがた我が家の前を通り過ぎられたのだ。女中の嬌杏が絹糸を買っているのを見たので、殿様は婿がここに移り住んだと思われた。私がひとつひとつ事の次第を申し上げると、あの殿様は感じ入ってため息をつかれると、孫娘のことを聞かれたので、元宵節の灯籠見物の時にいなくなったと言うと、殿様は、「よろしい、私が番役を使って見つけ出そう」と言われ、ひと通り話をすると、帰る時銀子二両をくだされた。」甄の妻はそれを聞くと、心の中で悲しみがこみあげてくるのを、どうすることもできなかった。その晩は何も話はなかった。翌日朝に雨村は人を遣わし、銀子を二包み、錦を四匹送り、甄の妻に感謝するとともに、密書を封粛に送り、甄の妻にかの嬌杏を側室にすることを頼むよう依頼した。封粛はうれしくて飛び上がらんばかりになり、喜んで承知すると、娘の前であらん限りのことばを並べて言い含めると、その夜のうちに一挺の駕籠に押し込め、嬌杏を送り届けた。雨村の喜びようは言うまでもなく、百金を包んで封粛に贈り、甄の妻にもいろいろなものを贈り、体を大事にして、娘の行方がわかるのを待つようにということであった。封粛が家に帰ってからは何も話がなかった。
● 二更 er4geng1 夜十時頃。更:夜の時間を計る単位。初更から五更まであり、日没から日の出までを5等分した時間。1更は約2時間。
● 歓天喜地 huan1tian1xi3di4 狂喜するさま。大喜びで。
● 端的 duan1di4 委細。仔細
● 丫頭 ya1tou 女中。小間使い
● 番役 fan1yi4 「番子」ともいい、元は明代の中央の特務機関廠(東廠と西廠に分かれる)と錦衣衛で探偵、犯人逮捕、尋問を行う役職で、清代もこの名を使った。
● 娘子 niang2zi 妻。女房
● 二房 er4fang2 妾。側室
● 屁滾尿流 pi4gun3niao4liu2 驚きのあまり、あわてふためく。腰を抜かす
● 巴不得 ba1bude したくてたまらない。切望する
● 一力 yi1li4 全力を尽くす
● 攛掇 cuan1duo4 おだてる。そそのかす
● 下落xia4luo4 行方。ありか
却説嬌杏這丫鬟,便是那年回顧雨村者.因偶然一顧,便弄出這段事来,亦是自己意料不到之奇縁.誰想他命運両済,不承望自到雨村身辺,只一年便生了一子,又半載,雨村嫡妻忽染疾下世,雨村便将他扶側作正室夫人了.正是: 偶因一着錯,便為人上人.
[訳]さて、嬌杏という女中は、あの年、雨村を振り返って見た者である。偶然に振り返って見たことで、このような事が起こったのは、自分でも予想できない奇縁である。かの命と運が二つとも成ろうとは誰が想像し得たろう。思いがけず雨村の元に来、一年のうちに一子をもうけ、また半年で、正妻が突然病気で身罷り、雨村は彼女を正室にした。正に、たまたま間違ったことで、人の上の人になる、である。
● 済 ji4 成果
● 承望 cheng2wang4 予想する
● 嫡妻 di2qi1 =嫡配:正妻
● 染疾 ran3ji2 病気にかかる
● 下世 xia4shi4 この世を去る。死ぬ
原来,雨村因那年士隠贈銀之后,他于十六日便起身入都,至大比之期,不料他十分得意,已会了進士,選入外班,今已升了本府知府.雖才干優長,未免有些貪酷之弊,且又恃才侮上,那些官員皆側目而視.不上一年, 便被上司参了一本,説他貌似有才、性実狡猾,又提了一両件徇庇蠹役、交結郷紳之事。龍顔大怒,即命革職。部文一到,本府官員無不喜悦.那雨村心中雖十分慙恨,却面上全无一点怨色,仍是嘻笑自若,交代過公事,将歴年做官積的些資本并家小人属送至原籍,安排妥協,却是自己担風袖月,游覧天下勝迹. 那日,偶又游至維揚地面,因聞得今歳鹺政点的是林如海.
[訳]ところで、雨村はあの年、士隠が銀子を贈った後、十六日に出立して都に入り、会試の時に至ったが、思いもかけずよくできて、進士となり、地方官に任用され、今は当府の知府(知事)に昇進した。才能は優れているが、多少やりすぎるきらいがあり、かつ才を頼んで上を侮ったものであるから、同僚たちも皆見て見ぬふりをしていた。任官して一年もしないうちに、上司に上奏文で弾劾され、かの者は見かけは才があるようであるが、その実、性格は狡猾であると言い、私情から使用人をこきつかったり、郷紳と結託していることを一二提出した。天子様はお怒りになり、即刻罷免を命じられた。吏部の文書が届くや、当府の役人で喜ばない者はいなかった。かの雨村は心の中ではたいへん恥じ、かつ後悔もしたが、顔には少しも怨みの色は出さず、普段と変わらずにこにことして、公務の引き継ぎをした。何年か役人をしたことでの多少の蓄えと、妻子や家人を郷里に送り届け、始末がつくと、自身は詩を吟じながら、天下の名所旧跡を遊覧して回った。その日、たまたま揚州の地にやってきて、聞くとこの年に巡塩御史に任命されたのは林如海という人であった。
● 大比 da4bi3 科挙の試験で郷試に合格した挙人が都で受ける2次試験の会試は、3年に1度行われた。これを「大比」という。
● 得意 de2yi4 (試験の結果について)自信がある
● 選入外班 xuan3ru4wai4ban1 地方官として任用され派遣される
● 才干 cai2gan4 才能
● 未免 wei4mian3 いささか~のようだ。~のきらいがある
● 貪酷 tan1ku4 ひどく欲張りである
● 恃 shi4頼みとする
● 側目而視. Ce4mu4er2shi4 横目で見る。怒りの表情を表す
● 参他一本 上奏文を奉って彼を弾劾する
● 狡猾 jiao3hua2 狡猾である
● 徇庇蠹役 xun4bi4du4yi4 =徇私蠹役:私情から使用人をこきつかう
● 郷紳 xiang1shen1 地方の有力者。勢力のある地主
● 龍顔 天子さま
● 革職 ge2zhi2 罷免する
● 部 ここでは吏部のこと
● 嘻笑 xi3xiao4 笑いさざめく
● 自若 zi4ruo4 普段と変わらず
● 家小 jia1xiao3 妻子。家族
● 担風袖月 dan1feng1xiu4yue4 =吟風弄月:詩を吟じる。詩作をする
● 鹺政 cuo2zheng4 鹺:塩。巡塩御史
這林如海姓林名海,表字如海,乃是前科的探花,今已升至蘭台寺大夫,本貫姑蘇人氏,今欽点出為巡塩御史,到任方一月有余.原来這林如海之祖,曾襲過列侯,今到如海,業経五世.起初時,只封襲三世,因当今隆恩盛,遠邁前代,額外加恩,至如海之父,又襲了一代;至如海,便従科第出身.雖系鐘鼎之家,却亦是書香之族.只可惜這林家支庶不盛,子孫有限,雖有几門,却与如海俱是堂族而已,没甚親支嫡派的.今如海年已四十,只有一个三歳之子,偏又于去歳死了.雖有几房姫妾,奈他命中無子,亦無可如何之事.今只有嫡妻賈氏,生得一女,乳名黛玉,年方五歳.夫妻無子,故愛如珍宝,且又見他聡明清秀,便也欲使他読書識得几个字,不過假充養子之意,聊解膝下荒凉之嘆.
[訳]この林如海、姓は林、名は海、字は如海といい、前回の科挙の試験で三位で合格した人で、今は昇格して蘭台寺大夫になっておられ、本籍は蘇州の人で、今般天子自ら巡塩御史に任命され、任に就いて一か月余り、もともとこの林如海の祖先は、ずっと列侯を受け継いでき、如海に至りすでに五代目になっていたのだが、当初、世襲は三代までとされていたのを、今上陛下が恩厚く徳が盛んな方であるので、遠く前代に遡っても、定め以上に恩典をくださり、如海の父に至り、また一代継ぐことになった。如海に至り、ようやく進士の出身となった。財産も地位もある家柄だが、学者の一族であり、ただ残念なことにこの林家の庶子の系統は子に恵まれず、子孫は限られており、何家族かいるが、如海とは皆父方の祖を同じくし、直系の一族がひとりもいなかった。如海は四十歳であるが、三歳の子がひとりしかおらず、それもあいにく昨年なくなってしまった。何人か妾がいるが、いかんせん男の子がおらず、またそれもどうしようもなかった。正夫人の賈氏が一女を生み、幼名を黛玉といい、年はようやく五歳、夫妻に男の子はおらず、そのためかわいがること珍宝の如しで、しかもこの娘は聡明で容貌が美しく、そこでこの娘に学問をさせ、字を憶えさせたいと思ったが、それでかりそめに男の子を育てている気持ちになり、いささか膝下(しっか)に子のない寂しさをまぎらしているに過ぎなかった。
● 前科 qian2ke1 前回の科挙
● 探花 tan4hua1 科挙の殿試の第3位合格者。
ちなみに、首席合格者は状元 zhuang4yuan2、二位は榜眼 bang3yan3 という。
● 大夫 da4fu1 官職名。卿の下、士の上
● 欽 qin1 皇帝自ら(行う)
● 御史 yu4shi3 官職名
● 襲 xi2 受け継ぐ
● 業経 ye4jing1 すでに
● 当今 dang1jin1 今の皇帝
● 隆恩盛 long2en1sheng4de2 恩が厚く徳が盛んである
● 額外 e2wai4 定め以上に
● 科第 ke1di4 科挙の試験の上位合格者
● 鐘鼎之家 zhong1ding3zhi1jia1 財産と地位のある家。
● 書香之族 読書人の一族
● 支庶 zhi1shu4 庶子(妾腹の子供)の系統
● 門 men2 一族。家庭
● 堂族 tang2zu2 父方の祖父を同じくする一族
● 親支嫡派 qin1zhi1di2pai4 直系の一族
● 去歳 qu4sui4 昨年
● 房 fang2 (量詞)妻妾を数える
● 姫妾 ji1qie4 妾
● 奈命中無子 nai4ming4zhong1wu2zi3 いかんせん男の子がおらず
● 嫡妻 di2qi1 正夫人
● 清秀 qing1xiu4 容貌がうるわしい。美しい
● 假充 jia3chong1 いつわる。ふりをする
● 膝下荒凉 xi1xia4huang1liang2 膝下(しっか)に子を抱けないさびしさ
● 聊 liao2 ひとまず。いささか
雨村正値偶感風寒,病在旅店,将一月光景方漸愈.一因身体労倦,二因盤費不継,也正欲尋個合式之処,暫且歇下.幸有両個旧友,亦在此境居住,因聞得鹺政欲聘一西賓,雨村便相托友力,謀了進去,且作安身之計.妙在只一个女学生,并両個伴読丫鬟,這女学生年又小,身体又極怯弱,工課不限多寡,故十分省力.
[訳]雨村はたまたま風邪をひいて、旅館で臥せっていたが、一か月くらいしてようやく次第に回復した。体はだるいし、旅費も心細くなってきたので、適当なところをさがして、しばらく休みたいと思った。幸いに二人の旧友がおり、この地方に住んでいたが、巡塩御史が家庭教師をさがしていると聞いたので、雨村は友人に力添えを頼み、なんとか入り込んで、身を落ちつけたいと思った。うまい具合に女学生がひとりと、いっしょに勉強する小間使いがふたりいるだけで、この女の教え子は年も小さいし、体も弱く、授業は多寡を決められておらず、たいへん手間が省けた。
● 風寒 feng1han2 寒風と寒気。「感風寒」で風邪をひく
● 光景 guang1jing3 ころ。くらい
● 盤費 pan2fei4 =路費:旅費
● 西賓 xi1bin1 =西席 xi1xi2幕友、または家庭教師に対する呼称。主人は東に、客は西に座ったことから、こう言う。
● 多寡 duo1gua3 多寡。多少
堪堪又是一載的光陰,誰知女学生之母賈氏夫人一疾而終.女学生侍湯奉薬,守喪尽哀,遂又将辞館別図.林如海意欲令女守制読書,故又将他留下.近因女学生哀痛過傷,本自怯弱多病的,触犯旧症,遂連日不曾上学.雨村閑居無聊,毎当風日晴和,飯后便出来閑步.
[訳]こうしてまた一年の月日が経ったが、思いがけずこの教え子の母の賈氏がちょっとした病から亡くなられてしまった。彼女は母のお傍で薬を煎じて差し上げ、また喪に服して哀悼を尽くしていたので、雨村は遂にこのお館を辞して別に生活の糧を得ようと思った。林如海は娘に服喪中も読書を続けさそうと思ったので、彼を引き続き家に留め置こうとした。近頃はこの娘の悲しみがひどく、もともと体が弱く病気がちであったので、持病がまた出てきて、何日も続けて授業が受けられなくなった。雨村は閑居して無聊をかこち、天気のよい日にはいつも、食後に出かけて行ってそぞろ歩きをした。
● 侍湯奉薬 shi4tang1feng4yao4 侍奉:目上の人のそば近くに仕え、差し上げる。 湯薬:煎じ薬
● 守喪 shou3sang1 通夜をする
● 守制 shou3zhi4 父母が死んだ時、子供は27ヶ月間家に閉じこもって身を慎み、官職にある者は必ず一時その職を退いたこと
● 風日晴和 feng1ri4qing2he2 天気の晴れた日
● 閑步 xian2bu4 そぞろ歩きをする
こうして、雨村が揚州の郊外に行き、そこでの出会いから、物語は新たな展開をしますが、それは次回にて。
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