コメント
 
 
 
高崎の補充式定期券 (MT54)
2010-05-14 16:08:03
お久しぶりです。

この時代はマルスも万能ではなく、一部区間普通列車の定期券は発券出来なかったように思います。もっとも、この時代は高崎のマルスも中央口にM型4台に印刷発行機2台の陣容だったと記憶しております。
 
 
 
> MT54様 (isaburou_shinpei)
2010-05-15 00:46:29
コメントありがとうございます。
MT54様の仰せの通り、当時のマルスは現在のものほど万能ではありませんでしたので、一部区間普通列車という「複雑」なものは発券できなかったのかもしれませんね。
確かに、臨時発券にしては券番がかなり進んでいるので、気にかかっていたところです。
 
 
 
今でも (準急平戸-平戸口)
2010-05-15 01:04:00
はじめまして、準急平戸-平戸口と申します。
私の友人が、岡山〜(神戸市内のある在来線駅)の通学定期を持っております(岡山〜新神戸は新幹線)が、その定期券は今でも補充定期券みたいです。

もしかすると、新幹線関連の定期だと未だに発見出来ないものがあるんでしょうか。
 
 
 
Unknown (まる)
2010-05-15 18:28:51
平成3年頃のマルスはまだ新幹線定期券は全く発券できませんでした。
 
 
 
> 準急平戸-平戸口さま、まるさま (isaburou_shinpei)
2010-05-16 23:19:58
コメントありがとうございます。
まる様のご教示により、当時のマルスでは、新幹線定期券の発券がまったくできなかったということです。
そうなれば、券番が進んでいることも納得いきます。

当時マルスで発券できない(しない)ほど、新幹線定期券はまだメジャーなものではなかったのでしょうか?
 
 
 
当時は… (まる)
2010-05-17 23:43:44
平成2年頃の熊谷駅の場合だと1日5枚~10枚程度新幹線定期券を発売していましたし、東海東京駅では東京から新横浜・熱海・大宮への1・3ヶ月共用、東京~小田原と東京~三島の1・3ヶ月用常備券があったと記憶しています。

当時のマルスは主要駅はM型で周辺駅ではL型が一般的で、印発による定期券発売も多く、自動改札機も山手線内主要駅から展開始めたばかりだったので、機械による発売はコストパフォーマンス的に難しかったと思われます。
 
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。