「藤井聡太さんに抜かれるのなら光栄です」最年少名人・谷川浩司が語る“藤井将棋”の完璧さ「気配りができるところも含めて…」
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2/26(日) 6:02配信
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インタビューに応じてくれた谷川浩司十七世名人。
藤井聡太竜王の将棋について、どのように見ているのか photograph by Nanae Suzuki/Yuki Suenaga
藤井聡太五冠と羽生善治九段が戦う王将戦が大きな盛り上がりを見せている。その第2局で立会人をつとめたのが谷川浩司十七世名人だ。かつて王将戦で羽生の「七冠阻止」を果たすなどタイトル戦で数々の伝説を作った稀代の名棋士は、藤井将棋と羽生将棋、それぞれの現在地をどう見ているのか。
NumberWebのインタビューに応じてくれた。(全2回の1回目/#2も) 【貴重写真】幼稚園生の藤井くんがピアノを弾く姿、おじいちゃんと将棋!メガネを外した羽生さん+谷川さんとの死闘が美しすぎる…「天才棋士レア写真集」を一気に見る(60枚超)
光速の寄せを旗印とした谷川浩司が、棋界の頂点である名人位に颯爽と登り詰めたのは21歳2カ月8日という若き日。中原誠の24歳9カ月4日を大きく飛び越える史上最年少記録で、誰もが不滅と信じ、心からの拍手を送ったものだ。しかし、令和の時代に現れた天才棋士・藤井聡太が、40年ぶりにその大記録を塗り替える可能性が、いま現実味を帯びてきている。
自身が打ち立てた輝かしい記録から最年少の看板を剥ぎ取られる危機を迎えている谷川だが、「思いは揺れ動きましたが」と前置きを入れはしたものの、「藤井さんに抜かれるのなら、むしろ光栄なことと考えています」と、達観した表情を浮かべるのだ。
恐るべきはその吸収力。読んだことが蓄積となって…
'21年5月に『藤井聡太論 将棋の未来』、さらに今年に入って『藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道』(ともに講談社+α新書)を書き下ろした谷川は、いまや藤井聡太ウォッチャーの先頭を走る人でもある。
「藤井聡太さんの強さの源は、答えが出ない局面を前にいつまでも考え続けられる力だと思います。中盤、終盤と局面が進んでいけば、そこには答えが存在するので、たどり着けるかどうかは別として、プロなら深いところまで考えたくなります。しかし、どう指しても一局と思えるようなところで深く考えるというのは実はなかなか難しいこと。勝負はもっと先の方で決まるという考えもあるし、序盤で時間を使いすぎると中終盤で時間切迫に追われることにも繋がるわけで、戦略的にどうかということもあります。でも藤井さんは、特に2日制のタイトル戦で、答えが出ない局面を前にじっくりと時間を注ぎ込むんです。そして、恐るべきはその吸収力。読んだことが確かな蓄積となって、彼をさらに強くしているんです」
20年9月9日、谷川は藤井聡太とB級2組順位戦の真剣勝負を戦った。そこで勝つことが、藤井の最年少名人への道程を遅らせるかもしれないわけで、新旧の天才棋士の激突はファンの注目を一身に集めた。
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彼が考える「25歳」が一つの目安になるのかなと
――新刊の表題、「藤井聡太はどこまで強くなるのか」を、「藤井聡太はいつまで強くなるのか」に置き換えるとどうなりますか?
「藤井さんがどこかでコメントしているんですが、彼が考えている『25歳』というのが一つの目安になるのかなと思います。あと5年間は将棋に専念するんだという意思表示ではないかと、私はそのように受け取っていますが」
この話を聞いて、競馬の武豊騎手がデビュー3年目の20歳のときに「ジョッキーとしての完成期はいつ頃になりそうですか?」と質問したことを思い出した。彼はそのことをすでに考えたことがあったらしく「実戦を1万回経験したときかな」と、ほとんど時間をかけずに答えてくれたのだが、デビュー16年目で1万回騎乗を達成(もちろん史上最速だった)したときに改めて尋ねると、
「いや、あと1万回かな」と、即座に先延ばしをしたのだ。経験を積むことで、どんな難しい場面でも前に経験したことがある場面か、あるいは似たような場面となって、自然に正解が見えてくるのではないかと想像していたようだが、辿り着いてみたらまだまだ未経験の場面がたくさん残されていたということらしい。武豊騎手はすでに2万回騎乗もクリアしているが、未だに「完成した」という話は聞けていない。
将棋もそう。分かっていたつもりだったのに…
谷川は、興味のはるか範疇外にあるはずの競馬の話を小さく何度も頷きながら聞き、「見たことのない景色が際限なくあとからあとから目の前に現れるということですよね。それはどんな世界でもそうなのかもしれないです。将棋もそう。分かっていたつもりだったのに、実は全体の少しの部分しか分かっていなかったんだなっていうことを、経験を積むことで分かってきたりします」と話した。
十七世名人にして、この謙虚さ。本職としてきた将棋に真摯に向き合い、深奥を覗いた人だからこその心境なのだろう。 (#2/「羽生将棋」編につづく)
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