10/4(火) 17:10配信
インスリン抵抗性の上げ下げにかかわる8つのタンパク質を特定
ハイイログマは体重360キロほどまで成長する。写真は米ワシントン州立大学のクマ飼育施設「WSUベア・センター」で飼育されているハイイログマ。(PHOTOGRAPH BY ROBERT HUBNER)
1日に何万キロカロリーも食べて体を太らせたあと、ほとんど動かずに数カ月間を過ごす。もし人間がこんな生活をすれば、健康状態は最悪になるだろう。ではなぜ、ハイイログマ(グリズリー)はそんな生活をしても糖尿病にならないのだろうか。科学者たちを長年悩ませてきたこの疑問が解かれつつある。
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米ワシントン州立大学の研究者たちは、ハイイログマ(Ursus arctos)でインスリンの効き具合(抵抗性)をコントロールできる遺伝子的な仕組みがあることを示す手がかりを発見した。2022年9月21日付けで学術誌「iScience」に掲載された論文によると、この結果はヒトの糖尿病の治療に活かせる可能性もあるという。
インスリンはほとんどの哺乳類がもつホルモンだ。例えば肝臓や筋肉、脂肪細胞が、エネルギー源である血糖を取り込む入り口の鍵を開けるような役割をもっていて、体内の血糖値のレベルを調整する働きがある。
しかし、血流に大量の血糖が入り込むと、やがて細胞がインスリンに抵抗を示すようになる。つまり、インスリンがあっても十分に働かず、細胞が糖を取り込めなくなるのだ。
これが、心臓発作、脳卒中、失明などにもつながる2型糖尿病の主な原因のひとつだ。米国人のほぼ10人に1人、およそ3700万人が2型糖尿病を患っている(編注:日本の厚生労働省の平成28(2016)年国民健康・栄養調査では「糖尿病が強く疑われる者」が約1000万人に達し、平成29(2017)年患者調査によると糖尿病の総患者数は推定328万9000人に上る)。
だが、どういうわけか、クマはヒトと違ってインスリンの抵抗性をコントロールできる。まるでスイッチのように、オンとオフを切り替えられるのだ。
その仕組みを解明するため、研究者らは米ワシントン州立大学のクマ飼育施設「WSUベア・センター」にいる5~13歳の6頭のハイイログマを使って、さまざまな時期の血清を採取した。さらに、脂肪細胞も採取して培養した。
論文の著者の一人で同大学の博士研究員であるブレア・ペリー氏は、
「この方法により、完全に成熟したクマではできないような実験もできました」と話す。
血清と脂肪細胞を組み合わせて違いをあぶりだすこの実験から、クマが遺伝子的にインスリン抵抗性をコントロールしている秘密を、8つの主要なタンパク質にまで絞り込むことができた。これらはクマの生態において独特な役割を果たしており、単独でまたは連携して冬眠中のクマのインスリン抵抗性を調整している。
ヒトとクマの遺伝子は大半が共通しているため、この8つのタンパク質の働きが解明できれば、ヒトにおけるインスリン抵抗性についても、より多くのことが明らかになるかもしれない。
ハイイログマの1年
ハイイログマは、米国西部、カナダ、アラスカの一部地域に生息する。このクマの1年は、活動期、過食期、冬眠期という3つの時期に分かれている。春から夏にかけては、食事や交尾、子育てなどをして過ごす。そして秋になると過食期に入る。
「ほぼ全精力を、できる限りたくさん食べることに注ぎます」と、ペリー氏は説明する。
この時期のハイイログマは、冬に備えるため、毎日最大2万キロカロリー相当の食事をとり、最大で1日あたり3.6キロほど体重を増やす。
初冬に冬眠を開始してからは、蓄えた脂肪だけを頼りに冬を越すことになる。「冬眠はただの深い睡眠とは異なります。何も食べずに長い冬を乗り切れるよう、多くの生理学的な変化が起こるのです」とペリー氏は話す。冬眠中は代謝率、心拍数、体温が下がり、インスリンに対する抵抗性が高まる。
冬眠中のクマは一時的に目を覚ますことがある。ただし、動きまわりはするが、食事はしない。研究チームは、目を覚ましたクマに好物の蜂蜜を混ぜた水を2週間にわたって与え、血液を採取した。同じクマの血液サンプルは、春と夏にも採取済みだ。
次に、例えば、活動期のクマから採取した血清と冬眠中のクマから採取した脂肪組織の培養細胞など、研究室でさまざまな血清と培養細胞を組み合わせて、細胞内の遺伝子の働きの変化を観察した。
結果的に、インスリンへの感受性と抵抗性をコントロールする8つの主要なタンパク質を絞り込むうえで一番役立ったのは、蜂蜜を与えた冬眠中のクマの血清だった。
米モンタナ州にあるシノパー野生生物研究協会でクマについて研究している生物学者マイク・サワヤ氏は、「このすばらしい研究」によって、クマの冬眠からヒトの健康に役立つたくさんのヒントが得られる可能性があることが示されたと称賛する。なお、氏は今回の研究には関与していない。
「これら8つのタンパク質を特定したことは重要なステップです」とサワヤ氏は話す。また、クマがインスリンへの抵抗を変化させるときに「厳密に何をオン・オフさせるか」を突き止めることも重要だと氏は指摘する。
糖尿病の予防に一歩近づけるか
インスリンに対する抵抗性とそれがもたらす結果はよく理解されている。しかし、遺伝子との関係はまだよくわかっていない。ペリー氏は、それを解明する絶好の方法は、クマがどのようにして毎年、インスリンの抵抗性を上げたり下げたりしているのかを調べることだと言う。
例えば、ヒトの体内でこれら8つのタンパク質を操作する方法が見つかれば、「高まったインスリン抵抗性を再び低下させる」ことも可能になるかもしれない。このような糖尿病の治療法や進行予防法が可能になるのはまだ先のことだろうが、ペリー氏は「少しずつそこに近づいています」と話す。
サワヤ氏も同意見だ。「これは間違いなくパズルの新たなピースの1つです」と述べ、クマの生理機能の謎を解くことが糖尿病の予防につながることを期待している。
研究チームは今後、8つのタンパク質がどのようにインスリン抵抗性を低下させているのかを突き止める計画だ。