北海道新聞03/30 17:00
気がついたら、一緒に伝統的な手仕事や踊り、料理に取り組んでいた―。学びの輪に引き込む雰囲気づくりが実にうまかった。息子3人、娘3人のうち、4人がアイヌ文化に親しみ、さらにその子どもたちの世代まで加わった。
日高管内浦河町出身。アイヌ民族伝統の着物や編みかご、木彫りなど手作りの作品を持ち寄った「親子孫3世代展」を2003年の名古屋を皮切りに佐渡(新潟県)や札幌で開き、世代を超えた継承の姿を来場者に見せた。
札幌展を09年に取材したことで娘世代、孫世代との縁ももらった。作品の多彩さもさることながら、会場で和気あいあいの「大家族」を目にすると、文化を覚えることがどれほどの充足感をもたらすのか感じずにいられなかった。
「母から伝承を強要されたことは一度もなかった」と三女の堀悦子さん(65)=浦河町=。親交のある人は「呼ばれればどこにでも行く気さくな人柄の一方、語る言葉にはアイヌの精神、世界観がこもっていて、スケールの大きさを感じた」と人物像を語る。
前半生は苦労の連続だった。母親を4歳で亡くして叔母夫婦に育てられ、小学校を卒業すると奉公に出て、15歳からは農家で働いた。結婚後も働きづめだったが、時間をつくっては地元の伝承者浦川タレさん(故人)らの下に通った。その中でタレさんから言われた言葉は「出し惜しみしないで皆に教えてやれよ」。それを自身に課し、家族や後進に実践した。
生前、「教えるおかげで人に喜ばれ、人と仲間になることが大好きになった」と語っていた。伝承活動は自身の生き方も変えた「宝物」だった。(編集委員 小坂洋右)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/291701
気がついたら、一緒に伝統的な手仕事や踊り、料理に取り組んでいた―。学びの輪に引き込む雰囲気づくりが実にうまかった。息子3人、娘3人のうち、4人がアイヌ文化に親しみ、さらにその子どもたちの世代まで加わった。
日高管内浦河町出身。アイヌ民族伝統の着物や編みかご、木彫りなど手作りの作品を持ち寄った「親子孫3世代展」を2003年の名古屋を皮切りに佐渡(新潟県)や札幌で開き、世代を超えた継承の姿を来場者に見せた。
札幌展を09年に取材したことで娘世代、孫世代との縁ももらった。作品の多彩さもさることながら、会場で和気あいあいの「大家族」を目にすると、文化を覚えることがどれほどの充足感をもたらすのか感じずにいられなかった。
「母から伝承を強要されたことは一度もなかった」と三女の堀悦子さん(65)=浦河町=。親交のある人は「呼ばれればどこにでも行く気さくな人柄の一方、語る言葉にはアイヌの精神、世界観がこもっていて、スケールの大きさを感じた」と人物像を語る。
前半生は苦労の連続だった。母親を4歳で亡くして叔母夫婦に育てられ、小学校を卒業すると奉公に出て、15歳からは農家で働いた。結婚後も働きづめだったが、時間をつくっては地元の伝承者浦川タレさん(故人)らの下に通った。その中でタレさんから言われた言葉は「出し惜しみしないで皆に教えてやれよ」。それを自身に課し、家族や後進に実践した。
生前、「教えるおかげで人に喜ばれ、人と仲間になることが大好きになった」と語っていた。伝承活動は自身の生き方も変えた「宝物」だった。(編集委員 小坂洋右)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/291701