106. チェンジング・ブルー 〔前〕 (気候変動の謎に迫る) (大河内直彦著 2008年11月)
「 本書は、長期的な気候変動のメカニズムとそれを解明した科学者たちの物語である。本書は全部で13章立て。前半は酸素同位体比による海水温の分析からミランコビッチ・サイクルまで。
中盤は気候における深層水循環と循環停止のメカニズム、後半は気候変動における変化率の話が中心となる。最終章で著者は気候変動はヒステリシスで説明することができるため、問題を放置することは劇的に短期間で気候変動をもたらす可能性があると警告する。
巻末の人名索引で紹介されている科学者は65名。注だけで37ページ、図版出典一覧は別立てで6ページもある。ちなみに本文は344ページである。
このように紹介すると大変難しい本のように思えるが、じつは説明の手つきがしっかりしているので高校生でも充分に理解できるであろう。しかし、日本人がこのような本格的なサイエンス本を書けるとは思っていなかった。
英訳されれば外国でも間違いなく売れる本だ。スムーズな章立て、快適なスピード感、語り口のうまさ、膨大で正確な知識、非センセーショナリズム(sensationalism:世間をあおる)、過不足ない図版、丁寧な注釈と索引、どれをとってもすばらしいのひと言だ。
本書は科学者たちのさまざまな逸話を紹介しながら、科学における知識の積み重ねという美学を教えれくれる。この本に触発された若い読者の中から何人もの大科学者が生まれるに違いないとすら思える、日本では稀な、世界にも求められうる秀逸な科学読み物である。 」 (「面白い本」 成毛真著より)
各章と小見出しを紹介しながら、私が本文を引用した多少の説明を加える、というかたちで紹介していきます。
『 第1章 海をめざせ!
1-1 海の中に降る雪 1-2 海の底を突き刺せ! 1-3 泥に刻まれた暗号
第1章分の説明
海の平均の深さは、3,800メートルである。最も深いところは、フィリピンの西方1,500キロのマリアナ海溝の1万1千メートルである。そして、太陽が到達する水深は200メートルである。太陽光が到達するのは海洋の表層5%たらずで、その下の95%は暗黒の世界だ。
陸地から1000キロも離れた遠洋の海底には、植物プランクトンの遺骸であるマリンスノーが降り積もっている、その降り積もる速度は、5千年で、10センチである。
第2章 暗号の解読
2-1 古水温計を求めて 2-2 古海洋学事始め 2-3 酸素同位体温度計 2-4 同位体質量分析計の登場 2-5 エミリアーニの古水温計 2-6 海水温をめぐる論争
第2章分の説明
この堆積物の中に過去の水温の情報である有孔虫の炭酸カルシウム(CaCO3)を含む。この中の酸素の質量数は16であるが、中性子が1つ多いO17が0.038%、さらに中性子が2つ多いO18が0.2%含まれている。
海水に溶けているカルシウムイオンと炭酸イオンとで、炭酸カルシュウムを生成する。 Ca + CO3 = CaCO3 となる。この反応は25℃の温度の時より、0℃の温度の時のほうが、O18の濃度が3.5%高い。
この酸素同位体のわずかな違いを捉えると過去の水温が推定できる。エミリアーニは、質量分析計を用いて、過去の水温を測定した。
質量分析計の原型を開発したのは、アルフレッド・ニーアで、その原理は、試料をイオン化して磁場の中を通すと重いものほど曲りにくいというものである。
エミリアーニは、カリブ海の海底コアの深さを酸素同位体比をグラフにした。それは、酸素同位体比が時代とともに変動し、かって氷期と間氷期が何度もノコギリ状に繰り返されていたことを示していた。
氷期に生息する有孔虫の酸素同位体比が、現在に比べおよそ2パーミル(0.2%のこと)重かったことを示し、氷期の水温が八℃低かったことを示していた。
そして、氷期から間氷期にいたる温暖化は一万年程度の比較的短時間で起きていた。(エミリアーニは、太平洋や大西洋など10地点での結果も同様の変化を示した)
第3章 失われた巨大氷床を求めて
3-1 消えた巨大氷床 3-2 アイソスタシー 3-3 上下する海面 3-4 洪水伝説
第3章の説明
もし世界地図や地球儀が手元にあれば、それを眺めてみよう。南極とグリーンランドだけが、白く塗りつぶされていることだろう。南極とグリーンランドは、大きな「氷床」(ひょうしょう)に覆われているからだ。
グリーンランドでは最大3キロメートルの厚さをもった氷床が存在し、南極では、4キロメートルの厚さの氷床で覆われている。 ところが驚くべきことに、約10万年前から2万年前までつづいた最終氷河期には、もっと巨大な氷床があったことが、地質学者による詳細な陸上調査によって明らかにされた。
最終氷河期に北米大陸北部に形成されたローレンタイド氷床と、ヨーロッパ北部に形成された北ヨーロッパ氷床、このうち西部をフェノスカンジア氷床、東部をバレンツ・カラ氷床と呼ぶ。
かって北米や北欧に巨大な氷床が存在していたことを示唆する証拠は、思わぬところにもある。スカンジナビア半島付近における過去100年間の隆起を調べると、10メートルに及ぶ。
それはかって、この地に乗っていた氷床が急に融けてなくなったため、その重さから解放された反動で隆起しているというものだ。このメカニズムは「アイソスタシー」(isostasy :地殻均衡説:地殻はマントルの浮力で支えられ、地殻の重さと浮力が釣り合っているという説) という概念で説明される。
地殻の厚さは、30kmであるが、地球の半径は6400km弱でだから、0.5パーセントにも満たない、半径15センチメートルの地球儀で考えると、1ミリメートルにも満たない計算だ。
最終氷期に3キロメートルもの厚さの氷床で覆われていたものが融けて、すでに350メートルも隆起し、現在も隆起中であり、後450メートル隆起してバランスする。
上下する海面の記録は、海底深くにある死んだサンゴ礁によって、過去の海面変化を知ることができる。この結果、2万年前には、約150メートルも海面が低かったことが判明した。
四大文明が栄えはじめた時代は、例外なく六,七千年前でそろっているというのは、少し妙な気がしないだろうか?さきに述べたように、最終氷河期の海面上昇が一段落したのが、およそ七千年前のことだ。
それ以前は、100年につき約1メートル海面の上昇が続いた。メソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明、黄河文明と大河川の河口の肥沃な大地に育まれた文明である。 』
『 第4章 周期変動の謎
4-1 気候変動のリズム 4-2 伸ぶ縮みする公転軌道 4-3 首振りする自転軸 4-3 グラグラする自転軸 4-4 ミラコビッチ・フォーシング 4-5 ミラコビッチ理論をめぐる闘い 4-6 気候変動のペースメーカー 4-7 未解決の問題
第4章の説明
過去100万年に氷期(11回)と間氷期(11回)ノコギリ状に入れ替わており、あるリズムを持っているように見える。現在は間氷期の始まりである。
太陽から降り注ぐエネルギーは、地球を暖めている実質上の唯一のエネルギー源だ。そのエネルギーの総量と分布は、地球の公転軌道や自転軸の傾きのわずかに変化することこそが、気候変動の重要な原動力ではないかと、ミランコビッチは考えた。
ミランコビッチ・フォーシングとは、太陽からの入射エネルギーの地理的分布と季節分布は、地球の自転と公転に関する三つの要素によって変化する。
すなわち、離心率(公転軌道はわずかに楕円である)、歳差運動(コマの首振り)、自転軸の傾きのわずかな変化によって、太陽の入射エネルギーが低下した時期と氷河期は関係したとする考え。
自転軸の傾きは一定ではなく、過去60万年についてみれば、22.1°から24.5°の間を変化してきた。
第5章 気候の成り立ち
5-1 太陽からのエネルギー 5-2 地球のエネルギーバランス
第5章の説明
地球エネルギーバランスは、一年間に降り注ぐ太陽エネルギーの総量が、地球から宇宙空間へでていくエネルギーとバランスしている。抗体放射のエネルギーバランスで求めた地球の平均表面温度はー18℃である。
しかし、実際の地球の平均温度は15℃で、30度ほどの差がある。その答えは、大気の温室効果が考慮されてないというものだ。
第6章 悪役登場
6-1 温室効果のからくり 6-2 先駆者アレニウス 6-3 二酸化炭素職人キーリング 6-4 二酸化炭素のゆくえ
第6章の説明
地球から放射する赤外線は4マイクロメートルから40マイクロメートルのもので、12マイクロメートル付近が最大である。その赤外線を吸収する性質を持っている大気の主要成分は、水蒸気、二酸化炭素、メタン、一酸化窒素、オゾンといった微量成分である。
大気を暖める効果の大半を担っているのは、二酸化炭素ではなく実は水蒸気である。ただし、大気中の水蒸気は、人間の活動によって、ほとんど増加しない。
二酸化炭素は、大気中に380PPMしか含まれていないが、波長15マイクロメートル付近の赤外線を効果的に吸収する。ちなみに1700年代の二酸化炭素は280PPMであった。(南極の氷の中の空気を分析した結果)
第7章 放射性炭素の光と影
7-1 マンハッタン計画 7-2 放射性炭素年代法の黎明期 7-3 落し穴 7-4 不運な研究者
第7章の説明
マンハッタン計画とは、一九四二年から一九四六年まで、原爆製造のための理論的および実験的研究と技術開発のプロジェクトで、その規模はのべ13万人以上と、現在の貨幣価値に換算して、2兆円以上といわれる。
この計画によって、天然中にわずか1パーセント弱しか含まれていないウラン二三五を他のウラン同位体から分離・濃縮する技術は核分裂の連鎖反応を応用する原子爆弾の製造に欠かせないものだった。
そのため各種同位体を測定したり、分離する技術は大きく発展した。自然界の炭素は C12 が98.89%、C13 が1.11%(中性子が1つ多い)、C14 が百億分の1%(中性子が2つ多い)となっている。
このうち C14 は、高度19~15kmの大気上層で、N14 (窒素原子)が高エネルギーの宇宙線によって、二次的に形成された中性子と反応して C14 が作られる。これは放射性核種であり、ベータ壊変によって時間とともに N14 戻る。
この時、放出されるベータ線をガイガー・カウンタで測定できる。その精度は、1兆分に一の微量でも測定できる。C14 の半減期は5570年で、地球上で生きている生物炭素原子のうち C14 は平均15.3dpm/g である。すなわち、炭素1グラムにつき1分間におよそ15個の C14 原子が壊変する。
生命活動を停止した時から半減は開始され、年代の明かな木材で、測定した結果そのことが証明された。さらにはC14の放射性同位元素とガイガーカウンタによって、植物の光合成を追跡することによって、光合成の反応プロセスのカルビン反応が解明された。 』
『 第8章 気候変動のスイッチ
8-1 海洋深層を流れる大河 8-2 ストンメルと深層水循環 8-3 ブロッカーとコンベヤーベルト 8-4 最終氷期の深層水循環 8-5 オン・オフ・モデル
第8章の説明
冬になると、グリーンランド氷床から冷たく乾燥した風が海面から多量の熱を奪い去る。さらに海氷を形成し、海水から水だけを抜き取り、高塩分化して十分重くなった海水の塊は、数千メートル下の深海底へ雫のように「落下」していく。
その重い海水の塊は、水深およそ二五〇〇メートルのグリーンランド海盆を満たし、そこからあふれ出て、アイスランドの東側を通って北大西洋海盆に流れ出し、南下し始める。
このようにグリーランド沖と南極沖で海氷が作られる時の高濃度の塩分で低温の海水が、約千年の時を得て、北太平洋のベーリング海沖の表面に到達し、終点を迎える。その後、表層水となって、グリーンランド沖に到達する。これを深層水コンベアベルトと呼ぶ。
このベーリング海沖で表面の到達した時、深海のミネラル分を豊富に含むため、急激に植物プランクトンを発生させ、此のプランクトンを求めて、ニシンなどの大群を成長させる。
この深層水コンベアベルトは、ゆっくりした流れであるが、海水は熱容量が大きく量が多いため南北のエネルギー輸送に大きな役割をになっている。
この流れが止まることによって、氷河期が始まるのではないかと考えたのが、オン・オフモデルである。
第9章 もうひとつの探検
9-1 ダンスガードの夢物語 9-2 白い大地、グリーンランド 9-3 氷の中の秘密基地 9-4 氷に残された気候の記録 9-5 流れる氷床 9-6 さらなる挑戦 9-7 決定版をめざして
第9章の説明
ウィリ・ダンスガードは高緯度地域で降る雪の酸素同位体比と気温が、年平均気温が高ければ、雪の酸素同位体は、O18が多く、気温が低ければ、O18が少なくなるという経験則を見出した。
グリーンランドに於ける各地の年平均気温と降雨の年平均酸素同位体比は、1℃上がるごとに、0.7パーミル大きくなる。(O18で構成される水は通常のO16で構成される水より、10パーセント重いためと考えられる)
このことから、ダンスガードはグリーランド氷床に残された記録から過去数百年の気象変動が復元できるかもしれないと考えた。
アメリカとソ連が冷戦の真っ只中にあった一九五〇年代の終わり頃、グリーンランドの北西端近くにアメリカ軍の秘密の基地が氷床内部に建設された。
基地の名は「キャンプ・センチュリー」といい、氷床の内部でありながら、とてつもない規模で、病院、教会、映画館まで持ち、移動式の原子力発電機によって、電力は供給されていた。
氷床の構造に関する研究を行っていたが、アメリカ軍の寒冷地工学研究所のライルハンセンのグループは、その活動の一環として、この基地でアイスコアを掘削する技術開発を行っていた。
そのアイスコアは、分析されることなく、アメリカの寒冷地工学研究所の冷蔵庫に保存されていた。そのことを知ったダンスガードは、所長のチェスター・ラングウェイに手紙を書き、アイスコアの酸素同位体比を分析させてもらえないかと申し出て、受け入れられた。
コペンハーゲンに届いたそのサンプルの酸素同位体比の分析結果は、ダンスガードを大いに驚かせた。それは最終氷期と考えられる時代だけでなく、最終間氷期と呼ばれる、一つ前の暖かい時代まで記録していたのである。
深さ1150メートル付近まで、時代でいうと一万年前くらいまでは、延々と安定した同位体比をもっており、その値はマイナス29パーミルという値で、現在のそれとほぼ同じである。
ところがそれよりも深い部分になると、急に状況が変わりはじめる。酸素同位体比が急速に小さくなり、一万四五〇〇年前ごろと推定される深さ1200メートルあまりの部分では、マイナス43パーミル付近まで低下しているのだ。
この14パーミルにおよぶ酸素同位体比の低下は、20℃以上の気温の低下に相当する。それ以外にも、このアイスコアからは興味深いシグナルをいくつも見出すことができる。
氷期の記録の中には、気温に換算すると、七℃くらいの振れ幅をもつ、短い周期の「気候変動」が数多く見いだされる。このことは、グリーンランドにおいて氷期という時代が、単に寒いだけでなく、非常に不安定な気候をともなう時代だったことを示唆している。 』
この後、10章から13章まで続きますが、それらは〔後〕として、二つに分けます。 (第105回)