チェロ弾きの哲学ノート

徒然に日々想い浮かんだ断片を書きます。

ブックハンター「日本の革新者たち」

2019-02-18 08:32:41 | 独学

 183. 日本の革新者たち  (齊藤義明著 2016年6月)

 本書は、”100人の未来創造と地方創生への挑戦”という副題です。革新者というと派手な感じがしますが、私の感じでは意外に地味な努力の中から生まれるもののように考えられます。今回は、その中から四つの話だけ紹介いたします。

 四つの小見出しだけ先に紹介します。”Amazonを超える書店”、”のど渇きではなく、心の渇きを癒す”、”中古物件から魅力を引き出す宝探し型不動産”、”真っ暗闇のソーシャルエンターティティメント”の四つです。


 『 私は、書店には革新者はいないと思っていた。「Amazonで勝負あり」で、このビジネスモデルに勝てる書店などないだろうと。北海道砂川市に、「いわた書店」という小さな書店がある。

 田舎にあるのに、全国から注文が殺到、2015年3月までで666人待ち、対応しきれないため受付を締め切ってしまうほどであった。

 さらに2016年4月に受付を再開したときには約1600人から応募が殺到、やむをえず抽選方式に変更した。なぜ、いわた書店に注文が殺到するのか? 社長の岩田徹さんは「一万円選書」というしくみを実践している。

 これは約一万円分の本を、お客さんのために岩田さんが選んで届けるというサービスであり、選書にあたって岩田さんはお客さんの読書履歴や仕事、人生観を知るための「選書カルテ」という記入式調査をお願いする。

 岩田さんはその選書カルテをじっくり時間をかけて読み込む。そして素敵な本と出合えますようにと願いを込め、お客さんが自分ではけっして選ばないだろう本を選び出す。

 その本にはお客さんがハッとする言葉が潜んでいたりする。これは岩田さんからユーザーへの心を込めた for you のサービスである。

 本の推奨ならAI(人工知能)にもできる。Amazon のレコメンド・エンジンには、「よく一緒に購入される商品」、「この商品を買った人はこんな商品もかっています」といった推奨機能がある。

 だが自分が選ばない領域の本、隠れた悩みを解決してくれる本の紹介は、Amazon のレコメンド・エンジンにはできない。無類の本好きで多様な種類の本を知る岩田さんが、お客さんの悩みを知ってこそなせる業である。

 言ってみれば Amazon は Needs 対応、いわた書店は Wants 対応なのだ。大変手間がかかるやり方であるからこのビジネスモデルが儲かるとは思えない。

 したがって「Amazon を超える本屋」などというのも正しくはないだろう。だが、覇者 Amazon 覇者にはできない付加価値を作り出している一点において、岩田さんはやはり革新者と言えるだろう。


 『 Needs を探すのではなく、Wants を創造する。コカ・コーラ社が中東で行った秀逸なマーケィテング・キャンペインを取り上げたい。中東には建設や製造や農業などに従事するため国外から労働者たちが数多くきている。

 特に南アジア地域からの労働者が多く、人口の3割程度を占めるという。この人たちにコカ・コーラをもっと買ってもらうにはどうしたらいいか? 

 皆さんが担当責任者だとしたらどうするだろう? 味を変えるか、パッケージ・デザインを変えるか、それともプライシング(価格設定)を変えるか?

 この労働者たちの日給は大体6~7ドル程度と言われている。では、この人たちの Wants とはなんだろうか。それは、母国に残してきた奥さんや子供たちの元気な声を聞くことである。

 しかし日給6~7ドルではそうそう国際電話はできない。せいぜい何日かに一度、少しの時間だけ家族と話して満足するしかない。そこでコカ・コーラ社がやったことは驚きだった。

 コカ・コーラのペットボトルのキャップを入れると3分間国際電話ができるコカ・コーラ社製の専用電話ボックスを設置したのである(Hello Happiness プロジェクト)。

 この結果労働者たちは、コカ・コーラのキャップをポケットに入れ、この電話ボックスに列を成すようになった。コカ・コーラ社は言ってみれば、のどの渇きではなく、心の渇きを癒したのだ。

 炭酸飲料としてのコカ・コーラに対する Needs をいくら聞いてもこうしたソリューションは生み出せない。

 顧客の心の奥深くにある欲望や、怒りや、悲しみや、愛情など Wants に着目し、そこに向けてソリューションを図ったからこそ可能となったのである。 』


 『 高度成長期に整備された家やマンションが老朽化し、空家数が増加している。

 従来であれば、これらは既に無価値な資源と捉えられ、スクラップ・アンド・ビルドによって新築のマンションなどに建て替えられていたが、最近は古い建物の風合いやストーリーを活かし、改装して住むというストック・リノベーションの動きが拡がり始めている。

 この分野で活躍している革新者の一人に東京R不動産の共同創業者の馬場正尊さんがいる。

 普通、不動産屋が物件を評価する際には、駅からの距離、部屋の広さ、設備の新しさといったような基準で価格を決めることが多いと思うが、東京R不動産は、従来の不動産屋とは全く違った視点で物件の価値を引っ張り出す。

 例えば、レトロな味わいがある、倉庫っぽい、改装できる、無料で屋上が付いてくる、水辺の景色がある、秘密基地っぽいなどといった切り口である。

 そんな独自の切り口を持ちながら、町中を宝探しのように探検して面白い価値を持つ物件を発掘する。そこに独自のコンセプトやライフスタイル・ストーリーをのせ、そのストーリーに見合ったリノベーションを施す。

 それを「東京R不動産」というウェイブメディアで発信し、標準的なマンション生活では飽き足らずに個性的なライフスタイルを求めているユーザーとマッチングさせるのである。

 東京R不動産は、一般論で言う「マイナス」の資源からきらりと光る「プラス」の部分を拾い出し、そのプラスを増幅するコンセプト・ワーク、デザイン・ワーク、ストーリー・テリングを一軒一軒丁寧に行うことによって、成熟社会に入った日本にふさわしいライフシーンを創造し始めている。』


 『 マイナスをプラスに変える二人目の革新者は、真っ暗闇のソーシャルエンターテイメント事業を展開する志村真介さんと志村季世恵さん夫妻である。渋谷区外苑前の地下空間にある「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」。

 照度ゼロ、純度100%の真っ暗闇の世界で、見知らぬ8人が一組となって中に入っていく。グループを先導し案内してくれるのは目の見えない方、つまり視覚障がい者である。

 全員、白杖をついて暗闇の中に入っていく。中に入っている時間は一時間半くらいであろうか、暗闇の中でワークショップ的なことをやって見たり、ワインを飲みながら語り合ったりする。

 それだけのことだが、入場料は五千円、大規模テーマパーク並といってよい。もちろん暗闇の中に、テーマパークのような大規模なアトラクション施設はない。

 なのに、再訪希望率は95%を超え、友達に勧めたい人は98%にも達する。10年前にここで経験したことを覚えている人の割合も98%だという。一体、この空間の付加価値は何なのか?

 ダイアログ・イン・ザ・ダークでは視覚が完全に奪われる。だが実は奪われるものは視覚だけではない。年齢も、地位・肩書も、見た目も、名前も関係ない世界なのだ。

 現実世界でまとった鎧が全てはがされる。頼りになるのは声ぐらい。そうするとどうなるか?子供の頃の懐かしい気持ちになってくる。自分は無力だということをつくづく感じられる。

 手をとって助けていただき、人の温かさを感じる。丁寧なコミュニケーションの重要性に気づかされる。見た目が無意味な世界で自分とは一体何者なのかということに思いを巡らせる。

 最も驚いたのは、たった一時間半で見知らぬ8人が非常に仲良くなることである。同窓会が続いているグループも多いそうで、結婚したカップルまでいる。

 普通、私たちは新しいサービスを創造しようとするとき、なにか「足し算」をしようとする。ところがダイアログ・イン・ザ・ダークは徹底的な「引き算」をやったのである。

 視覚を奪い、地位や肩書を奪い、見た目を奪う。こうした引き算によってユーザーに新しい体験を与え、五千円支払っても惜しくない付加価値を生み出した。これがダイアログ・イン・ザ・ダークの革新性の一つである。

 もう一つ革新的なのは、先導するアテンドに視覚障がい者を起用したことである。この人たちはどちらかというと「周りの人、社会の人たちに助けてもらいなさい」と言われることが多かった。

 しかしこの空間では完全に立場が逆転し、健常者お助ける立場になる。彼ら、彼女らが頭の中におもっているマップや視覚以外の感覚の感受性は、私たちのものとは全く精度が違い、その能力に驚かされる。

 つまりダイアログ・イン・ザ・ダークは、「弱者」と呼ばれてきた人たちを「強者」に変えるビジネスモデルを創り出したのだ。

 障がいというマイナスをゼロに近づける親切を、私たちは「ノーマライゼイション」と言うが、ここでやっていることはゼロにすることではなく、プラスの方向へ大逆転させることである。

 これこそソーシャル・イノベーションであり、革新者の真骨頂だと言える。このように日本に増え続けるマイナスをプラスに逆転することができたなら、この国はすごく面白い国になっていくに違いない。 』 (第182回)

 


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