種田山頭火(明治15年~昭和15年)は、「層雲」の荻原井泉水門下で、主に自由律俳句を作った俳人。現防府市の大地主の家に生まれたが、10才の時、父親の放蕩が原因で母が自殺した。早稲田大学に入学したが神経衰弱のため退学して帰郷。その後事業に失敗し、実家が破産している。
晩年は、得度し雲水姿で旅をしながら句作を続けた。50歳の時。精神不安定から自殺未遂をしている。
58才の時、脳溢血で亡くなるが、不幸な一生だったと言えるだろう。しかし、彼の救いが「自由律俳句」であったことは間違いない。
さて私も山頭火同様、自分の声が父親に似て、はッとすることが時々ある。しかし、私は父を懐かしく感じ、嬉しく思う。実に有難い。
スイバ(酸葉)