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和歌に使われる枕詞と地名の関係を調べてみた  202306

2023-06-25 11:35:00 | なるほど  ふぅ〜ん

「あをによし」「八雲立つ」「神風や」…和歌に使われる枕詞と地名の関係を調べてみた
  LihullHomes より 230625  上江洲規子



和歌に使われる「枕詞」は地名と関係が深い

 奈良には、日本最古の大仏や石舞台、壁画の美しい高松塚古墳など、独特の文化がある。
奈良の「あすか」は「飛鳥」と「明日香」、二つの表記がある。地名の「あすかむら」は「明日香村」、近鉄の駅名は「飛鳥駅」と、どちらも公的に使用されており、使われる頻度も、同じ程度ではないだろうか。
なんともややこしいが、実はこの表記の違いを紐解く鍵は、和歌の枕詞にある。

「あすか」の音の由来は、中洲を意味する『スカ』に接頭語のアがついたとするものや、冬鳥のイスカが飛来するからとするものなど諸説あり、「明日香」のほかにも「安宿」「阿須賀」などの漢字があてられた。それぞれ「あすか」と読めるが、「飛鳥」を「あすか」と読むのは無理がある。「あすか」の枕詞が「飛ぶ鳥の」だったため、「飛鳥」も「あすか」と読むようになったのだ。

 また、「飛ぶ鳥の」が枕詞になった理由も、地形が鳥のように見えるからとか、各地にあった「あすか」と呼ばれる土地のなかで、飛ぶ鳥のごとく栄えていたからなどといわれている。

飛ぶ鳥 明日香の里を置きて去(い)なば 君があたりは 見えずかもあらむ
元明天皇 万葉集巻一(七八番)

   (奈良県明日香村キトラ古墳  春日大社)

同じような事情は、「春日」にもある。
「飛鳥」と違うのは、本来どのような表記をしていたのかが詳しくわからないことだ。「かすが」の語源は「神の住処」「霞の住処」など諸説あり、それぞれの表記は記録にみつかっていないが、「春日(はるひ・かすが)」という枕詞の意味としてふさわしいのは「神の住処=神住処(かすか)」が近そうだ。

 春日(はるひ)を 春日(かすが)の山の 高座(たかくら)の 御笠(みかさ)の山に 朝さらず 雲居たなびき 貌鳥(かほどり)の 間(ま)なくしば鳴く 雲居(くもゐ)なす 心いさよひ その鳥の 片恋(かたこひ)のみに 昼はも 日のことごと 夜(よる)はも 夜(よ)のことごと 立ちて居て 思ひぞ我がする 逢はぬ子(こ)故に
山部宿禰赤人 万葉集巻三(三七二番)

 理解に少々手間がかかるのは「長谷」だろう。「はせ」を「長谷」と表記するのは、「初瀬(はせ・はつせ)」の枕詞が「こもりくの」だからだ。「こもりく」は山に囲まれた谷を意味する言葉で、山に囲まれた長い谷だから、「長谷」を「はせ」と読む。
 初瀬は第21代雄略天皇が宮を置いたとされる地で、「泊瀬」の表記もある。西国三十三所第八番札所で、奈良時代に開基された長谷寺の縁起によれば、初瀬川上流から毘沙門天の宝塔が流れて来て、泊まった場所ゆえに「泊瀬」と呼ばれたという。

 こもりくの 初瀬の山の 山の際(ま)に いさよふ雲は 妹にかもあらむ
柿本朝臣人麿 万葉集巻三(四二八番)

このように万葉集をはじめ、和歌に詠まれている枕詞には地名と深いかかわりがありそうだ。
そこで、地名と枕詞の関係を調べてみた。

スサノオが詠んだ最古の和歌にある、枕詞「八雲立つ」は出雲

「八雲立つ」の枕詞がつけられるのは神の国、出雲だ。
出雲の語源も諸説あるが、雲が湧きたつ土地だからとするのが一般的だろう。山陰地方は雨がよく降るため、土地の人は「弁当を忘れても傘を忘れるな」と言うほどだそうだ。その出雲の枕詞は「八雲立つ」で、出雲がそもそも「雲が出る土地」であるから、さらに「八つの雲が立つ」のは少々強調がすぎる気もする。

「八雲立つ」の枕詞がつけられたのは、書面に残っている日本最古の和歌だ。詠んだのはスサノオで、高天原でもっとも貴い神「三貴神」の一柱でもある重要な神だから、歴史があるだけでなく品格も高い枕詞といえよう。スサノオが和歌を詠んだのは自分の結婚式でのことだ。

 スサノオのいたずらが原因で姉のアマテラスが岩戸に隠れてしまい、世界は真っ暗闇に包まれてしまう。オモイカネらのアイデアで世界に光が戻るが、スサノオは高天原を追い出されてしまった。そしてやってきたのが出雲だ。ヤマタノオロチを退治してクシナダヒメを助け、彼女を妻とする。その結婚式の座で詠まれたのが次に示す和歌だ。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を
               (速須佐之男命 古事記)

良い歌かどうかは各自の判断に任せるが、同じ言葉を繰り返すことでリズムが生まれるから、最古の和歌は、技巧よりも節回しが重視されたのかもしれない。
ちなみに、『怪談』で知られるラフカディオ・ハーンは帰化する際、この枕詞から「八雲」をとり小泉八雲を名乗った。彼は松江のまちを愛し、『神々の国の首都』という随筆を書いているので、明治時代の出雲に興味のある方は手に取ってほしい。


 奈良の枕詞「あをによし」、大和の枕詞「あきつしま」

奈良の枕詞が「あをによし」なのは有名だが、「青丹よし」と書かれるように奈良山の辺りで青の顔料がとれたからだとか、「青丹」が青の土(青)・赤の土(丹)を表したことから奈良の山を讃えたものともいわれている。それが、いつしか古都・奈良を示す枕詞になった。

あをによし 奈良の都は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり
太宰少弐小野老朝臣 万葉集巻三(三二八番)

さて、奈良になる以前、日本初の王権が置かれた「大和」の枕詞についてはあまり知られていない。大和の枕詞は「あきつしま」。漢字にすれば「蜻蛉島」となる。
「あきつ」は蜻蛉の古語だ。多くの人が集まって栄えた大和には広々とした田圃があり、蜻蛉がたくさん飛んでいたのかもしれない。しかし、『日本書紀』や『古事記』には、田圃とは関係のないエピソードが記されている。

ひとつは『日本書紀』の初代神武天皇条。神武天皇が即位して31年目の夏に、腋上の嗛間(ほほま)の丘に登って大和の国を眺め、「狭いけれど、蜻蛉が交尾をするように山が連なる美しい国だ」と喜んだとある。嗛間の丘は奈良県宇陀郡の国見山のこととされ、首長が高いところから治める国を見て、それを褒めることを「国ほめ」という。国ほめは儀礼的に行われており、『万葉集』にも舒明天皇の「国見歌」が残されている。

もう1つは『古事記』にある、第21代雄略天皇に関するエピソードだ。雄略天皇が現在の吉野あたりで狩りをしていたとき、虻がとんできて腕を刺した。「やられた! 」と悔しく思っていると、蜻蛉が飛んできてこの虻を食べてしまった。それを見た天皇は、「この日のことを地名に残そう」と、大和の国を「あきつしま」と呼ぶようにしたというのだ。

蜻蛉島(あきづしま) 大和の国を 天雲に 磐舟(いわふね)浮べ 艫(とも)に舳(へ)に 真櫂(まかい)しじ貫き い漕(こ)ぎつつ 国見しせして 天降(あも)りまし 払ひ平らげ 千代重(かさ)ね いや継ぎ継ぎに 知らし来る 天の日継と 神ながら 我が大君の 天の下 治めたまへば(後略)
大伴宿禰家持 万葉集巻十九(四二五四番)

また、「あきつしま」とは別に、「そらみつ」「そらにみつ」の枕詞があるが、これも『日本書紀』の記述による。アマテラスの孫にあたるニギハヤヒがこの地に降りてきたとき、「空見つ 大和の国」と褒めたのが由来だ。

難波の枕詞「葦が散る」、伊勢の枕詞「神風や」など
地名につく枕詞は他にもある。
干潟が広がり、葦の多かった難波の枕詞は「葦が散る」「葦」。

海原の ゆたけき見つつ 葦が散る 難波に年は 経ぬべく思ほゆ
大伴宿禰家持 万葉集巻二十(四三六二番)

伊勢の枕詞は「神風や」。「神風」という枕詞は伊勢神宮の祭神であるアマテラスからではないようだ。『風土記』によれば、神武天皇が伊勢を平定する以前、この国にはイセツヒコという神がいた。しかし、神武天皇を恐れ、八風を起こして太陽のように光り輝いて東の地へと飛び去ったとあり、「古語に『神風の伊勢の国は常世の浪寄する国』というのはこのことを指す」と記している。
伊勢に吹く神風は、アマテラスより先住の神であるイセツヒコが吹かせたものなのだ。

山辺の 御井を見がてり 神風の 伊勢娘子ども 相(あひ)見つるかも
長田王 万葉集巻一(八一番)

「真金吹く」は「吉備」の枕詞。吉備は現在の岡山県あたりで、岡山県東部にある西粟倉村あたりでは、たたら製鉄が盛んにおこなわれていた。たたら製鉄は砂鉄を利用するもので、たたらと呼ばれる鞴(ふいご・空気を送る装置)で炎に風を送って高熱にし、砂鉄を融かす。近代には西洋製鉄が盛んになったため、たたら製鉄は廃れるが、日本刀の素材として欠かせない「玉鋼」は、たたら製鉄でしか作れない。

ま金吹く 丹生のま朱(そほ)の 色に出て 言はなくのみぞ 我が恋ふらくは
詠み人知らず 万葉集巻十四(三五六〇番)

関東にも枕詞のついた地名がある。「打ち寄する」は「駿河」の枕詞で、駿河湾に打ち寄せる波をイメージしたのだろう。また「する」が繰り返されることで、リズムを生む効果もある。

なまよみの 甲斐(かひ)の国 うち寄する 駿河(するが)の国と こちごちの 国のみ中(なか)ゆ 出で立てる 富士(ふじ)の高嶺(たかね)は 天雲(あまくも)も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上(のぼ)らず(後略)
詠み人知らず 万葉集巻三(三一九番)

地名につけられた枕詞を見ると、当時の人々がその地を、またその土地の景色や歴史を、どのように見ていたのかわかるかもしれない。

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